4-10

 早河仁は探偵事務所の屋上で助手の香道なぎさが持つ線香花火の火花を見つめていた。線香花火がパチパチと音を鳴らしている。


「もう夏も終わりですね」

『そうだな。今年の夏も暑かったな』


 なぎさがコンビニで購入してきた花火セットから早河も手持ち花火を一本出してライターで火をつけた。こちらは線香花火ではなく、スパークと呼ばれる種類の、激しい火花が散る花火だ。


「所長の花火、綺麗!」


早河の持つスパーク花火は緑色から赤色の火花を散らしている。なぎさは寿命を迎えた線香花火を水を張ったバケツに入れて、早河の花火を鑑賞した。


 うっとりとした表情で花火を楽しむなぎさを微笑ましく思うと共に、早河の思考は別のことを考えていた。

先週、明鏡大学に貴嶋佑聖が現れたと上野警部から報告があった。貴嶋は大学内で浅丘美月と接触を図ったそうだ。


(貴嶋は何のために明鏡大に? 何が目的で浅丘美月に近付くのか……)


 ――“浅丘美月は貴嶋のお気に入り”――犯罪組織カオスのメンバーと目される沢井あかりが残した言葉だ。貴嶋はまた、必ず浅丘美月の前に現れるだろう。


 花火の勢いが弱まり、散らしていた火花もやがて消えた。


『……ごめんな』

「え?」


 缶ビールを口にしていたなぎさはビールを飲む手を止めて早河を見た。彼は花火の残骸をバケツに捨てて、暗闇に染まる空を仰いでいる。


『今年の夏も貴嶋を捕まえられずに終わっちまう。あれから2年になるのに俺は奴を捕まえるどころか、奴の手のひらの上でジタバタ足掻いてるだけだ。情けねぇ……』


 空を見上げる早河は目を閉じた。

なぎさは何も言えなかった。何も言えずに彼女は早河に近付き、彼の広い背中に抱き付いた。

背中に顔を伏せるなぎさのすすり泣く声が彼の耳に届く。


『泣いてるのか?』

「泣いてませんっ」

『いや、泣いてるだろ』


身体の向きを変えた早河は苦笑いしてなぎさの頭上に手を置いた。


『泣き虫なぎさ。お前、年々泣き虫になってるよな?』

「所長のせいですよ! 所長が……泣いてもいいとか、無理するなって言うから……」

『ははっ。そうだったな。まぁそんなに泣くなよ。よしよし』


 早河の腕がなぎさを包み、なぎさは早河の胸元で彼の香りを強く吸い込んだ。


 あなたが好きですと、今なら言える気がしたのに、素直に好きと言えないのは何故?


夏が終わる。終わりは新たな始まりだ。

夏の終わりに訪れるものは光の兆し? それとも闇の予兆?


 ――バラバラに飛び散っていた光の帯はやがてひとつの形に収束する……。



短編集 夏物語 END

→あとがきに続く

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