第46話 領域

 シレイ君からの「干渉」を思い出し、ぞくりと身体が震える。

 カミーユもレオナルドも、「対抗できる」と言うけれど……本当に大丈夫なのかな。


「……ま、そこまで不安になるこたねぇよ。『こっち側』にいるのも、揃いも揃ってバケモンみたいな連中だ」


 レニーはにしし、と笑い、傍らのレオナルドに「なぁ、相棒?」と語りかける。レオナルドもそれに呼応し、「おう!」と元気よく笑った。

 ……そうだね。不利な状況とはいえ、それぞれが対策を練り、前向きに現状を打破しようとしている。

 本当にどうにかなるのかなんて誰にもわからないけれど、二人の笑顔を見れば、私の方も勇気が湧いてきた。


 口元が自然と持ち上がる。

 笑おう、こんな時こそ。

 まだ不安そうなポールの方を向き、励ましの言葉を──


 ──立ち向かう準備はできたぁ?

 

 耳の奥で、少年の声が響いた。


──ムダだって! ぼくはこの世界で『最強』なんだから


 ……シレイ君の声だ。


 この状況を隠す理由なんかない。早く、他のみんなにも伝えないと。

 ……でも。


 声が出せない。

 いや、正確には出せる。

 

「ねぇ、」

「……ん? 何だい?」

「…………」

「……おい、どうした?」

「オリーヴ……?」


 眉をひそめるレニーに、心配そうに私の顔を覗き込むポール。……でも、説明できない。

 具体的な言葉を口に出そうとすると、喉が硬直してしまう。


 ──ね? 分かったでしょ


 頭の内側で、勝ち誇ったような声がする。


 ──おまえ達じゃ、ぼくには勝てないよ


 自分の声だけじゃない。

 判断も、自我も、生命も、握られているような感覚。


 ……こんなものを敵に回して、どうしろって言うの……?


「……また、干渉か?」


 レニーが低い声で呟く。

 頷くこともできない。

 口が、勝手に動き出す。


「何でもない。平気だよ」……と、私の伝えたい言葉じゃない言葉が、紡ぎ出され──


 ──ッ! おんし、誰じゃあ!


 ……?

 怒号を最後に、声が途絶え……たかと思えば、また別の声が耳の奥で響く。


 ──あー、ごっめん。の方は無理っぽい


 思考が引き込まれる。

 どこか遠く、知らないところへ、


 ──だいじょーぶ。いおは味方だから


 少女らしき声が、明るく語る。


「オリーヴ!!」


 視界がぐるぐると渦巻き、ポールの声が遠ざかる。握られた手の感触も、離れていく。


「……! おい、やめろポール! 危ねぇぞ!」


 レニーさんの怒号が、遠い。


──あーもう、しゃーないから連れてってやるし。いおのパワーにめちゃ感謝して、めちゃめちゃお礼よろしく~


 状況の割に軽い声が響いて、ポールの気配がどんどん近づいてくる。

 何が何だか分からないまま、闇の中に引きずり込まれた。



 

 ***




「あ、れ……ここは……?」


 目を開けると、眩い光に包まれていた。

 和服……? を着た若い女の子が、目の前に佇んでいる。


「いおん家の修行場~。肉体カラダ連れてくんのは無理だったから、外には出せないけどね」


 大和ナデシコ風な外見の少女は、少し雑なところはあるけれど、しっかりとした英語で語りかけてくる。


「最初はだけのつもりだったんだけど、四礼だっけ? あいつが意地でも離れたがらないから、おねーさんの方連れてくしかなくてさ~」

「……なる……ほど……?」


 理屈は全然分からないけど、助けてくれたのはわかる。

 ……待って。ポールは?

 気配を感じない……?

  

「……ポール! ポールは!?」

「ちょっとしんどそうだったから、いおの中にいてもらってる~」


 私の質問に、少女はのんびりとした声で返した。


「あなたは……」

「霊媒師……って言ったら、わかる?」


 黒い瞳と目が合う。


「悪霊だろうが怨霊だろうが、いおは負けないし、絶対 見捨てないよ」


 しっかりとした意志が、そこには宿っている。


「もち、イケメンなら特にね!」


 ……。なんか、ウィンクされた。瞳もキラキラ輝いてる。

 ……そっかぁ……。


「……ポールは渡さないよ」

「あっ……なんか、ごめん」


 あー、良かった!

 案外素直な子みたい!


「フツーに怖ぇし……」

「えっ、何が?」

「なんでもない」


 ……むむ、おかしいな。

 怖がられるような覚え、ないんだけど……

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【第一部完結済み】敗者の街 ※改訂版 譚月遊生季 @under_moon

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