第40話
レトゥラトスは、獲物を再び見つけた喜び、痛みと恥辱に塗れた怒り、そして獲物が目の前に出てきた喜び、と目まぐるしく自分の感情に振り回され。
そして今は三本足の直ぐにでもトドメを刺せると思っていた獲物の、予想外の抵抗に苛ついていた。
こちらの牙や爪が思うように届かないのだ。
どれもが
確かにこちらも左足に刺さった槍のせいで、十全には動けない。
だが、それでも、あの竜には前足が一本無いのである。自分が食いちぎってやったのだ。
遅れをとるなど許されぬ。
それに奴は背中にコブをのせているのだ。
腹立たしい人間など背に乗せて自分と戦おう等、侮辱も
まずはあの目障りなコブだ、人間だ。
レトゥラトスは
レトゥラトスの顎が自分に向かって迫ってきた時、テツは自分の身が砕かれ死ぬ姿を幻視した。
魂を背後から奈落へ引きずり落とそうとする見えざる手を感じた。
咄嗟に身をよじり避けようとするが、固定された足が邪魔をする。
いや違う。
テツは自分の思い違いを正す。
これは足を固定させている物ではない。
俺の意思を伝える為の装具だ。
そう思った瞬間にハッキリと寄士竜との間に道が通ったと感じた。
寄士竜がその身を半回転させながら前へ出る。
レトゥラトスの顎がテツの左肩の鎧を吹き飛ばすがテツも寄士竜も気にもしなかった。
今や互いの事は見ることもなく分かっていた。
互いがどうしたいのか、どうして欲しいのか、手に取るように分かった。
寄士竜がレトゥラトスに向かって更に前進する。
まるで体当たりでもするかのような勢いだった。
だが彼らの狙いはそうではなかった。
突進から逃れるように首を引き戻し身をよじるレトゥラトスを更に追う。
おおぉ!
テツの雄叫びに応えるように寄士竜がその巨体を
レトゥラトスが呆気にとられたような顔でこちらを見るのがテツには分かった。
次の瞬間、寄士竜の左前足がレトゥラトスの長い首を捕らえた。再び耳を突く激突音、だがしかし今度は振り抜かない。
寄士竜は左前足の四指でレトゥラトスの首を掴んでいた。苦悶の鳴き声を上げるレトゥラトスは続く衝撃で悶絶する。
寄士竜はその巨大な質量を慣性にまかせてレトゥラトスの首への圧力へと変えた。
たまらず地面に倒れるレトゥラトスと、半ば転倒に近い寄士竜の着地で地面が揺れる。
予想以上、覚悟以上の衝撃に視界がふらつくのを自覚しながらテツは叫んだ。
ここだ、ここしかない。タイミングはこの時を置いて他にない。
「フレェェエイ!」
「放てぇい!」
そのフレイの言葉はコリンの待ちに待った物だった。
竜を纏うことで強化された五感は、自分の指から離れた瞬間、それが外れる事は無いと確信させた。
全身に
今すぐにでも団長の助力に行こうとするのを止められた時は、やはり姫さんも貴族の仲間なのだと思ったが、実際は団長の事を最も考えていたのは姫さんだったのだ。
姫さんはきっとこの瞬間がくる事を知っていたのだ。
だから自分達に弓の準備をさせたのだ。
仲間と共に放った幾十の矢が、レトゥラトスの横っ腹に突き刺さる。
周囲の仲間が大きな歓声を上げる中、コリンは大きな安堵の溜息をついた。ラトランがそんなコリンの背中をそっと叩く。
「団長が生ぎでで良がったよぉ~」
「竜の中なら見えない、思う存分泣け」
「泣いてねぇし、俺泣いてねぇし」
コリンのそんな反論をラトランは無言で流した。
それはまさに絶叫と言って良かった。
幾十もの鉄の矢に、横っ腹を貫かれたレトゥラトスはそれでも
短い胴体に繋がる蛇のような長い尻尾と首をのたくらせ
寄士竜は暴れるレトゥラトスの爪でその体躯を削られながらも、その手で掴んだレトゥラトスの首を放そうとはしなかった。
むしろトドメとばかりに全身全霊で力を込め押さえ込みにかかる。
その背中を主が駆けるのを感じた。
寄士竜は主の意思を汲んで、背中の一部を変形させて主が駆けやすくする。
自分の背中から
嗚呼、
あれだけの矢に腹を貫かれて、まだコレか。
テツは竜種の生命力に畏敬の念を抱きながらも決着を付ける為に寄士竜の背中を駆け上る。
今や足の固定を解けるのも、寄士竜の背中が自分の為に駆けやすく変形するのも当然と思えた。
まるでフレイが二人になったようだ、とテツは場違いな感想を抱き、それならばといつものように感謝だけを返した。
寄士竜の背から飛び降りたテツはレトゥラトスの頭へと着地した。覚悟以上の高さに雄叫びのような悲鳴が漏れた。
首根っこを押さえられたレトゥラトスの頭は、その体の暴れっぷりが想像できない程に大人しかった。
金色の眼球が自分を見ているのが分かった。
悪い、戦いの結果だ、良き戦いだった、
まぁこれだな。
一瞬の思考を挟むと、テツは両手で逆手に持った剣をその
テツは一言呟いた。
「クロファースが近づいてきたのに逃げなかったお前が悪い」
剣を引く抜くと噴水のように血が噴き出した。
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