第三章 交錯 -ワスレナグサ-

3-1

6月7日(San)午後2時


 一昨日に梅雨入りが発表された東京は朝から雨模様だった。


 山積みの推理小説と母が作ってくれたチーズケーキ、部屋には音楽が流れ、アロマディフューザーにセットしたサンダルウッドの穏やかな香りが漂っている。

大学を休学して初めての日曜日は何もする気が起きなかった。ぼうっと過ごすこの時間が今の自分には必要なのかもしれない。美月は小説を読み、録画したドラマを観て休日を過ごした。


 部屋に流れる音楽は恋人の木村隼人の友人達のバンド、UN-SWAYEDが2月にリリースした3rdシングル、〈夢逢い~YUMEAI~〉。

二度と会えない愛しい人への想いを綴ったラブソングだ。


 夢でもいいから

 もう一度君に会いたい

 夢の中だけでも君のぬくもりを感じたい

 終わらない夢を

 君と永遠に見ていたい


UN-SWAYEDは8月にセカンドアルバムを発売する。

ゴールデンウィークにUN-SWAYEDの彼らとキャンプをした時に話してくれたが、セカンドアルバム収録曲〈full moon〉は美月と隼人をイメージした曲らしい。

ファーストアルバムがミリオンセラーを記録した人気ロックバンドのアルバムの一曲に自分達の恋の歌が収録され、それを彼らのファンが聴くと思うと気恥ずかしい。


 ノックの音が聞こえた。美月はコンポのスイッチを押して音楽を止め、扉を開く。廊下に母が立っていた。


「美月に手紙が来てるわよ」

「手紙?」


母に手渡されたものは横長の封書だ。差出人の名前はなく、切手もない。黒のボールペンで乱雑に書かれた浅丘美月様の文字が目立っていた。

封筒の口はしっかりとのり付けされている。


「切手も住所もないなんて……うちのポストに直接入れたのかしら。開けない方がいい気がするわ」

「でも開けないと何が書いてあるのかわからないよ」

「何かあれば上野さんにすぐにご連絡するのよ」

「うん。わかってる」


 不安げな表情の母が廊下を引き返し、美月は部屋に戻る。

開封の前に上野に連絡を入れるべきだろうか……しかし、全くの見当違いで忙しい上野をわずらわせたくはない。上野に連絡をするのは中身を確認してからにしよう。


美月はペン立てにあるハサミを取って封筒の端を切り落とす。中には折り畳まれた紙が一枚入っていた。


 ――――――――――――――――――

 浅丘美月様


この手紙を信じるか信じないかは貴女の自由です。しかしここに記載してある内容は全て事実である事を予めご了承下さい。


浅丘様はカオスと呼ばれる犯罪組織をご存知でしょうか? カオスは様々な犯罪計画を立て、実行する組織です。


カオスには多くの部署がありますが、私がお伝えしたいのはカオスの情報部門に所属していた男のことです。男の通称はラストクロウ。

彼は政財界の裏情報を集め、情報を操り組織に利益をもたらしていました。ラストクロウの情報操作のために失脚した大物議員や死に追い込まれた人間が数多くいます。


ラストクロウは貴女のよく知る人物です。彼の正体は佐藤瞬。

三年前の静岡連続殺人の犯人であり、貴女の恋人だった男です。覚えていらっしゃるでしょう?


佐藤が殺した人間は静岡で殺されたあの三名だけではありません。彼は情報を操り多くの人間の命を奪ってきました。

人を陥れ、殺人を行う冷酷な犯罪者の顔が佐藤瞬の本性です。


私が貴女にお伝えしたかった事は以上です。

それでは、また。


              ageha

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