第27話 安堵

「――ダイスケ! よかった……戻ってきたんだな」

 外灯でも立っているかのような明るい光源の下、ダイスケたちを出迎えたのはステラだった。

 そして足元には小型の魔物だったと思われる物体が、黒焦げで幾体も転がっていた。

 戦闘の形跡にダイスケの顔が強張る。

「大丈夫か!?」

 慌てて駆け寄り、状況を確認しようとするダイスケ。

 それをステラは笑顔で迎え入れる。

「あぁ、大丈夫だ。ちょっとばかし、手こずったりはしたがな」

 そう口にするステラは、白衣は汚れ、顔に疲れの色を見せてはいるが、怪我をしている様子はない。

 近くで横になっているベルの顔にも土汚れひとつなく、薄手の毛布の下で、寝息を立てているのがわかる。

 どうやら最悪の事態は回避できたようだ。

 安堵感から脱力しそうになるが、寸前のところで思いとどまり、ダイスケは頭上に浮かぶ光についてたずねる。

「ありがとう、ステラ。あの光は一体どうしたんだ?」

「あぁ、暗くなってきたからな、魔石を拝借させてもらったんだ――それより後ろの御人は誰だ?」

 ステラに指摘され、思い出したようにダイスケは背後にいた商人を紹介した。

「あぁ、この人が薬を持っているらしくてな。無理を言ってついてきてもらった」

「ど、どうも……」

 ステラを前に、頭をペコペコ下げながら挨拶するヒゲの商人。

 その姿をいぶかしげに見つめるステラだったが、それ以上は特に言及することなくダイスケへと視線を戻す。

「そうか、それは良かった。早くベルのやつに飲ませてやってくれ」

 ステラに促されるまま、ダイスケは商人から薬の入った紙包みを受け取り、ベルの元へと向かう。

「ほら、ベル……薬だ」

「んっ、んん……」

 火照りの収まらないベルの頭を優しく抱き留めるようにダイスケは背中へと腕を回し、薬の粉を口へと含ませ、水筒の水で流し込む。

 口から溢れた水が滴り、腕を濡らしたが、そんなことは気にしない。

 そして再びベルを簡素なベッドへ寝かせると、ダイスケは商人の方を振り返り深く頭を下げた。

「ありがとう、本当に、助かった」

 礼を述べるダイスケに対し、商人は手と首を横に振って謙遜する。

「いえいえ、そんな滅相もない……命の恩人ですから」

「そう言ってくれると助かる」

 煌々と光を放つ魔石の下、ダイスケは商人に対して深く頭を下げ、そしてその手を強く握るのだった。


 翌朝。

 商人と早々に別れたダイスケは出発の準備をしながら物思いにふける。

 警戒こそしていたが、夜間に魔物の襲撃はなかった。

 魔石がゴロゴロと落ちているので、それなりの数の魔物がこの地にはいると思ったのだが、どうやらステラが倒した魔物ですべてだったらしい。

 もう何年も前に魔物たちが生息域を変えたのか、それとも罠ではないかと逆に警戒されているのか。

 はたまた、それ以外に何か理由があるのか――。

「おっはようございまーす!」

 突然響いた、ニワトリも黙り込みそうな明るく大きなあいさつ。

 声の主はたずねるまでもなかった。

「おはよう、今までぐっすり眠ってたみたいだし、もう大丈夫みたいだな」

「うん、もうすっかり元気」

 満面の笑みを返すベルに、ダイスケの顔もつられて笑みが浮かぶ。

「ほう、なら私の荷物も持ってもらうかな」

 ダイスケが脇へと視線を向けると、そこには腰に手を当て顔を思い切りにやつかせたステラの姿があった。

 そこには昨日の神妙な顔つきは見る影もない。

「おい、ステラ。病み上がりだぞ――」

「うっ……じょ、冗談だぞ? 私も準備をしてくる」

 そう言ってステラは踵を返そうとするが、ダイスケはそれを呼び止めた。

「なぁ、ステラ――」

「んっ? 何だ?」

 足を止め、振り返るステラ。

 すると、ダイスケはステラに顔を近づけ、ベルには聞こえないよう小声で話掛ける。

「昨日は、留守を守ってくれて、ありがとうな」

 ダイスケの言葉に、ステラは首を横に振る。

「いや、当然のことをしたまでだ」

「当然と言われても、感謝している」

 そう言って頭を下げようとするダイスケだったが、ステラはそれを制した。

「違うんだ。私は施設の出身なんだ……だから、兄弟とか姉妹とかいったものに憧れていてな……」

「それって、ベルのことを?」

 ステラは大きくうなずく。

「あぁ、妹がいたら、こんな感じなのかと思ってな。憎い時もあるが、素直に慕ってくれると嬉しく思えたり――おかしいだろうか?」

 ステラの見せる、不安げな表情。

 ダイスケはステラの思いに涙を浮かべそうになりながらも、なんとか堪え、優しく否定した。

「いや、俺から見ても、立派な姉妹だと思うぞ」

「……そうか。なら、よかった。でも、これはベルには内緒だぞ?」

 照れた笑いを浮かべるステラ。

 だが、その雰囲気を邪魔するように、ベルが会話へと飛び込んでくる。

「ねぇねぇ、さっきからコソコソと何の話してるの?」

 ベルが割り込んでくるなり、ステラは瞬時に顔をいつもの自信に満ちた表情へ切り替え、退散する。

「ふっ、ベルには秘密だ。では、私は荷物の準備をしてくるぞ」

「あっ、ずるい!」

 ステラの後を追おうとするベルだったが、それをダイスケが呼び止める。

「大した話じゃないさ。それより、体調は万全か?」

「うん、バッチリ!」

 白い歯を見せて、親指を立てるベル。

 その姿に、ダイスケは吹き出して笑う。

「ふふっ、そうか……何はともあれ、大事に至らなくてよかった。ベルには、もっと――」

 瞬間、感極まり、言葉に詰まってしまうダイスケ。

 そんなダイスケにベルが声を挟む。

「もっと?」

「あ、あぁ。もっと色んな世界を見せてあげたいって、思ったからさ――」

 潤んだ瞳で精いっぱいの笑顔を浮かべるダイスケ。

 どうして、こんなタイミングで涙が出てしまうのだろうか。

 これではベルに余計な心配をかけてしまうというのに。

「ダイスケ……うんっ、これからも、よろしくね」

 ダイスケの心中を知ってか知らずか、ベルは期待と高揚感に満ちた笑顔で強くうなずき、その後はにかんだ表情を浮かべるだった。

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