第22話 side: Levi

 オリーヴ・サンダースと離れてすぐに、ポール・トマは意識を失った。

 背負ってみると、それなりに長身であるにも関わらず、あまりに軽い。……と、いうよりは、ここまで来ると人間の軽さではない。表面のみを取り繕った肉体ならば、重量が数キロ程度に留まっているのも致し方ないのだろうか。


「おい、大丈夫か」

「……ぅ……」


 話しかけても、うめくばかりで返事はない。

 不安定な状態であるとは理解していたため、確保を急いだのは正解だったと見える。

 オリーヴ・サンダースに携帯電話を返しそびれたが、まあ、こちらはどうとでもなるだろう。


「……あとは、マノン・クラメールか……」


 他の三人も情報が足りているとは言い難いが、恋愛関係、兄弟関係と因縁で結ばれているため、ある程度は相互に情報を補完できる。

 だが、マノン・クラメールは違う。彼女はポール・トマとはただの知人で、その弟とはおそらく面識がない。オリーヴ・サンダースに至っては、一切関わりがないとくる。

 その異質さの反面、彼女自身の抱える負の感情は、至極しごく真っ当なものだ。……言い方は悪くなるが、「有り触れている」がゆえに、取っ掛りを得られない。


 とはいえ、ノエル・フランセルと深い関係がある以上、彼女も因縁に手招かれた可能性は高い。

 カミーユさんの恋人、エレーヌ・アルノーと友人だったとも聞くが、エレーヌ・アルノーはとうの昔に「正しい」死のことわりに至っているはずだ。……だからこそ、カミーユさんは二度と報われることの無い愛に蝕まれ、幻覚に囚われたのだから。となると、彼女との因縁が関係しているとは考え難い。


 考え込んでいると、耳元でうなされるような呻き声が響く。背負ったポール・トマの声だと気付くのに、少し時間がかかった。


「…………き、ひ、ひひ……っ」


 なんだ? なぜ、笑い出した?

 声をかける前に、胸ポケットの電話からアップテンポな音楽が流れ出す。

 預かった電話である以上、勝手に出るわけにはいかない。無視をするか。


「なんだ……出ないの?」


 その声は、また、至近距離で聞こえた。


「ねぇ、ぼく……おまえなら分かってくれると思うんだ」


 ポール・トマの声音にしては高い。

 けれど、ポール・トマから発せられているのは間違いがない。


「……誰だ、貴様は」

「誰だって良いじゃん。それよりも……レヴィ。本当に今のままで良いの?」


 俺の背中で、何者かはクスクスと笑っている。


「何の話だ」

「またまたぁ。分かってるくせに」


 黙れ。俺は、もう心を決めた。

 憎しみや恨みよりも、大切なものを得た。だから……


「あははっ、無理しなくていいんだよぉ? ぼくにはよぅく分かるから」

「……ッ、貴様に何が……」


 ずしりと、背中に重みがのしかかる。

 思わず振り落とすと、ポール・トマの身体は大人しくずり落ちた。そのままゆらりと立ち上がり、先程のようにクスクスと笑う。


「ぼくは、味方だよ?」


 真っ黒な瞳が俺を見る。


「憎いし、理不尽だと思うよねぇ? 悪いヤツらを滅ぼしたいって思うよね? それって『正しいこと』でしょ?」


 やめろ。やめろ。やめろ……ッ!

 俺はもう、憎しみに身を委ねたりはしない。俺にはやるべきことがある。……守るべきものも、存在する。俺が行うべきは、呪いを振りまくことではない……!


「貴様が何者かは知らんが……いくら誘おうが無駄だ。諦めろ」


 黒々とした瞳を、ぎろりと睨みつける。

 ポール・トマ……いや、「ポール・トマの姿をした誰か」は、つまらなさそうに口を尖らせた。


「……あっ、そ。でも脈ナシじゃなさそうだし、いっか」

「異変は貴様の仕業か?」


 俺の問いに、相手はいびつな笑みを浮かべる。


「ふふ、まあにゃあ」


 ……? なんだ、突然。ふざけているのか?

 再び、オリーヴ・サンダースの電話が着信を知らせる。横目でモニターを見ると、「Ro」と表示されているのが見える。ロデリックからだろうか。


「おっと。……ここら辺でいいかな。きっと、またすぐに会えるし」


 そのセリフを言うやいなや、相手はがくりと膝を折り、倒れ込む。


「……おい」


 揺さぶると、緑の瞳がわずかに開いた。


「……? あれ……ぼく、何を……?」


 そこかしこに視線をさまよわせ、ポール・トマは呆然としていた。

 けれど、鳴り響くアップテンポな音楽が覚醒を促したのか、次第に瞳の焦点が定まっていく。


「この曲……オリーヴの好きな……?」

「ああ……事情があって、預かっている」

「……そのストラップ……。見せて、貰ってもいいかい?」


 少し迷ったが、ストラップだけならと胸ポケットから取り出す。

 モニターに表示された名前が目に入る。


「まだ、つけててくれたのか……」


 ポール・トマの呟きを余所に、俺はモニターから目を離せずにいた。

 着信画面に表示されていたのは、見覚えのある、それでいて予想外の名前だった。


 ──Ronald Anderson……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る