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5月4日(Mon)
晴天に恵まれたゴールデンウィーク。
美月は恋人の木村隼人や友人達と共に東京都あきる野市のキャンプ場を訪れた。
キャンプのメンバーは美月と隼人、葉山沙羅、そして人気ロックバンドUN‐SWAYEDのメンバー四人。
デビュー2年目のUN‐SWAYEDはファーストアルバムがミリオンセラーを記録。
人気女優の
バンドのリーダーである高園悠真と緒方晴は隼人の高校時代の友人。
(※スピンオフ【mirage】参照)
UN‐SWAYEDのプロデュースを手掛ける音楽プロデューサー、
(※【Quintet】参照)
縁あってUN-SWAYEDのメンバーや沙羅と交流を持った美月は、大切な友達と恋人に囲まれてゴールデンウィークの余暇を過ごしていた。
昼間にバーベキューや川遊びを楽しんだ美月達は夕陽が差す頃、夕食の支度に取り掛かった。メニューはキャンプの定番のカレーだ。カレー鍋の番をする美月と沙羅はブルーシートの上に並んで座って缶ジュースを開けた。
「そうだ。美月ちゃんに聞きたかったことがあるの」
「なに?」
「隼人くんって美月ちゃんと付き合うまではたくさん彼女がいて、女の子と遊んでた人だったんだよね? 隼人くんは良い人だと思うけど、なんで付き合おうと思ったの?」
美月と沙羅が知り合ったのは2週間前。同い年の二人はすぐに打ち解けても、まだまだ互いに知らないことが多い。
隼人が大学時代に遊び人だった過去は美月から聞いてはいるが、美月と隼人が交際に至った経緯を沙羅は知らない。
美月は沙羅に微笑して視線を落とした。
「私ね、高校生の時に恋愛ですごく辛いことがあったの。大げさかもしれないけど、人生で一番悲しくて苦しくて、笑えなくなった。その時に側にいて励ましてくれたのが隼人だったんだ。隼人がいたから私は笑えるようになって……私は隼人に救われたの」
具体的な出来事はひとつも語らない美月だったが、彼女の憂いを含む横顔がすべてを物語っている。
これまでの人生で一番悲しくて苦しかった3年前のあの夏。もうあんな想いはしたくない。
「そっか……。聞いちゃいけないことだったかな。ごめんね」
「ううん。不思議だよね。隼人ってどんなに頑張っても隠し切れないチャラさがあるしねぇ」
ジュースを飲む二人は笑い転げた。
「ふふっ。でも美月ちゃん幸せそう」
「うん。幸せ。これからもずっと隼人と一緒にいられたらいいなって思ってる」
飯盒係の男達の呼ぶ声が聞こえて、美月と沙羅のナイショ話はお開きになった。
辺りが薄暗くなり、いよいよ雰囲気もキャンプらしくなってきた。カレーのいい匂いと飯盒で炊いたほかほかのご飯。七人分の“いただきます”が響き渡る。
『やっぱり女の子が二人いると華やかだよなぁ』
山盛りのカレーを頬張る緒方晴が美月と沙羅を交互に見て言うと、それに結城星夜が反応した。
『ああ、まじ最高! 可愛い子犬の沙羅と可愛い子猫の美月ちゃん、二人とも俺に飼われてみない?』
『おい星夜。美月の飼い主は俺だ』
星夜に反論するのは隼人。このメンバーでは、晴、星夜、隼人は口数が多く、三人が揃うといつも賑やかだ。
『沙羅はともかく、美月ちゃんはこの際、飼い主変更してみるのもありだろ。美月ちゃんもいい加減、エロ帝王に嫌気が差してるだろうから』
『だよなー。隼人はキャンプに来ても美月ちゃんにベッタリで暑苦しい』
『うるせー、腹黒王子にムッツリスケベ。そう言う時だけ兄弟仲良くなるな。悠真は平安時代に旅立ってろ』
高園悠真と高園海斗、高園兄弟の呟きに隼人が毒気づく。沙羅が首を傾げて美月に耳打ちした。
「なんで平安時代?」
「悠真くんの高校時代のアダ名が光源氏だったらしいよ」
「あー……それで平安時代……」
「ちなみに隼人の高校時代のあだ名が帝王で女タラシだったから、“エロ帝王”になったの」
「隼人くんのアダ名も似合うかも!」
仲間と笑い合う美月の様子をカメラのレンズ越しに捉えている男がいた。明鏡大学の准教授、柴田雅史だ。
キャンプ場に隣接する駐車場に戻った柴田はカメラのデータを眺めてほくそ笑んだ。
カメラのデータフォルダにはバーベキューや川遊びをする美月、夕食を作る美月、今日ここに来てからの美月を隠し撮りした写真で埋まっている。
大学に居る時には撮れない美月の写真がたくさん撮れた。川遊びで濡れた美月の白い脚が綺麗に写っている。
気に入らないのは美月の彼氏と思われるあの男だ。あの男は当然のように美月に触れている。柴田が触りたくても触れない美月に触れている。
それに加えて他の4人の男達。美月とどんな関係か知らないが、彼らも気軽に美月と話していた。気に入らない。
美月が明鏡大学に入学した時から目を付けていた。柴田が担当する講義の学生名簿に美月の名前を発見した時はこれが運命の出会いだと思った。あの子こそ、運命の相手だ。
いつか、絶対に手に入れる。服従する美月を見てみたい。美月を手に入れるその時が楽しみだ。
携帯にメールが届いた。教え子の明日香だ。柴田は明日香には何の魅力も感じられなかった。言い寄って来たから相手をしてやっているだけ。
可憐な美月に比べて、派手な下着を身に付ける明日香は汚らわしく見えて好みではない。
明日香にはゴールデンウィークは学会で大阪に行っていると嘘をついた。連休は四六時中、美月に張り付ける絶好の機会。誰にも邪魔されてなるものか。
明日香への返信を後回しにして柴田は車のエンジンをかける。
本音はここに泊まりたいが、男ひとりでキャンプ場の施設を借りれば不審がられる。しかし都内に帰ればどこかで明日香と鉢合わせしてしまうかもしれない。それだけは避けたい。
明日香の束縛の強さには柴田もほとほと疲れていた。
迷った挙げ句、柴田は車のナビであきる野市内のビジネスホテルの検索を始めた。
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