2‐3

 太陽が茜色に染まりだした夕刻、明日香は原宿駅前のカフェに入った。注文したドリンクを持って窓際のカウンター席に座り、携帯電話を弄る。

しばらくして明日香と同じ茶髪のロングヘアーの女が隣に座った。同じ髪色に同じ長さの髪の女が二人並ぶ光景はなかなか滑稽だ。


「エクステ似合ってるじゃない」

「そうですか? ここまで長いの久しぶりだから落ち着かなくて」


 明日香はエクステの人工的な質感の毛先を指に絡めた。このエクステをつけたのは3日前の5月26日。


「大好きな先生がいなくなった感想は?」

「思ってたよりは悲しくなくて、むしろスッキリしています。先生は裏切り者だから、私を裏切った先生はもういらない」


隣の女は笑っていた。女は今流行りのカーキ色のサルエルパンツを履いている。どこのブランドの物だろうと明日香は気になった。


「切り替え早いわねぇ。じゃあ浅丘美月のことはもういいの?」

「それはまだ。まだ足りない。先生のことはどうでもいいけど、浅丘美月は……あの子は苦しめてやらないと気が済まない」

「怖い子ね。……カード返しておくわね」


 女はテーブルの上をスライドさせるようにカードを明日香の前に置いた。明日香がよく利用するレンタルDVD店の会員カードだ。

明日香は無言でカードを受け取り、財布に戻す。


 サングラスの女が席を立った。女が注文した飲み物は一口も減らず、グラスの中で炭酸の泡が踊っている。


「ここから先は私に任せなさい。あとこれ、コーラだけど私は飲んでいないから。飲めたら飲んでいいわよ」

「アゲハさん。あなたは浅丘美月にどんな恨みが?」


 と呼ばれた女の口元が斜めに上がった。サングラス越しの彼女の目は笑っていない。


「私もあなたと同じなのよ」


それだけ言ってアゲハは店を去った。

明日香はアゲハの注文したコーラを飲みながら彼女が残した言葉の意味を考えていた。


        *


 ――このメールを読んだ人は必ず明鏡大学の学生十人にメールを回してください――


 明鏡大学の女子学生数名にそのメールが一斉送信されたのは5月29日の午後8時だった。


〈あのチェンメ(※)見た?〉

〈見た見た。浅丘美月って子と柴田のホテル写真!〉


〈総合文化学部の浅丘美月って殺された柴田と付き合ってたんだって〉

〈メールに写真載ってたね〉

〈でもあの写真も誰が撮ったんだろ(笑)〉

〈柴田ってさぁ、生徒と遊んでる噂あったよね。あの写真は捨てられた女の腹いせ?〉


〈浅丘美月ってシェリに彼氏と一緒にスナップ載ってた子だよね〉

〈元読者モデルの彼氏でしょ? 4年連続ミスター啓徳とか、絶対顔で選んでるよね〉

〈雑誌載ったり彼氏イケメンって生意気〉


〈あの子、絶対自分のこと可愛いって思って調子のってそう。ビッチなくせに〉

〈思ってそう~。いい気味〉


〈こんなメール出回ったら浅丘美月もう学校来れないよね〉

〈私だったら怖くて学校行けなーい。かわいそう~(笑)〉


 ※チェーンメール……受信者に対して他者への転送を促すメール。日本では迷惑メール防止法、信用毀損害、威力業務妨害罪に触れる場合がある。


 29日の夜に明鏡大生の間でこのチェーンメールが拡散した。誰の仕業か不明だがネット掲示板にこのメールの内容が貼り付けられ、明鏡大の学生以外にも情報は広まった。


メールには柴田と美月が交際している、柴田に現金を貰って美月が売春行為をしていると言った内容と共に柴田と美月が腕を組んでホテルを出てくる写真が添付されていた。


 青や紫の花を咲かせるロベリア。

別名、瑠璃蝶々。ロベリアの根に毒があることから花言葉は悪意、そして敵意。

向けられた悪意は拡散を繰り返し、悪意はどんどん膨らんでいく……

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