第10話

 考える事を放棄していたメディスンは驚く事もなくその光景を見ていた。

 自分達があれほど苦労しても辿り着けなかった街門にあっさりと黒い竜、そう確か竜寄兵だ、が辿り着くのを無感動に受け入れた。

 だが次に目に入った光景には流石に目を見開いた。

 四人の竜寄兵がタイミングを合わせて破城鎚を操るとそれは凄まじい音を立てて門へと激突した。

 その音は街壁に取り付こうと激しい攻防を繰り返している兵士達の叫び声や悲鳴すら掻き消す程だった。

 そしてその威力は音にもまして凄まじかった。

 二度は何とか耐えた門は、あっさりと三度目でその役目終え街壁の内側へと倒れていった。

 メディスンが目を見開いて驚いていると、銀の炎は自慢げに微笑みながらこう言った。

「では指揮官殿、突撃の号令を頼めるかな?」

 メディスンは何も考えずにその声に従った。


 テツは街門が巨大な蝶番をはじき飛ばしながら倒れる様を確認すると、その音に負けじと大声をあげる。

「後続の為に弓兵を掃除するぞ!」

 竜のおかげで聴力が増している竜寄兵達はその声を聞き漏らさなかった。

 テツが右手を上げると他の部隊から破城鎚を奪った竜寄兵達がそれを投げ槍のように構える。

 まずは二人から。

 テツはしばしタイミングをはかる。

 街門を壊された時点で勝敗は決しているものの更なる抵抗の為に彼らにはやれる事は沢山ある。

 敵方隊長の号令が微かに聞こえると、街門の渡りから弓が射かけられる。

 どうやら敵は弓兵を街中に退却させず、突入してくるだろう部隊を少しでも減らす事を選んだようだ。

 テツは自身の方に飛んでくる弓矢をコリンに任せタイミングを見計らう。

 竜寄兵の手には小さすぎるように見えるロングソードを振り回しながらコリンがテツに届く矢を的確に弾き落としていく。

 竜によって強化された五感や空間認識能力、反射神経をもってすればそれは難しい事ではなかった。

 テツは自身の背後から聞こえてくる足音と雄叫びに気が付きながらも視線を街門から反らさなかった。

 開いた門の先には最後の抵抗を試みる兵士達の隊列と悲壮な顔が見える。いやもしかするとアレは困惑なのかもしれないとテツは思い直した。

 彼らからすれば門を破った竜寄兵達がそのまま突入してこなかった事が不思議なのだろう。

 まさか街門突破の一番槍をゆずるために突入しなかった等とは思いつきもしないのだろう。

 とかく彼らはまだ隊列を組める程には士気を維持しており、数が然程さほど減ったわけではない。

 敵の士気はいまだくじけてはいない。

 ハクソン侯爵などは地方の小領主の反乱などと馬鹿にしていたが、帝国東西を貫く街道の主要都市の一つが反乱を起こしたのだ。その意味は大きい。

 クロファース王が果断を持ってして鎮圧を急いだのは、なんとしても敵が増援を送って守りを固めるのを阻止するためだ。

 あの士気の高さから見ると増援の一部は既に到着していたのだろう。彼らの頭の中にあるのは後もう少し耐えれば増援が来てくれるという希望だ。

 再度の号令が聞こえてくると弦が弾かれる音と共に矢が空気を裂く音が聞こえる。

 三度目の射撃の時にはきっとフレイが先導している――テツは彼女が先頭にいる事を疑いもしなかった――後続部隊が射程に入るだろう。

 悪いがその希望も三度目の射撃の機会も打ち砕かせてもらおう。

 少なくともフレイはともかくとして、自分めがけて飛んでくる弓矢はファンガス伯の兵士達にとってはありがたくない物だろう。

 テツは掲げた右手を大きく前に振り下ろした。

「第一射初め!」

 街壁の最上部、おおよそ高さ八メートルに向けて竜寄兵が破城鎚をまさに投げ槍のように投擲した。

 ゴウという空気を裂く音と共に破城鎚は空を飛び狙いあたわず街壁の胸壁へと突き刺さった。

 胸壁の向こうから悲鳴と怒号が上がるのをテツ・サンドリバーは唖然として見つめた。

 ちょっと待て、これはいくらなんでも威力がありすぎる。

 破城鎚の直撃を受けた部分の胸壁は完全に粉砕されており、砕けた石材と暴れ回った破城鎚に巻き込まれた敵兵士の体の一部が、開いた穴から垂れ下がっている。

 テツの当初の思惑としては敵兵が胸壁から体を晒すのをちょっと躊躇う程度の脅しになればいいなというぐらいの物だった。

 こんな大型バリスタのような威力は率直に言って求めていなかったのである。何せこの街壁は今後も使う予定なのだ。

 残りの四本の破城鎚を同じように投げつけたら、街壁の修復は少々面倒な事になるだろう。

 テツがそんな風に逡巡しているとその横を銀の炎をはらんだ風が過ぎ去った。

 追い越しざまに銀の炎が年相応の少女らしい声音で叫ぶ。

「良くやった! 私の右腕!」

 テツは自分の頬が思わず緩むのを自覚した。

 左右を竜寄兵に守られたファンガス伯の兵が散発的に射かけられる弓矢から守られながら門へと突撃していく。

 ああ、くそ、畜生。

 テツ・サンドリバーは緩んだ頬を無理矢理ひきしめると部下に破城鎚を捨て、突撃を命じた。


 テツが部下を率いて街門を潜ると、ほぼ一方的な戦況となっていた。

 ファンガス伯の兵達と竜寄兵は即席ながらも連携しながら効率よく敵兵を排除しようとしていた。

 右翼をレイドリックが纏め左翼をサムソンが纏めている。そして中央ではファンガス伯の兵が自分達の隊長の元で纏まって戦っている。

 戦況は完全にこちらが有利であり、これに他の後続部隊までも突入してきたら完全にこちらの勝利だろう。

「ラトラン! 二、三人連れて街壁の弓兵を黙らしてこい!」

 少々気の抜けた了解の声と共に竜寄兵が駆けていく。テツは残りの兵を中央の援軍として送ると一つ溜息をついた。

 テツは各都市に良く見られる門前広場で繰り広げられる最後の抵抗にはもうあまり興味は無かった。

 街門を援軍到着まで守り切れなかった時点でこの戦争の勝敗は決したのだ。

 敵味方――味方はファンガス伯の兵士達のだ――の悲鳴や怒声を無視してゆっくりと彼女へと馬を進める。

 その少女は時たま飛んでくる矢を平然と剣ではたき落としながら、どこかつまらなさそうに戦闘を見つめていた。

 テツが少女の隣に馬を付ける頃にはラトランが弓兵を片付けたのか、そこには矢すらも飛んでこなくなった。

 目の前の少女のせいか、実際にはやかましく戦場音楽に彩られているにも関わらずその周囲は静かとすら感じられる。

「もうすぐ戦争が終わってしまう」

 唐突に呟かれた少女の声は大好きなお菓子が残り少ないのを嘆くそれと同じだった。

 身震いするような恐怖がテツの背中を這い上る。

 少女に恐怖したのではない、少女に慰めの言葉をかけようとした自分に恐怖したのだ。

 この女のそばにいると常識という物が酷く簡単にどこかへと飛んでいく。

 いつかこの女のそばで兵士達と喜んで地獄へと行軍する自分の姿を幻視してテツはゲンナリする。たぶんその時もこの女は嬉しそうに自分の隣にいるだろう。

 その点についてテツは疑問を持たなかった。

 嗚呼、嫌だ嫌だ嫌だ。

 テツは竜寄兵の膂力りょりょくによって吹き飛ばされる腕やら頭やらを眺めながら内心で愚痴をはき続ける。

 きっと俺は長生き出来ない。

 きっと俺はまともな人生を歩めない。

 嗚呼、嗚呼、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 何が嫌だって、そうと分かってこの女のそばにいられる事に喜ぶ自分が一番嫌だ。

「すぐに次の戦争があるさ」

 テツ・サンドリバーは高鳴る心音に押されるようにそう言った。



 スタト籠城戦は、イステンの兵とウェスタの兵が初めて直接刃を交えた実質的な双子竜戦争の開戦だった。それに加えて竜寄兵が初めて実践的に戦争に投入された戦いでもある。

 だがそれでも、小領同士の継承権争いをウェスタが支援することで戦争へと発展したこの小さな戦争の終わりの一幕でしかなかった。

 ただ一点、このスタト籠城戦を特別な物として歴史に名を残すのは、黒炎銀、銀の炎、フレイ・クロファースの初陣であるという事だ。

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