利己的なぼくの利己的な殺人について。

怪屋(あやや)

第1話

 高校一年生にして悟った。ぼくにはそれほど才覚がない。この時代で大成する能力が欠如している。


 都市で最も偏差値の高い高校への入学を果たしたが、ぼくは首席ではなかった。昼夜勉強に明け暮れ、余念なく答案の確認を行ったのにもかかわらず。


 それに比べぼくの兄は実に優秀で、彼はこの学校を首席で入学し、首席で卒業した。ぼくはすべてを勉強に捧げてこの結果、対して兄はそれほど熱心に勉強している様子はなかったし、野球で全国大会に出場するばかりでなく、恋人を獲得して、青春を思うがままに謳歌しての結果である。


 しかし人生の不平等さを嘆いても仕方がない。何も始まらない。運動においても学業においてもぼくが一番になることは叶わない。

 その事実を受け入れよう。

 けれどもぼくには有名になりたい、何かしらの分野で歴史に名を残したいという願望をあきらめることができそうになかった。

 して、その手段はどのようなものか。才能のないぼくが、才気あふれる人々に勝つためにはどうすればいいのか。

 解答はかつての経験より明らかになった。


 人々から大いに注目された経験が一度だけある。

 それはぼくの不手際ではないにも関わらず、他人の悪意にさらされ、ぼくのミスということで担任の先生に叱れた時の話だ。

 いうまでもなくぼくはこの理不尽に嘆いていたのだが、それとは別に今この時、教師の注意がぼくひとりに向けれていることを強く認識し、それに興奮を覚えていたのである。

 そう、つまりは悪目立ちすればよいのだ。

 都合のいいことにこの国には法律というものがある。ルールを破れば当然処罰が待っている。その処罰こそぼくが注目される最大の機会であるといえた。


 もちろん生半可な犯罪では新聞の片隅にのるのが関の山だろう。やるなら史上最も下劣にして最悪な犯罪を起こさなければならない。


 ぼくが思いついたのは殺人だった。それも何年にもわたる連続殺人である。


 というわけで人を殺そうと思ったのだが、これがどうにも難しい。いまだかつてルールを破ったことのないぼくはこの手のことに不慣れであったのだ。

 これでは人を殺しでもすぐに警察に捕まるような不手際をしてしまうに違いない。

 ひとまずハードルを落とすことにした。


 小さな万引きから始め、電話を使っての詐欺、友人宅への強盗と、少しずつ難易度を上げていった。そうして犯罪を犯すことに抵抗がなくなってきたころ、練習の仕舞として放火を行うことにした。


 次の日の新聞の一面を見て、ぼくは体が震えた。


 燃え盛る住宅、おびただしい死者。


 昨夜は見つかることを恐れて火が燃え広がるのを待たずに逃げてきてしまったが、あそこにとどまるべきだったかもしれない。

 目論見は成功したようである。


 それからぼくは本来の計画通りに行うことにした。


 一年おきに一人ずつ人を殺していったのである。

 しっかりと連続殺人と思われるように、殺害方法を絞殺で固定し、遺体の腹にナイフで傷を入れることを忘れなかった。


 思惑どおりに連続殺人として新聞をにぎわせるようになったのである。


 あとは頃合いを見て、自首をすればよいだけの話だ。

 その頃にはぼくは齢三十を越えていた。

 ある日、一人の男が訪ねてきた。


「そろそろ頃合いだろう?」


 と彼は言った。

 ぼくはドキリとして何者か訊ねると、刑事だと身分を明らかにし、加えてぼくの高校時代の同級生であるという事実を述べた。


「ずっと君を追っていたんだ。いや、というのもね、ぼくは有名になりたかったんだ。だがぼくには才能がなかった。そんなときにね、君がクラスで同じようなことをのたまっていたのを聞いたんだよ」


「それがどうかしたかな」


「ある夜見たんだ。君が放火を行って、失敗するのをね」


「失敗? いいや、あれは成功したはずだ」


「ぼくがやったのさ。君が放火をするのを見て、ハハンと思ったわけだ。だから手を貸してやったんだ。君はこの先も犯罪を続けるだろうと思ったからさ。そうしてその事実をぼくだけが知っている。ぼくは刑事になり、君は連続殺人犯として世に名前を知られる。そんな君をぼくがたった一人で捕まえることができれば、なかなかの話題になると思わないかい?」


「それは確かにそうかもしれないな」


「ああ、君は実のところ人も殺していないんだ。君は臆病だからね、いつも殺したつもりになって逃げてしまう。だからぼくがしっかりと殺さなければならなかったんだ。ぼくがいなければ君はひとつも殺人を成功せぬまま今の今まで生きてきたことになるんだよ」


「ああ、それはすまなかったね。――でもなぜその事実をぼくに言うんだい?」


「真実を語れる存在が君しかいないからさ。ぼくはぼくがしたことを誰かに知っておいてもらいたいんだ。自首しようという君だもの、ぼくの気持ちは一番理解できるはずだと思ってね」


「共感の極みだ」


「そう言ってくれると思ったよ。ぼくと君はいわば二人で一人だ」


「そういえばぼくが犯人だと知っているのは、君ひとりなんだね?」


「もちろんだよ。そうでなければ意味がない」


「いいね。で、ぼくは実のところ、一人も殺していないと」


「その通り。感謝してくれよ」


「そうだね」


 というわけでぼくは彼を殺した。

 実のところ、齢を三十も越えれば有名になりたいなどという気持ちはどこかへ行ってしまっていたからだ。自首しようと思っていたのは、人を殺した以上何の責任も取らぬまま生きていくのは精神上よろしくないと思えたし、加えて決めた以上目的は達成しようと思っていたからだ。

 しかしながら彼の話によれば、ぼくはまだ人を殺してないということになるらしい。それならばじゅうぶんにやり直しが効くように思えたし、一度考えだすとクリーンな人生を送るという想像は実に魅力的だった。


 ぼくは死んだ彼に向っていった。


「君の分まで幸せに生きるよ。ありがとう」

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利己的なぼくの利己的な殺人について。 怪屋(あやや) @kayayaaya

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