3-7

8月11日(Tue)午後11時


 東京の不夜城は今日も妖しげなネオンを灯している。歌舞伎町のキャバクラでキャバクラ嬢が殺害された事件の捜査で真紀は新宿の街を歩いていた。


 被疑者の逃走経路を辿って聞き込みをしていた真紀の視界に、道にうずくまる男の背中が飛び込んできた。男は背中を丸めて苦しそうに肩を上下させている。

酔っぱらいか、何かの事件か、兎に角あのままにしておくには男の苦しみ方は尋常ではない。


「あの……警察です。大丈夫ですか?」


うずくまる男に近付き、顔を覗き込んだ。


「……矢野くんっ?」

『……あー……真紀ちゃん……』


 矢野は口から血を流して腹部を押さえている。彼が好んで着ている派手な柄シャツはボタンが何個か外れて裂けていた。ただ事ではない。


「何があったの? 誰にやられたの?」

『まぁ……ちょっとヘマしちゃって。報復ってやつ?』


彼はへらっと笑って店先に出ている居酒屋の看板に背をつけた。

道行く人々は矢野と真紀を見て見ぬフリをして素通りする。繁華街とはそういう街だ。


「ごめん。怪我、見るね」


 矢野の裂けたシャツを上げて彼が押さえている腹部に触れた。彼の腹部には痛々しいアザができている。


『真紀ちゃんのエッチー』

「ふざけないで。ね、病院行こう」

『平気。慣れてるから』

「ダメ!もし内臓に異常があったらどうするの? 死ぬことだってあるんだよ?」


叫ぶ真紀に矢野の形相も変わった。


『別に……俺がどうなったって真紀ちゃんには関係ないだろ』


 矢野は真紀から目をそらして肩で大きく息をした。彼に関係ないと言われた時、ズキッと何かがひび割れた。


「関係ないわよ。関係ないけど私は……もう誰かが突然いなくなるのは嫌なのよ……」


矢野の目の前の地面に水滴が落ちる。真紀の目には不夜城の光に照らされた涙が浮かんでいた。

彼女は立ち上がって誰かに電話している。


「余計なお世話だろうけど早河さんに連絡しておいた。早河さん、すぐに迎えに来てくれるって。……捜査があるから行くね」


涙を溜めた目元を押さえて真紀は背を向けた。彼女の姿は人混みに紛れてすぐに見えなくなった。


『なんだよ……何で泣くんだよ。俺のことなんか興味ないくせに……』


 看板にもたれたまま、矢野はネオンで塞がれた狭くて暗い空を仰ぎ見て呟いた。

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