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浅丘家から数メートル離れた場所にグレーのミニバンが停まっている。運転席にいるのは青木渡、助手席には茶髪のロングヘアの女。
門から上野が出てきた。彼は美月の両親と言葉を交わした後に側に停めていた車に乗り込み、車が去った。
『予想通り、仲良しの上野警部に相談したな』
「今更だけど本当に大丈夫なの? 浅丘美月を追い込むためだとしても、組織の名前を勝手に出して」
『これくらい問題ない。上の人間にはバレやしないさ』
青木の理知的な顔が今は悪意に歪んでいる。助手席の女、アゲハは手鏡を見て口紅を塗り直した。
「これであの子がぐちゃぐちゃに壊れてくれたらいいのにね。あれで意外とタフそうだから、まだまだ追い詰めないとダメかな」
『女は怖いねぇ』
「怖いのは私じゃなくて明日香じゃない? あの子、平気な顔して大学行ってるよ。ブログも何事もなかったように更新してる」
口紅を塗り終えたアゲハは携帯電話のネットを明日香のブログに接続した。昨日、今日と立て続けにブログが更新されている。
「明日香って女友達いないみたいね。ブログの読者や遊ぶ人間も男ばかり」
『まるで自分は明日香と違って女友達がいるって言い
「私はそれなりに人付き合いはしてるもの」
明日香のブログには今日は何人にナンパされた、可愛いと言われたなどの真偽不明の自慢話やキメ顔、下着姿の写真で溢れていた。
自己顕示欲の激しい文面には冷笑が漏れる。
「でも確かに昔の自分を見てるようで気持ち悪い」
『それ、同族嫌悪ってヤツだろ』
浅丘家の前をミニバンが通り過ぎる。雨の降る午後、閑静な住宅街に人の気配はない。
『だけど警察も馬鹿じゃない。そろそろ明日香が柴田の女だって掴んでるだろうな。柴田の携帯の本体からは明日香の履歴は削除してあるが、携帯会社に確認すれば柴田の携帯の通話記録から明日香の番号が割り出せちまう』
「どうするの? もし明日香がパクられたら明日香の口からアゲハのことがバレちゃう」
アゲハは狼狽していても青木は冷静だった。彼はニヒルな笑いを浮かべている。
『警察が明日香に辿り着く前に明日香を殺せばいい』
「……一番怖いのは私じゃなくてあんたね。私は殺人はやらないわよ」
『わかってるって。カオスには金さえ詰めば殺人を代行してくれる人間が多くいる。奴らに頼めばいい』
言葉を失うアゲハ。窓に当たる雨粒の音が大きくなった。
「金で雇って殺人をしてくれる人間がいるならなんで明日香に殺させたの?」
『アイツならやると思ったから』
「……やっぱりあんたが一番怖いわ」
*
グレーのミニバンの後ろを黒のステーションワゴンが車間距離を空けて
黒のワゴンはコンビニ手前の路肩に寄って停車した。
後部座席の上座には犯罪組織カオスのクイーン、寺沢莉央がいる。
「あの男がスネーク?」
『はい。勝手に組織の情報を漏洩させた愚か者です』
莉央の隣にはスパイダーがいる。彼はノートパソコンを膝の上に載せていた。スパイダーのノートパソコンにはagehaが美月に送った手紙の内容が一字一句そのまま掲載されている。
「こんなものをあの子に送りつけてスネークはどうする気?」
『浅丘美月を精神的に追い込んで恋人と別れるように仕向け、あわよくばアゲハが浅丘美月と別れさせた男と復縁する……筋書きはそんなところでしょう』
莉央は呆れ顔だ。こんな子供騙しの計画を彼女が理解するのは難しい。
「そんなに都合良く上手く行くとは思えないな。スネークの操り人形の女子大生は彼の狙い通りに動いても、浅丘美月はあのキングが目を付けた子だもの」
『浅丘美月は一筋縄ではいかない、と?』
「キングが興味を抱いたのなら、浅丘美月は“面白い人間”なのよ。あの手紙でもし恋人との仲に亀裂が入ったとしても、スネークの狙い通りに事は運ばない気がする。人の感情に他人が干渉するなんて無理なんだから。浅丘美月の周辺の人間のデータ出してくれる?」
スパイダーがキーを操作して画面を切り替えた。莉央はスパイダーのノートパソコンの画面を自分に向け、閲覧する。
「……加藤麻衣子?」
記憶のとても温かいページに刻み込まれた懐かしい名前だ。莉央の記憶のページには香道なぎさと彼女の名前がいつもある。
「3年前の事件の関係者の素性をキングが知らないはずないわよね?」
『キングは当時、関係者のほぼ全員を調べていましたからね。浅丘美月に関しては興味のベクトルが強かったとは思いますが、他の関係者は組織の情報が漏れていないかを探るためにその後の動向もしばらく追っていましたよ』
「ふぅん。私に内緒でそんなことを。麻衣子のことを私に黙っているなんてキングも悪い人ね。スパイダーもスコーピオンも知っていたのに黙っていたんでしょう?」
莉央は珍しく拗ねた顔をしていた。3年前の事件関係者に昔の友人がいた事実を今までキングから知らされていなかったのだから無理もない。
『クイーンは拗ねると可愛らしいですね』
「拗ねてません。怒っているの。キングが大阪から帰って来たらどうやってこらしめてあげようかしら。ご飯にキングの苦手な唐辛子でも入れてあげようかな」
スパイダーは苦笑いして、あやすように莉央の柔らかな髪を撫でた。スコーピオンも笑うのを堪え、視線を前方に向けた。
『クイーン。あの二人が出てきました。追いますか?』
スコーピオンが指示を仰ぐ。コンビニを出た青木と女が車に乗り込むところだ。
「もういいわ。行きましょう」
莉央を乗せたワゴンはコンビニを出発した青木の車とは反対方向に走り出す。彼女は頬杖をついて雨に濡れてぼやけた街並みを鑑賞していた。
「ねぇ、スパイダー。日本と中国の時差って1時間?」
莉央の話の意図はスパイダーも、運転席にいるスコーピオンにもすぐにわかった。スパイダーが優しく答える。
『ええ。日本の方があちらより1時間進んでいます』
「そう……時差を気にする必要もないか。あちらは今は2時半、ちょうどいい頃合いね」
午後3時半を示す腕時計を見て莉央は意味深に微笑んだ。
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