第19話 彼女はかく語らせず
その
執務室で書類仕事に忙殺されていたテツは、扉をノックするや返事も待たずに入室してきたコリンに若干のあきれ顔を向けながらも、思わず聞き返した。
「なんだって?」
尋ねられたコリンが急いで来た為に上がった息を整えながら焦れったそうに言う。
「だから団長にお客さん、なんか偉そうな人」
近衛兵団最年少であるコリンは良く他の隊員に小間使い代わりに使われたりするので、今回もそうだったのだろう、とテツは想像しながらも、コリンの言葉遣いに軽く傷つく。
フレイどころかヴォラ子爵ですら言葉遣いを気にしない為に兵団内の言葉の風紀は乱れに乱れまくっている。
彼らに軽んじられていると思った事など無いが、これは自分の威厳の無さが招いているのではという疑念が最近のテツの悩みの一つだ。
いっそ自分もフレイやヴォラ子爵のように開き直るべきなのか、テツは悩みながらも意識をコリンに戻す。
「えーその偉そうな人の名前は?」
テツの真っ当な質問は、コリンの忘れたという元気な返事によって早々に撃墜される。
まぁ良い、自分が会うのが手っ取り早いだろう。
テツは椅子から立ち上がった。
コリンに案内されたのは食堂だった。
応接用に用意された部屋の前を通り過ぎた時点で嫌な予感はしていたが、兵士達が使う食堂に客人を案内していたというのは流石に予想外だった。
詰め込めば百人は納められる食堂はテツ達にとっては広すぎるが、フレイがどこからか(本当にどこからか)拾ってきた女性が取り仕切る調理場は味に量にとテツを含め近衛兵団の全員を満足させていた。
その食堂の入り口に人だかりが出来ていた。
何をしてるんだアイツら。
そう思いながら団員達の隙間から食堂を覗き込んだテツはその場で絶句した。
食堂は実用性と頑丈さ一点張りの長机と固い事と丈夫な事にかけては帝国随一と兵士が尻にかけて誓うような椅子が並べられており、客人を待たせる場所としては不適切この上ない。
ましてやそれに座っているのが王妃だった場合は特に。
テツの目に映ったのはこの国の王妃、つまりジョン護剣王の妻であり、当たり前だがフレイの母親である女性が固い椅子に座り、何故かレイドリックが対面で身振り手振りで何事かを語っている所だった。
何がどうすればこんな事になるのか。
テツは在りし日に城の不相応なベッドで目覚めたその目で見た頃よりも、いっそう美しさを増す王妃を見て軽く呻いた。
テツはとりあえず群がる部下達に今は訓練の時間だろう戻れ戻れと散らしながら急ぎ足で歩み寄っていく。
その足音に気が付いたレイドリックが、まるで窮地に駆けつけた援軍を見るような顔でテツを見る。
近衛兵団に拾われるまでスラムで荒事で名をなしていたレイドリックが見せるには珍しい顔を疑問に思いながらもテツは王妃の前で深々と頭を下げる。
「王妃殿下このような場所でお待ち頂いて非常にもうしわけ」
テツの謝罪の言葉は最後まで続かなかった。
王妃が笑いながらその言葉を遮ったからだ。
「いいのですよ、テツ。レイドリックにこの間の戦争の事を聞いていたの凄く面白いわね」
頭を上げレイドリックの顔を見ると、聞かれたので仕方なくですよと言いたげな顔をする。
「あの子ったら何も教えてくれないのよ」
と王妃が拗ねたような口調で言う。
そりゃそうだろう、とテツは思う。自分の母親にどんな風に敵の首を飛ばしたかとか語りたがる娘はそうはいまい。いやフレイなら嬉々として語りそうだが、そういう所はアイツも常識人だったか。
テツはまだ娘の常識的な不義理に愚痴を並べる王妃を見て苦笑する。
不満を述べながらもどこか嬉しそうなその姿は今だ若々しく、ともすればフレイと姉妹で通じそうなほどである。
混玉の王家とも呼ばれる事のあるクロファース王家は、その血脈に多種多様な人種の血が入っている。
歴代のクロファース一族は意図的にそして積極的に他人種の血を受け入れてきた。エルフ、オーガ、ドワーフ、他にも言葉が通じる人種で入っていない血は無いとすら言われる程に。
迎え入れられた彼らに共通するのは彼らが皆その時代時代で英雄と呼ばれるような傑物であったという点だ。
クロファース王家は傑物と呼ばれるような者の血を自分達の血脈に迎え入れる事に、それこそ
それこそ時には身分すら問わずに。
それら多人種の英雄達の末裔が、ジョン王でありフレイである。
ここ最近はもっぱら人間から妻か夫を迎え入れているが、王妃であるメイ・クロファースはジョン王の従兄弟にあたるので、彼女もまた英雄達の末裔と言える。
だがその血の結実の仕方は夫であるジョン王や娘であるフレイとは違った物になったようで、メイ・クロファースという女性は柔和さや優しさといったクロファースらしくない言葉で評される女性だった。
メイ王妃が思い出したかのように言う。
「それから何度も言っているけど、王妃じゃなくて名前で呼んでと言っているでしょ」
その言葉にテツは苦笑で頷くだけに済ます。
一時期断り切れずにメイ様と呼んでいたら、死ぬほどではない程度の毒入りお菓子を山ほど送られてきた経験は未だに夢に見る。
「それはまぁ横に置くとしまして」
テツはちらりと視線を王妃の脇へと向ける。
そこには澄ました顔の少女が座っていた。
「このご令嬢の紹介をして頂けますか?」
おそらくコリンより幼い、まだ十歳を越えたばかりだろうと思われる少女はチラリとテツの顔を見ると、視線がぶつかりそうになって慌てて澄まし顔を取り繕う。
テツは成る程と思う。
レイドリックの苦手なタイプの少女だ。
貧民街で幼い妹を守るためならどんな汚れ仕事でもやってのけたレイドリックは、極端なまでに少女、特に自分の妹と同年代の少女に気を遣う。
おそらく今回もそんな少女に貴人からの要請とは言え戦争の話なんてものを聞かせて良いものかと悩んで言葉を選んで四苦八苦していたのだろう。
テツは思わずレイドリックの顔を見たが、レイドリックはその視線を無視した。
「ええ勿論よテツ」
王妃がそんな二人を見て、柔らかな微笑みを浮かべながらそう言った。
「兄貴それでは俺はこれで」
レイドリックは以前はあまりよろしくない人間の護衛等もやっていたので、自分が聞くべきではない話が始まりそうな時には何も言わずに場を辞する事を弁えていた。
頭を軽く下げて立ち去ろうとするレイドリックを呼び止めたのは王妃だった。
「いいえ、レイドリック出来れば貴方も聞いていてほしいのよ」
その言葉にテツとレイドリックは思わず目を見合わせ戸惑いながらも頷いた。
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