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6月2日(Tue)午後8時


 警視庁捜査一課のフロアで上野恭一郎はホワイトボードを睨み付けていた。ボードには柴田准教授殺人事件の詳細が書き込まれている。


『なぁ、原。殺人の容疑をかけたい人間がいるならその人間のアリバイが成立しない時を狙って犯行を行うよな?』

『普通はそうですよね。アリバイが証明されれば被疑者からは外れますから』


原の言葉に上野は頷き、ペンでホワイトボードに貼られた柴田の写真を指した。


『しかし柴田の携帯をハッキングして偽装メールを作ってまで柴田と浅丘美月の関係を匂わせ、彼女のリップクリームを現場に残したわりには柴田の死亡推定時刻の浅丘美月のアリバイは証明されている。矛盾していないか?』


 犯行日の5月28日は美月は午後3時に大学の授業を終え、午後4時から目黒駅の本屋でアルバイトを開始している。柴田の死亡推定時刻である4時には美月は書店の店舗にいたことが証明され、アリバイは成立。


『チェーンメールの件もありますし、本来の目的は浅丘美月への嫌がらせのようにも思えますね』

『だろ? ホシの真の狙いは彼女を苦しめることにある。……小山、さっきから何してるんだ?』


 上野はデスクのパソコンに向かう真紀に声をかける。真紀はカップラーメンをすすりながら食い入るようにパソコンを見ていた。


「少し気になる人物がいて。今、その人物のブログを見ているんです」

『気になる人物?』

「柴田の教え子の南明日香。美月ちゃんと同級生なんですが、美月ちゃんに対してやけに攻撃的だったのが気になって」


真紀は食べ終えたとんこつラーメンのカップをデスクに置いてマウスを動かした。上野と原が彼女のデスクの周りに集まる。


『美月ちゃんに攻撃的と言うのは?』

「私が柴田のゼミ生を集めて聴取をした時に、美月ちゃんを名指しして彼女が柴田に気に入られていたと発言したんです。美月ちゃん本人は明日香のことは同級生としか認識していない様子でしたので、明日香が一方的に美月ちゃんに敵意を抱いているみたいでしたね」

『浅丘美月は可愛いからなぁ。可愛い女は本人に身に覚えがなくても妬まれる。女の世界は怖い怖い』


男性の原が女の世界を語るのは奇妙な気もするが、彼の意見には真紀もおおむねね同意だった。


「南明日香の名前で検索をかけてみたところ、このブログを見つけました。生年月日や顔写真も一致していますから、明鏡大学の南明日香に間違いありません」


 明日香のブログのプロフィール欄に記載された生年月日を見れば今年ハタチを迎える1989年生まれだとわかる。

最新の記事は一昨日、5月31日。


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 May31,Sunday 17:21

 title:ぉかぃもの


 見てみてぇ~(*≧∀≦*)

 サルエルパンツ買っちゃった!

 似合ぅ?

 きょうのメイクゎかっこいい系だょ❤️

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 その文章と共に、カーキ色のサルエルパンツを履いて自宅の姿見の前でモデル風のポーズをとる明日香の写真が添付されていた。


『化粧の濃い女だな』

『今の子は芸能人じゃなくてもこんなものをやっているのか?』


明日香の写真を見て原は顔をしかめ、上野は首を傾げている。真紀は苦笑して上野の疑問に答えた。


「芸能人じゃなくても一般の子もブログをやっている子は多いですよ。こうやって不特定多数の誰かに自分の存在をアピールすることで欲求を満たしているんです」

『はぁ……俺にはよくわからん。そんなに自分の生活を見せびらかしたいものか?』

「私も理解には苦しみますが、これが今の時代という事なのでしょうね。誰でもいいから自分のことを見ていて欲しいんですよ」


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 May26,Tuesday 22:13

 title:いめちぇん


 エクステつけてひさしぶりのロング❤️

 ボブぁすかとロングぁすか

 みんなはどっちが好き?

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 また上野が眉を寄せた。


『おい、って何だ?』

『人工毛、付け毛のことですよ』


上野の質問には原が答えた。


『なんでお前がそんなこと知ってるんだ?』

『この前まで付き合いのあった女が美容師だったので、まぁ』

「明日香はそれまでボブ、肩までのおかっぱの髪型だったんです。4月の写真を見ると今の私と同じくらいの長さでした。この日にエクステをつけてロングヘアにしたんです。私が聴取をした時には明日香はロングヘアでした」


真紀が自分のボブの髪を例に出して上野に分かりやすく説明する。


「文字通りのイメチェンだったかもしれませんが、ブログ記事を追っていくといくつか引っかかる記事があって……」


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 April30,Thursday 22:45

 title:ひまだよぉお(。≧Д≦。)


 ひまだから写真ぁげるね

 ねぇねぇ、ぁすか可愛ぃ?

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 文章の下には下着姿の明日香の写真が三枚貼られている。どの写真も胸が見えるように計算されて撮られていた。

原が口笛を吹く。


『これはかなり寄せて谷間作ってるな。大きさはそんなにないぞ。Bカップか?』

「原さん視線がいやらしいです。注目するのは胸ではなくて、ここです」


写真を拡大表示にして彼女は画面を指差した。


「この後ろに写っている棚、それにこのカーテンの色や柄も、柴田の部屋と類似しています」

『ちょっと待て。原、柴田の部屋の写真持ってきてくれ』


上野の指示で原が柴田の自宅を調べた際に撮った部屋の写真をデスクに並べた。三人は柴田の部屋と明日香の写真に写る背景を見比べる。


『同じだな』

『南明日香は柴田の部屋でこの写真を撮った、つまり明日香は柴田の女だったことが確定ですね』

『偽装メールの元になった学生以外にも関係があった学生はいるとは聞いていたが……』


 美月のアドレスに書き換えられた偽装メールの本来の送り主は戸山とやまはるかと言う明鏡大学3年生の学生だった。彼女は自分に騒動の火の粉が振りかかるのを恐れて数日前に大学を辞めている。


「柴田は美月ちゃんにストーカー行為を働いていました。明日香と柴田に関係があったのなら、明日香が美月ちゃんを敵視する理由もわかります」


 柴田の部屋からは美月を盗撮した大量の写真が発見された。美月には柴田が美月を盗撮していた件はまだ話していない。


『この女、確かに匂うな』

『ですが警部、南明日香ですよね? 柴田の教え子のアリバイは全員確認しましたが、明日香は柴田の死亡推定時刻にはDVDをレンタルしていたことが確認されています。店の方でも明日香の会員カードの記録が残っていたので裏は取れています』


原が手帳を見て言う。上野が唸った。


『アリバイは成立か。しかし引っかかることは確かだな。小山は引き続き南明日香の身辺を洗ってくれ』

「わかりました」

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