第37話 追跡
月明かりに照らし出されて、夜道は明るかった。
さほど遅い時間ではなく、人通りも少なくはない。
クロノスは、ときどき足元をふらつかせながら、のんびりと歩いていた。
ルーク・シルヴァは通りの店を眺めつつも、いざという時に手を伸ばせる程度の距離感を意識しているようだった。
時折、遅れるクロノスを気にする仕草をし、歩調を緩めながら視線を流している。
「さっきの会話からするに、王子とさすらいの魔導士じゃなくて、もう少し踏み込んだ関係だよな……。個人的に親しくなるような接点があったとは思わないんだけど」
通りに出た看板や、歩く人の影に身を隠しつつ、ロイドとクライスは二人の後を追った。
クライスはフードまでしっかりとかぶって、ロイドに従う形で気配を殺しつつ、前方の背の高い二人を見つめる。
「クロノス王子は『ルーナ』とも会っているのに……。大丈夫なのかな」
(踏み込んだ関係になればなるほど、同一人物と疑われる危険性が高いはず)
酒場でのクロノスはふざけてルーク・シルヴァの身体に触れたりしていた。
それでいて邪険にされるどころか、今も逆に酩酊したのを気に掛けられている。
(いい大人が飲み過ぎじゃないか)
だいたい、ルーク・シルヴァも、そういう人だとはわかっているつもりではいたが、いざ目の当たりにすると妙に落ち込む。
普段人を寄せ付けないふりをしているくせに、ああも簡単に
(優しいよね……。誰にでも優しい)
クロノスが何かにつまずいたように、バランスを崩し、ずるりと肩が下がった。それをルーク・シルヴァが危なげなく横から腕を伸ばして抱き留めて、何やら小言を言っている。
「……くっつきすぎ……」
クライスは知らず、声に怒気を滲ませて言ってしまった。
夜でも営業しているらしい花屋の、ブーケの描かれた看板の横に二人でかがんで身を隠しているところだった。
ロイドは、困ったように小首を傾げて言った。
「そうねー。あの王子様、ちょっと危なっかしいね。何か嫌なことでもあったのかな」
さらり、と
ちょうど、クライスの目の前だった。
長年むさくるしい男の間で生活してきたクライスにとっては「見てはいけないもの」のようで、不意打ちに胸がドキリとして慌てて視線を逸らしつつ言った。
「王子が落ち込むなとは言いませんけど。なんで飲む相手がルーク・シルヴァなんですかね。他にいくらでもいるんじゃないかな」
(王子の交友関係なんか知らないけど。というかクロノス王子ってとにかくいけすかない感じ。他人に寄りかかるような男だとは思わなかった)
孤高。
独特で、愛想はいいくせに周りに人を寄せ付けないところがあった。それなのに、どうしてよりにもよって、ルーク・シルヴァには警戒心なく頼り切っているのか。
「どうする? あいつら夜風にあたって少し酔いを醒ます気かも。このまま隠れて追う? ……こういうの、君の精神衛生上、あんまり良くなさそうだけど」
顔、ものすごいからね、とロイドに小声で釘をさされた。
言われるくらいの形相をしている自覚はある。
「そうですね。なんでアンジェラと親し気だったのかも気になりますし、クロノス王子が気安くルーク・シルヴァに触るのも気になりますし。でも」
クライスは一度目を閉ざし、胸に手をあてて深呼吸をした。
「ここまでにしておきます。ありがとうございました、気が済みました」
ロイドが探るような視線を向けてきた。
「本気? 大丈夫? なんだったらオレが王子をひきつけるから少し話してきた方が」
法衣の裾を気にしながら立ち上がり、クライスは軽く伸びをする。
「修行中なので。余計なことを考えるのは、暇なせいかもしれません。あれは僕が今考えることじゃない。休んだし、怪我を治してもらったし、ご飯も食べたし、僕はそろそろ行きます。ロイドさんにはいつもお世話になりっぱなしなので、次に会ったときには今までの分お返しできると良いんですが。ごめんなさい、服まで用意してもらって」
「せめて朝まで待ちなよ。こういう人の多いところはね、なまじ獣だらけの山奥よりも危険だから」
「ロイドさんこそ気を付けてくださいね。美女が一人でふらふら歩いちゃだめですよ」
「……うーん」
ロイドが頭痛を堪えるように額をおさえた。そのまま口の中で何かぶつぶつと毒づいていたが、気を取り直したように「わかった」と言った。
「とりあえず、着替え。実は動きやすそうなのもちゃんと用意しているんだ。一度宿に戻るぞ」
「あ、そうですね。この法衣も返さないと」
そう言いながらクライスがフードに手をあてると、癖のある赤毛がこぼれた。
ちょうどその時、「ひゅぅ」っと軽い口笛が聞こえた。
「可愛いねえ、二人でそんなところで何しているの?」
花屋の灯りが通りにまでほんのりと漏れていて、その光の中で話し込む二人の様子が男たちの興味をひいてしまったらしい。
ロイドは無言のままクライスのフードに手をかけて顔を隠させ、顎をつんとそらした。
「気安く声かけてんじゃねえよ。失せな」
まなざしに力を込めて、目を細める。
声をかけてきたのは四人連れの若い男だった。
くたびれた旅装に武器を帯びている。魔物の襲撃がほぼなくなった現在でも、街道には盗賊などが出没するので、商人や旅人はそれなりの武装をしている。おそらくそういった手合いだ。全体的に薄汚れており、町についたばかりで、これから楽しく一杯やろうとしているように見えた。
ロイドからすると、弱そうな人間風情が何か用か、と片腹痛いのだが、女性型は面倒くさいことにとかく声をかけられる。連れのクライスも顔だけ見ればか可憐な少女であり、男たちは完全に「いける」と思っているのかふてぶてしい態度を崩さない。
「気ぃの強そうな美人だねえ。オレらとちょっと飲まないか」
「失せろって言ったよな。しつこいと殺すぞ」
嘘偽りのない言葉として、ロイドはそう言った。脅しのつもりはない。
男たちはどっと爆笑した。
気が大きくなっているのと、単純に彼我の差を感知できない程度の実力らしく、ロイドの眼光にあてられても気にした様子もない。
(面倒だな)
早めに片をつけたい。
その思いから、クライスを後ろにかばいつつ前に進み出た。
「覚悟ができた奴からかかってこいよ。苦しまないように殺してやる」
魔法を使うまでもない。素手で十分に締め上げられる。
焦ったクライスが「僕が」と出てくる前にさっさと終わらせよう。
好戦的というのも憚られるほど、ごく自然に戦闘態勢に入ったロイドであったが、ぴんと張った神経にひっかかってきた何かにふと気付いて片目をしかめた。
「こんな綺麗な女性に寄ってたかって何してんのかな。オレが相手するよ」
騒動というほどの規模でもないはずなのに、気付いてしまったらしい二人組が引き返してきていた。
ロイドがいやいやながら視線を向けると、酔っ払いそのものの底抜けの機嫌の良さで、抜群の笑みを浮かべたクロノスがいた。
その背後で、ルーク・シルヴァが「む」と何か言いたそうな顔をしている。
「なんだろうねこれ。都合がいいのか悪いのかよくわかんないね」
ルーク・シルヴァに小さく手を振りつつ、思わずぼやく。
とりあえず、クライスとクロノスの衝突は回避せねばと、ロイドはもう一度手を伸ばして、クライスのフードを手でぐっとおさえた。
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