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8月19日(Wed)午後2時


 寺沢莉央は停車した車からアスファルトの上に降り立った。


「ここで待っていてね」


付き添いの部下をその場に残して、百合の花のような白いワンピースに白いパンプスを履いた莉央はスターチスとリンドウの紫色の花束を携えて石段を上がる。


 北海道小樽市内の霊園。ここには莉央の母親、寺沢美雪の墓がある。早くに他界した会ったことのない祖父母と、38歳の若さで天に逝った母がこの場所で眠っている。


 通路で老夫婦や家族連れとすれ違った。寺沢家の墓と同じ列にある墓石の前にポニーテールの少女がいた。


「お祖母ばあちゃん、わたしね、平泳ぎができるようになったんだよ」


9歳か10歳くらいに見える少女はそこに眠る祖母に話しかけている。微笑ましくて、莉央はしばらく遠目から少女を眺めていた。


 少女は母親に手を引かれ、莉央のいる通路に歩いてくる。後ろから遅れて父親も歩いてきた。邪魔にならないよう隅に移動した莉央に人の良さそうな母親が頭を下げた。


横を通り過ぎる時に少女と目が合った。少女は莉央を見てにっこり微笑み、莉央も優しく微笑み返す。あの穏やかな家族は誰も、莉央が指名手配中の殺人犯だとは気付かない。


 少女達を見送ると莉央は寺沢家の墓の前で立ち止まった。もう何年も住職に手入れを任せてしまっているが、寺沢家の墓は綺麗に保たれていた。


「……ただいま」


 スターチスとリンドウの紫色が墓石を彩る。漂う線香の香り。目を閉じると浮かんできたのは亡き父と母と三人で見たラベンダー畑の風景だ。

楽しかった思い出が蘇り、涙が溢れた。


懺悔と覚悟と、後悔と誓い。


「……ごめんね。お母さん……」


 莉央の左手の薬指に嵌まるゴールドの指輪が太陽の光を反射して煌めいていた。

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