1‐3
京王電鉄井の頭線、高井戸駅の近くに柴田准教授が住むマンションがある。明日香は通い慣れた柴田の部屋のベッドで彼と甘いひとときを過ごしていた。
「先生、ゴールデンウィーク何してる?」
『仕事。大阪出張が入ってる』
「なぁんだ。どこかに連れて行ってもらおうと思ったのに」
半裸で寝そべる柴田の上に跨がって彼女は自分から柴田にキスをした。軽めのキスを数回繰り返して唇を離す。
『遊びに行きたいなら他の男に連れて行ってもらえよ。明日香なら男はいくらでもいるだろ?』
「もぅ。そんなこと言ってるとホントに浮気して先生なんてポイ捨てしちゃうからねっ?」
明日香が苦笑いする柴田の頬をつねる。柴田は笑っていた。明日香の言葉など彼は本気にはしていない。
明日香程度の付き合いの女は掃いて捨てるほどいる。明日香が柴田を捨てたところで彼は涙も流さないだろう。
(先生は何もわかってない。私にとって先生は特別なのよ)
柴田がシャワーを浴びに浴室へ向かい、部屋にひとりになった明日香は手持ちぶさたに携帯電話のアドレス帳を開いた。
(ゴールデンウィーク遊んでくれる人いないかなー)
アドレス帳に並ぶのは男の名前だけ。女の名前はひとつもない。小学校も中学校も高校も明日香に友達はいなかった。
大学に入っても女の友達は必要ないから作らない。同性の友達ができないとは思いたくなかった。そう、できないじゃない。作らないのだ。
男はみんなチヤホヤしてくれる。だから好き。女はみんなチヤホヤしてくれない。だから嫌い。
女がチヤホヤするのは浅丘美月のような女だけ。だから嫌い。
同性の友達はいらない。チヤホヤしてくれない人間はいらない。
(暇だなー。ブログ用の写真でも撮ろう)
髪を整えて化粧を直し、携帯電話のカメラに向けて“一番可愛いわたし”の顔を造る。黒のベビードールの肩紐をわざと外して、精一杯寄せた胸の谷間が少しだけ写り込む角度でカメラを連写した。
一番気に入った写真をブログの作成画面に張り付けてブログを更新する。すぐに反応が返ってきた。
ブログのコメント欄には〈可愛い、付き合いたい、会いたい〉明日香の容姿を称賛するコメントで溢れている。誰も彼もが会ったことのないネットの向こうの男ばかりだ。
明日香はこの瞬間がたまらなく快感だった。
会ったことのある男からはブログ更新の直後にメールが届いた。
〈次いつ会える?〉と聞かれたので〈また今度ね〉と返す。絶対に自分から男は誘わない。“相手が誘ってきたから仕方なく会う”これが重要だった。そこで明日香の方が男より優位に立てるからだ。
〈あすちゃんが忘れられない〉の返信には〈私もだよ〉と返したが、このメールの男の顔を明日香は思い出せなかった。
(みんなもっと私を見てもっと褒めて。私に屈して)
メールをくれた男達にはご褒美としてきわどい下着姿の自撮り写真を送っておいた。見えるか見えないかの危うさが大好物な男達は明日香の写真に興奮し、今夜はこの写真で自慰をすると報告してくれた男もいた。
(注目されるって気持ちいい)
承認欲求を満たされた明日香は上機嫌で寝室を出て、隣のリビングに入った。長風呂の柴田はまだ入浴中のようで、浴室からはシャワーの音が聞こえる。
(お風呂一緒に入っちゃおうかな)
リビングのテーブルに無造作に置かれた手帳が目に入る。柴田の手帳だ。
見るつもりはなかった。無意識に伸びた手が手帳を掴み、5月のスケジュールページをめくった明日香は困惑する。
「……どういうこと?」
ゴールデンウィークの欄は空白だった。
5月の他の日付には学会や出張、乗る予定の新幹線の時刻まで細かく書き記されているが、5月3日の日曜日から5月6日水曜日までがすべて空白だった。そこには大阪の地名も出張の予定も記載されていない。
(ゴールデンウィークは大阪に出張って嘘なの?)
さらにページをめくったそこには明日香を驚愕させる物が挟んであった。手帳を持つ彼女の手が震えている。
「何よこれ……」
柴田の手帳に挟んであった物は明日香が嫌いなあの浅丘美月が写る写真だった。
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