第45話 side: Robert

 レヴィくんから連絡が来た。

 今の状況についてと、僕達に「この世界」でして欲しいことについて事細かに書かれたメール。

 みっちり書かれた堅苦しい文章がレヴィくんらしくて、そんな場合でもないのについつい頬が緩んでしまった。


「イオリとブライアン……か。現役呪術師と、呪術師の末裔まつえいに連絡を取るってことだな……」

「ブライアンは特に、因縁が深いし……妥当だとうな判断かもしれないな」


 ロッド義兄にいさんとアン姉さんが、かたわらで話し合う。

 レヴィくんが置かれている状況は心配だけど、生者である僕たちにできることは限られている。

 ……限られているけれど、僕たちにしかできないこともある。


「あと……『犬上四礼』について、調べないとね」

「……どうやってだ? そいつは何年前に、どこで、どうして殺されたんだよ」

「えっ、それをこれから調べるんじゃないの?」

「だから、赤の他人の情報を、何のとっかかりもなしに得られるか? ポールはオリーヴやサーラと関係があった。マノンはノエルと因縁があって、カミーユの親父んとこで働いてた。だけどそいつは? ブライアンと知り合った時点で、既に怨霊だったんだろうが」


 ロッド義兄にいさんが呆れたように畳みかけてくる。

 ……それも、そうなんだよね。

 そういえば、前回僕はずっと「あっち側」にいたわけで、現世で調査してくれてたのはロッド義兄さんだけなんだった……。


「……ネットのオカルトサイトでも調べる?」

「お前、『この前』のこと忘れたのか……? めちゃめちゃフェイク入れられたろ。どっかのロナルド腐れ外道とかギャンブラーによ」


 溜息をつくロッド義兄さんの横で、アン姉さんが苦笑している。

 

「確かに、デジタルデータは『介入』されやすいよなあ。形がないから」 

「うむむ……」


 そっかぁ。ロッド義兄さんも、大変だったんだなあ。

 だって、何が正しい情報かわからない中、たった一人で調査してくれてたわけで……


「ごめんねロッド義兄さん。僕、すぐキースにから、大変だったでしょ」

「死ぬほどキツかった」

「ごめん……」


 僕がうなだれていると、アン姉さんがしれっと毒を吐いてくる。


「死ぬほどキツかった、は大げさだろ。死んだことあるの?」


 ……。

 うーん、死にかけた……っていうかほぼ死者だった人の言葉は重みが違うなあ……。

 

「……!」

「……冗談だって、泣きそうになるなよ」


 その冗談は良くないと思うな。

 アン姉さん、時々サラッとキツイこと言ってくるよね……。

 

「とりあえず、ロブは呑気すぎ。ロッドはネガティブすぎ。ここでじめじめ思い出話してても、状況は何にも良くならない。違う?」


 言い方はともかくとして、内容は正論だ。

 やっぱり、毒を吐いている時のアン姉さんは一味違うし、すっごく頼りになる。

 ……僕も、頑張らないと。


「ロッド。、サーラはどうやって生存を確かめた? それを受けて、お前はどう動いた?」

「……なるほどな。結局、頼りになるのは自分の足と自分の眼ってことだ」

「そういうこと。何のために生身の肉体があると思ってるんだよ」


 あの「街」とこの世界の決定的な違いは、物質に実体があること。

 どれほど強固な意志や情念が介在したとしても、この世界には「変えられないもの」があまりに多い。


「……だけど、どうするよ。シレイは日本人かつ日本で死んだ霊っぽいけど、暴れたのは『親戚』がいたカナダだろ」

「手分けするのは? サーラさんとかローザ義姉さんにカナダに行ってもらうとか」


 僕の提案に対し、アン姉さんは静かに首を横に振る。

 

「……その二人……少なくともどっちかには、リヒターヴァルトに行ってもらいたいな。あそこにも『扉』があるわけだし」

「……あ、そっか。あの二人なら、療養院にも立ち入りできるよね……」

「そう。……あと、できればロンドンも手薄にはしたくない。ビリングフォードの怨念たちあいつらも関わってるっぽいし」


 う、うーん。気になる場所が各地に散らばりすぎてる。

 人手が増えたとはいえ、全然足りてないかも……。

 ロッド義兄さんが、渋い顔で腕を組む。


「グリゴリーは忙しいんだろ。ブライアンから情報聞き取る自信は俺にゃねぇな……」

「そもそも、ブライアンは調査には向いてない。あの状態でふらふら出歩いたら、怪我するだろ」


 姉さん、ブライアンのこと苦手って言ってる割に、すごく心配してるよね。

 うーん、どうしようかなあ。アン姉さんの魂にも「扉」があることを思うと軽率に移動させたくないし、できればロッド義兄さんとアン姉さんにはマンチェスターこの家にいて欲しいんだよね。

 でも、僕の身体も一つしかないし……。


「……あ、いた! 調査が得意そうで、今現在カナダにいる人。それで、ブライアンとも意思疎通そつうできてる人……!」

「……あー……」


 僕の言葉に、ロッド義兄さんが微妙な顔をしつつも頷く。

 微妙な顔をする気持ちは、正直分かる。


「……アドルフさんかあ……」


 姉さんも、ちょっとだけ微妙そうに呟く。


「悪い人ではないんだけど……」


 そうだよね。

 決して悪い人ではないんだけど、ちょっと頼りないよね。わかる。


「まあ……良いんじゃねぇのか。ロバートよりはマシだろ」

「ロッド義兄さん?」

「まあ……それは、そうかも……?」

「アン姉さん!?」


 えっ、僕、そんなに頼りないかな。

 後でレヴィくんにも聞いた方が良い?

 レヴィくんならフォローしてくれそ……いや、してくれないかな……。

「そういうどうでも良い内容をこの盤面で気にすることこそ、既に頼りなさの証左だろう」……って、言われそうな気がしてきた……。

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