第32話
それからテツ達一行の行軍は順調そのものだった。
想定外の速度に旅程を考え直さなければならなかったが、それは然程難しい事ではなかった。
竜骨街道沿いには大小様々な町や村があるので多少の予定変更は大した苦労でもなかったのである。
そうして元々は一週間程を見込んでいた行程を二日に短縮して三日目の昼前には被害を受けているという村に到着した。
村は突然現れたテツ達に大混乱に陥った。
オーガの様に見える巨人を二十人も随伴させた馬車の一団が突然村に現れたら普通はそうなる。
村人は家の中へと逃げこみ、勇気を振り起こした村長他村の若者数名が、馬車の集団が何者かを問いただしに行く姿を固唾を飲んで見守った。
しかして馬車から現れたのは領主の娘であった。
村長は何度か父である領主の視察に付いてきていたピレの顔を覚えていた。
そして馬車を守るように立つ巨人が見るからに強者のそれであった為に村長は直ぐさまこの集団の目的を理解したのだった。
領主の娘様が村の困難を助ける為に兵を連れてきてくれたのだ。
村長は跪いて泣いた、オイオイと泣いた。
ピレは泣き出した村長を暖かくねぎらった。
よく困難の中頑張ったと、その瞳の中には確かな優しさと気高さがあった。
テツは顔を覚えられる程に領主の視察に同行していた事、その瞳の中にある優しさを見て取ってピレをますます気に入った。
自分が彼女の年の頃など、しゃにむに木剣を振り回していた事を思うとなおのことだった。
テツはピレに促されて立ち上がった村長に近づき、水場とテントを張れるような場所は無いかと聞いた所、どちらも問題ない箇所であった為にレイドリックにテントの設営を命じた。
テツ達一行は村長の家へと招かれた。
現象を詳しく聞きたいというピレの要請に村長が応えての事だった。
随員はテツとヴォラ、レイドリックに当然のようにフレイにクエル。ピレも含めると六名であったが村長の家は存外大きかったので全員同じ部屋に入れた。
村長は領主の娘を粗末な木の椅子に座らせる事にしきりに恐縮していたがピレは気にした様子は無かった。
四脚ある椅子にフレイ、ピレ、クエルを座らせ、残り一脚に村長に座らせると説明するようにピレが求めた。
村長はフレイとクエルの存在にしきりに小首を傾げ、いかにも騎士然としたヴォラを立たせて自分が椅子に座っている事に居心地悪そうにしながらも村の現状を話しだした。
「五日前から襲撃が止まっているというのですか?」
ピレの驚いた声が貴族子女としては少々はしたない大きさで響いた。
「へぇそれが不思議な事でして、それまで二日程度間を開けてあった緑ザルどもの襲撃が五日前から突然やみまして、へぇ確かに五日前で間違いございません」
村長は対面に三人の貴族子女、その脇にテツ達が立ち、まるで裁判にかけられる罪人の気持ちのような物を感じながら答えた。
村長のその答えに顔を青くしたのはピレだった。これでは近衛兵団、それどころかフレイ姫殿下に無駄足を踏ませた事になるではないか。
というか泣いていたのは何だったのか、いやアレはまぁ感動させたのは自分であるし、いやしかしゴブリンの襲撃が収まっているというなら泣くほど感激しなくても良いでは無いか。
「村長殿」
唖然とするピレの代わりに口を開いたのはフレイだった。
村長はフレイに声をかけられてビクリと身を震わせて緊張させる。村長は目の前にいる者が何者かなど分かっていなかったが、フレイの美貌と声音は慣れない者には緊張を強いる所があった。
「ゴブリン共は西にあるクボ大森林から来ていた、と思って間違いないのだな?」
へいそうでございます。
緊張に舌をもつれさせながら村長が答えるとフレイは、そうかと一言呟くと何事かを考え出した。
ピレはゴブリンの襲撃が無くなってしまったという事態に混乱している所でフレイが考え込んでしまったので、どうしたものかとアタフタしている。
「村長殿、人をやるので村での被害を詳しく教えて貰えないだろうか? どこで、何に、どれ程の被害が出たかを確認したい現地で」
その妙な間をテツの言葉が繋いだ。
村長は案内の者を呼んでこさせますと別室にいた村長の息子を使いにだした。
そこでテツ達は村長の家を後にした。
村長は粗末ながら歓待の用意をと言ったが、ピレは丁寧にそれを断った。五日前にゴブリンの襲撃は止まった、と言ったがそれは五日前まで襲撃が続いたという事だ。
村の蓄えを使わせるわけにはいかないというピレの判断だった。
勿論テツたちはその判断に不満はなかった。
夕刻、随分と余裕の出来た糧食を贅沢に使った料理で腹を満たしたテツとフレイはテントの中で頭を付き合わせながら村の地図を確認していた。
被害の確認に行かせた者に書かせた大雑把な地図だが問題は無かった。
「被害を見ると小麦もかなりやられてる。量的には家畜よりもこちらの被害の方が大きいな」
テツが村の中央近くに建てられた小麦倉庫を指さした。
「住人によればゴブリンどもはその場で小麦を喰っていたそうだぞ」
とフレイ。
「そうだな、家畜は喰おうにも安全に喰おうとすれば安全な場所まで運ばなければならないしな」
「なぁテツ、私は思うのだが」
「そうだなフレイ、俺もそう思う」
ゴブリンどもは飢えて村を襲っていた。
それが二人の結論だった。
「それにしても数が多い」
とテツが唸る。
「最初は群れからはぐれたゴブリンがたまさか徒党組めての仕業かと思ったが、聞けば群れ一つぐらいの規模だぞ」
「冬がもうすぐ始まる、とは言え森には食料はたっぷりある、にも関わらず群れ全体が飢えるというのはどういう事だ?」
フレイの疑問にテツが考えを口に出しいく。
「他の群れに縄張りを追われた、森で火事なり災害が起きて餌が少ない、ぱっと思いつくのはこれくらいだな」
「他の災害は分からないが火事はないな、それなら話として出てくるはずだ、いやコレは予断か。どちらにしろ確かめるには」
テツがフレイの言葉を継ぐ。
「そうだな、クボ大森林に確かめに行くか」
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