3-5

6月9日(Tue)午後2時


 薄鈍うすにび色の空に湿った風が強く吹く午後。

明鏡大学准教授の柴田が殺され、同じ大学の学生だった明日香も死亡した。一連の事件の鍵は美月にあると考えた上野は世田谷区の浅丘家を訪れた。


『体調はどう? ちゃんと眠れてる?』

「あまり……。色んなこと考えてると眠れなくなっちゃって」


美月の様子はこの前会った時よりも憔悴していた。彼女は3年前にもASD(急性ストレス障害)の症状を患っている。今回も前と同じような状態になっているのだろう。


「南さんが柴田先生を殺した犯人だったって本当ですか?」

『うん。南明日香は柴田と交際していたんだ。美月ちゃんのリップクリームを盗んで現場に置いたのも彼女だった』

「南さんが? どうして……」


 南明日香は美月を意識していた。しかし美月にとって南明日香はただの同級生。

好きと嫌いは紙一重と言うが、明日香は美月が羨ましかったのだろう。

羨ましくもあり、妬ましい。その明日香の心の隙間に悪魔が生まれた。


『柴田は美月ちゃんに教師と生徒以上の感情を抱いていたらしい。柴田と交際している明日香は君に嫉妬したんだ。でもそれだけじゃない。明日香の嫉妬を煽った人物がいた。南明日香を操っていたのはアゲハだ』

「アゲハってあの手紙の?」

『そう。これはマスコミには伏せている情報だけど、明日香の日記には5月下旬から何度かアゲハの名前が出てくるんだ。アゲハは君と柴田の関係を偽装する合成写真を明日香に送りつけ、明日香に柴田を殺害させるように仕向けた』

「そんな怖いことを……。誰なの? アゲハって……」


美月の肩が震えている。彼女は両手で自分の肩を抱き込んだ。


『柴田の携帯をハッキングして君との偽装メールを作ったことを考えるとアゲハはパソコンに精通している人間だ。アゲハと言う名前は女性的でもあり、犯人は女の可能性もある。パソコンに詳しい人間やそういった女性に恨みを買った心当たりはない?』

「特には……。パソコンに詳しい女の人も思い当たりませんし……。でも正直よくわかりません。南さんとだって私はそんなに話をしたこともないのに嫌われていて……。あのチェーンメールのことでも仲が良かったと思っていた子達からも色々と言われて、皆が本当は私をどう思っているのか、怖くなってしまったんです」


うなだれる美月に母親が寄り添った。美月はかなりの人間不信に陥っているようだ。


 美月の今後については、啓徳けいとく大学病院精神科のPTSDを専門に研究するチームのカウンセリングを受けさせる方向で上野と美月の両親と、病院側で話が進んでいる。

啓徳大学病院の精神科は昨年の女子高生連続殺人事件の渦中にいた高山有紗たかやま ありさの父、高山たかやま政行まさゆきが指揮をとっている。3年前にも美月を診ていた高山氏のチームならば信頼できる。


『無理もないよね。辛いことを聞いてごめんね。美月ちゃん、アゲハはカオスの人間だ。次に何を仕掛けてくるかわからない。美月ちゃんにはしばらく護衛をつけるよ。君のことは必ず守るからね』

「……ありがとうございます」


 顔を上げた美月はあの時と同じ顔をしていた。3年前の8月8日の朝、悲しみを抱えて上野の部屋を訪れた時と今の美月は同じ顔をしている。


上野は3年前と同じように彼女の頭を優しく撫でた。

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