Another

第58話 抑制のきいたドS×押しの強いドM

 皆の前で、派手な喧嘩をするのがその合図。


「なんでステファノはあのタイミングで氷系使うかなあああ。全然わたしの攻撃意図わかってないよね!? もう、何年一緒に戦っているか覚えてる!? ああいうのやめて欲しいんだけどーーーー!!」


 もうサイアクだよ最悪―。と、聖剣の勇者であるルミナスがぐずぐず言い出した。

 黙っていれば男女問わず目を引く、中性的で危ういまでの繊細な美貌のくせに、子どもっぽい言動が色々ぶち壊しにしている。


 ちなみに戦闘は危なげなく終わっている。

 優秀を自認する魔導士のステファノは自身の判断に間違いがあったとは思っていない。

 つまりこれは完全なる言いがかりの一種だ。


(うるさい)


 面倒くさい。どこまで言っても本音はそれ以外ない。

 口をきく気にもなれずに、溜息をついてそっぽを向く。


「ステファノ!! 怒ってるんだけど!! 三日は口をきかないからね!!」


 周りをみればいつものことだからと、全員にやにや笑うだけ。

 目が合えば「お疲れ様」とウィンクされる始末。

 年若い治療師ヒーラーのアゼルだけが「ルミナス言い過ぎだよー。何が悪かったのか、私にはわかんないんだけどー」とつっかかっている。


「アゼル。ルミナスが馬鹿で頭悪いのはいつものことだ。野生の勘だけで生きているんだ。あまり理詰めはするな。そいつの勘が鈍ると私たちはそれなりに困る」


 ルミナスのことを完全に無視しながら、アゼルにだけ声をかける。

 当然、自分がのけ者にされたことを素早く察知したルミナスがさらに怒り任せに喚く。


「馬鹿とか頭悪いとか気安く言うなよ! そういうの人に向かって言っちゃだめだ! ステファノは自分のこと頭良いって思い過ぎだよ!!」


(ルミナスがド正論を言っている。ルミナス以外が言ったら「悪かった」って謝るところだな)


 言っているのはルミナスなので、もちろん謝らない。ステファノは無視を決め込む。

 どうせすべて茶番なのだ。付き合う気すら起きない。


 派手な喧嘩は、合図。

 今晩はルミナスが部屋に来る。


 * * *


 初めてのときはそれなりに動揺した。


 旅先の宿屋で、なんだか今日のルミナスは変だったなと思いながら本に栞をはさんだとき。

 ドアが軽くノックされて、こんな夜更けに何かの間違いかと思ったら「ステファノ!」と声をかけてきたのはルミナス。

 腰かけていたベッドから立ち上がってドアを開けたら、くしゃくしゃの癖のある金髪をゆるく結んだ、簡素な生成りのシャツとズボン姿のルミナスが立っていた。


「なんだ?」

「部屋に入れてよ」


 拒否するまでもなく、するりと脇をすり抜けて侵入してきて、勝手にベッドの上に腰を下ろす。


「寝てた?」

「本読んでた」

「そう。ベッドが少し乱れてるから」


 ステファノも部屋の中へと引き返すと、ルミナスが自分の横を手でぽんぽんと叩いた。


「ここに座って。仲直りをしようと思うんだ」


 面と向かって座るよりは横並びの方が話しやすいのか。或いは距離が近い方がいいというのか。

 ルミナスなりに何か考えているらしいと、ステファノは素直に従った。

 横とはいえ、身体のどこも触れない距離。

 だけど、ルミナスのいる側が温かい。

 普段から発光とか発熱とかしていそうな存在感だし、不思議はない。それと今は単純に、湯上りのようだった。おそらく、そのせいもあるだろう。


「今日はなんか、むしゃくしゃして絡んでごめんね」

「べつに」

「怒ってない?」

「気にしてもいない」

「なんで?」

「気にした方がいいのか?」


 早く寝たいなと思いながら投げやりに言うと、「うん」という返事があった。肯定?


「気にして欲しい。わたしのことで頭がいっぱいになってほしい」


 ステファノはぼさっと壁を見ていた。綺麗な木目だ。安い宿ではない。備え付けてあるテーブルや椅子、ソファといった調度品も悪くない。一人一部屋。今日はゆっくりできると思っていたのに。


「何を言ってるんだ? だいたいうちのメンバーは全員お前中心だ。基本は自分の命よりルミナス。他に大切なものなんかないぞ」

「ステファノも?」


(何を今さら確認されているんだ?)


 ステファノが顔を向けると、ルミナスが潤んだ瞳で見上げてきていた。

 普段は態度の大きさで錯覚させられているが、ルミナスはそれほど高身長ではない。女性の間にいればうつくしい青年にも見えるが、戦闘職の男性に囲まれれば嫌でも華奢さが目に付く。積極的に肉弾戦はしないステファノから見てもそれは変わらない。

 こんなのでよく切り込み隊長が務まるな、と思わざるを得ない。


「心をのぞいたわけではないので実際はわからない。今のは私の価値観の話だ。私と同じように、全員がそうであればいいと思う、という」


 話している最中に、ルミナスが手に手を重ねてきた。


「ステファノはわたしのこと好き?」


 まじまじと見返してしまった。

 どこか気弱そうな顔をしていたルミナスだったが、不意に目に力が入った。

 ステファノの視線の先で、表情が勝気そうなものにとってかわる。

 ベッドの上で、ルミナスが身を寄せてくる。膝に膝がぶつかった。

 甘い香りが髪と肌から立ち上る。


「ステファノ、わたしのこと好きでしょう。好きって言ってよ」

「言わない」

「どうして」


(言って欲しそうだから)


 意地悪な本音を隠して口を閉ざせば、立ち上がったルミナスが両肩に手を置いてきて、振り払う間もなく唇に唇を寄せてきた。

 柔らかな感触。

 ほんの一瞬ですぐに顔は離れる。


「頼みがあるんだけど」

「部屋に帰れ。お前変だぞ」

「ステファノ、わたしのこと抱きなよ」


 何か変なことを言い出す前触れだと思った。

 ステファノはわざとらしく手の甲で唇をぬぐい、きっぱりと言った。


「いやだ」

「だめ。断らせない。ステファノは今晩わたしの初めての相手になるんだ」

「聞かなかったことにしてやる」

「できないの? それとも、本当にいや? わたしに、他の男の部屋へ行けという意味?」


 頭が痛い。

 ずきずき痛むような額を手でおさえたら、その手をルミナスに捕まれた。


「ステファノの好きなようにしていいよ。ものすごくひどいことされても、アゼルに適当言って治癒してもらうから」

「ふざけんなよ」


(色んな意味で。マジで腹立つ)


「初めてって痛いんでしょ? 血が出るっていうし。戦闘に支障が出たらまずいからさ」

「ルーは私をどれだけ鬼畜だと思っているんだ。しかもそんな痛みをアゼルみたいな少女に治させるつもりなんて。仲間をなんだと思っているんだよ」

「ステファノ、鬼畜じゃないの? 優しくしてくれるの?」

「そもそも、しない。する前提で話すな」

「やだ。もう決めたんだもん。脱げばいい?」

「おいこら。話が通じないふりをするな。わかってるんだろ、無茶苦茶だ」

「無茶じゃない!! ステファノがわたしを好きなのは知ってるんだ。その上で何をしても良いって言ってるんだ。こんな機会逃さないでよ」


 前面のルミナス。

 逃げ場がないので、ステファノは手を振りほどいてからベッドに倒れこんだ。


「もうやだ……ルミナスが男の純情を踏みにじる……」


 顔を両手で覆っているのに、身体をまたいで乗り上げてきたルミナスに力ずくで手をはがされた。


「萎えさせて追い払おうなんて、そんな浅はかな作戦だめだよ」


 ルミナスのくせに見抜いてやがる。

 ステファノは視線を逸らして、大きく息を吐き出した。

 何を言ってもルミナスが納得しないのはよくわかった。


「ルミナスは口さえ開かなければ凛々しい女騎士だし。その手から武器をはぎ取って無力化して、ぐちゃぐちゃのぼろぼろに泣くまで苛め抜きたいと思っている男は実際多いだろうさ」

「ステファノも?」


(そこ、いちいち確認するのか)


 状況的にはベッドに押し倒されているし、どう考えても貞操の危機にさらされているのは自分の方だと思うのだが。

 ステファノは上半身を起こし、ルミナスの手首を掴んでベッドに引きずり上げると押し倒した。

 足の間に膝をついて押し開く。両の手首は手でシーツに縫い付けるようにおさえこむ。


「そんなにひどくされたいなら、ならさないでいれてやる」


 瑞々しく濡れた瞳を瞬かせて、ルミナスは形の良い唇を開いた。


「何を?」


 返答を待つ沈黙と、何を聞かれたのか考えて、絶対に答えてやるもんかという決意に至る沈黙が辺りを不自然に包み込んだ。

 やがて、ステファノは無言のままルミナスの上に倒れこんだ。


「ステファノ? どうしたの? さっきの勢いはなかなか良かったのに、どうしたの急に」


 手首の縛めを抜けて、ルミナスが背中をぽんぽんと叩いてくる。


「どうもしていない。イキった一分前の自分を絞め殺したいだけ。放っておいてくれるのが優しさ」


 頭がくらくらするほど良い匂いがしている。身体のあちこちが触れ合ったせいで、しなやかなのに柔らかい感触が全身に伝わってくる。


(こいつどこまでわかって言ってる……? 性知識とかどうなっているんだ?)


「ステファノ?」


 耳元を息が掠めて、くすぐるような声で名を呼ばれてステファノは迅速に立ち上がった。

 たった今泣き顔を想像したばかりのルミナスが、心配そうに顔をくもらせて見上げてきていた。そこから、どんな風に、「痛い」とか「もうやめて」とか「ゆるして」と懇願する顔にしてやろうかと。克明に想像し切った。

 その結果。


「疲れた……。何もかもが疲れた……。今日のところはおとなしく帰ってくれ。絶対に優しくできない。明日の戦闘にお前が参加できないと色々まずい」

「ステファノ、なんかものすごいこと考えた……?」

「見透かすな。今の私は勇者に対して魔王より手酷いことができる自信がある。少し離れろ」

「ステファノ~~~~~~」


 その晩。

 押し問答は、それ以降長くは続かなかった。

 結局、折れる方が折れるべくして折れて話はケリがついた。


 それ以来、ルミナスの「ステファノ、いい加減にしてよね!」の言いがかりは、夜に仲直りしたいの合図になった。

 仲間の誰がそのことに気付いているのか。

 二人は知らない。

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