第2章

第16話 思わぬ人物 

 気がつけば、もう9月だ。


 あの旅行から俺とみのりの進展は何もなく、いつもの生活を送っている。

 というか、俺が何もしなかったと言えばいいだろう。

 この症状に名前をつけるなら、秒速五センチメートル症候群と名付けようか。

 実に、今の自分にとても似合っていると思う。

 勇気を出したあの告白も空振りに終わり、あれ以降勇気が出ない。助けてアン○ンマン。

 愛と勇気を僕にください。


 そして今日、俺は勇気を貰い、一歩を踏み出す事を決意し、ある1人の少女を呼び出している。

 いつもの場所、いつもの中庭、いつものベンチ。

 あの日見た、薄桃色の花は散り、緑へと移り変わり、そんな青々としていた色も変わってきている。


 夏休みもあっという間で、その間に何も無かったのかと言われれば、俺は即答で『ない』 と答えるだろう。

 そもそも、名古屋にいなかった。

 俺は薫さんの旅館にバイトをしに、大阪まで行っていたからだ。

 GWのお礼と迷惑をかけたので恩返しという形でしこたま働かせて頂いた。

 なのにお給料までもらっちゃって、俺の財布はとても潤っている。

 薫さんマジ感謝。二度と叔母さんとは呼びません。お姉様。




 これから彼女の涙を見る事になるだろう。

 そう思うとなんだか気が引ける。でも、進まなくちゃ何も変わらない。そのための一歩だ。


「おまたせ! ジュースいる?」

「あぁ、一緒に買いに行くよ」


 ベンチから立ち上がり、自販機へと歩く。


「私、ミルクティー」

「え、なに自己紹介?」

「ミルクティー」


 買えって事ね。はいはい、買いますよ。

 なんで俺が買わされているのかわからないが、黙って百三十円を入れる。


「ありがと」

「どーいたしまして」


 自分の分のジュースを買い、ベンチに座った。


「なんかこうして二人で話すのも久し振りだね」

「だな。旅行以来か?」

「そうだね。二人きりで話すのは無かったかも。それで、話って何かな?」

「あーうん。単刀直入に言う」


 一呼吸置き、瞑目する。


 俺は今から五十嵐を振る。

 彼女がしたように俺も同じ事をする。——否、同じではない。状況が違いすぎる。

 だが、これは一つのケジメだ。


「俺はみのりが好きだ。だから、桜とは付き合えない」

「知ってる」

「……えっ?」

「負け戦だってわかってた。最近のアヤトくんを見てたら余計ね……でも結構堪えるね」


 五十嵐の瞳からは溜まっていた涙が零れる。

 我慢して、泣かない様にしていたんだろうけど、頬に涙が伝っている。



「ごめん」

「大丈夫。アヤトくんは悪くないから」


 涙を制服の袖で拭き、ニカッと誤魔化すように彼女は笑った。


「一つ、いいか?」

「何?」

「最近の俺見てたらわかるってどういうこと?」

「最近みのりちゃんの所に来る男の子いるでしょ? その時のアヤトくんの目、雰囲気、見てるとイライラしてるのわかるよ」

「あー。そんなつもりは無かったんだけどな」


 ここ最近みのりの所に羽虫が付いて回っている。金魚のフンともいう。事あるごとに邪魔され、一緒に帰ることも少なくなってきているのだ。

 正直マジでうざい。

 授業が終わるたび、教室に来てはみのりと話している。

 もしかしてこいつら付き合っているのか? と思う事もあったが、そうでもないらしい。

 肇情報屋が言っていた。

 彼はみのりに好意があるのは目に見えてわかる。

 完全なる嫉妬。俺の恋路を邪魔しやがって! そう思うなら告白しろよという所に至る訳だ。思春期万歳。


 という感じが顔に出てしまっているらしい。


「私はチャンスだとも思ったんだけど、無理だったね。アヤトくんあの子に対してすごく敵対心剥き出しだし、私がここでアヤトくんに言い寄ってもダメな事くらいすぐわかったよ。分かりやすすぎて……」


 五十嵐は、つい先ほどまで泣いていたのが嘘かの様に、ケラケラと笑いはじめた。

 そんなに顔に出てますかね?


「ここで私から一つ言わせてもらいます」

「ど、どうぞ」

「早くしないとみのりちゃんとられちゃうよ」

「ですよねぇ……」

「もし、とられても私の隣は空けておきますので、いつでもウェルカムです」

「じゃあその胸に飛び込ませていただこうか」

「私の懐は深いのよ。カモン」


 互いに軽口を叩きながら、せせら笑う。

 存外に、悲しんでいる様子は見受けられず、少しだけ俺は安心した。


「さて、話も終わった事だし、帰るか」

「ちょっと待って、どうせだしどっか行こうよ」

「何がどうせなのかはわからないんだけど、いいぞ」

「ドムジャでも行かない? 買い物付き合ってよ」

「だいぶ近場だったな。でも俺も服とか買いたいわ」

「じゃあしゅっぱーつ!」


 意気揚々に俺らはドムジャへと向かった。




*****



 俺たちはドムジャに着き、服屋を見て回っている。

 こういう時、話しかけてくる店員が俺は苦手だ。

 基本買い物は一人でするタイプであり、話しかけないでくださいオーラと共にイヤホンをセットして完全に遮断。これに限る。

 人と買い物に来るのは久しぶりだった。




「アヤトくんっていつもモノトーン系の服しか着ないよね」

「そうだな。基本的には黒のスキニーに白のTシャツとかだな夏は。秋冬はTシャツがパーカーになるくらいで、寒いとボンバージャケットとか着るだけだね」

「うんうん。イメージ通り! 色物は着ないの?」

「派手なのが好きじゃないんだよね。よく言われる。あんたは白か黒かグレーしか着ないってね」

「あとキャップ被ってそう! それも黒!」

「正解! 被ってます!」


 服はこの三色に限る。これさえ着て、時計つけてればそれなりには見えると思うんだけど、どうなんだろうか。

 俺的にパンツが破れまくってるやつ履いてる人とか最近多いけどあれはどうなんですかね。

 冬でもあれ履いてるじゃん? 寒くないの? ってのが率直な感想です。


「五十嵐は普段どんな格好してるんだ?」

「うーん。説明しづらいなぁ」

「グロスタ行った時は結構ラフな格好してたよな」

「まあね、あれは動きやすさ重視だし、普段も着るけど、いつもあの感じとは違うよ。スカートだって履くし、ワイドパンツとかガウチョパンツもあるよ」


 ガウチョ? 何ガウチョって。ガチョウみたいなパンツのこと? あらやだ、一周回ってセンスいいかしら。それだとガチョウパンツだよね。違いますね。すいません。

 ガウチョとかガチョウとかガチョウとかガチョウとかガウチョだともう何言ってるのか分かんなくなるよね。


 さて何回ガチョウって言ったでしょうか? 

 ……あれ、俺もわかんなくなったぞ。



「スカートねぇ。ロングスカート好きだなぁ」

「へぇ、今度休みの日出掛けてみる? ロングスカートで来てあげるよ」

「それはもはや、デートでは?」

「いいじゃん! 別にデートでも!」

「みのりの事が好きなのに他の可愛い女の子と出掛けてたらちょっと印象悪くないか?」

「可愛いなんて照れます」

「返答欲しいのそこじゃないんだけど」

「——あ! ちょっとこれ着てきて! 試着お願いしまーす!」

「急になんだよ」

「いいからいいから!」


 服とパンツを押し付けられ、俺は試着室に入った。


「てか何これ? めちゃくちゃダサくない? 全然似合ってないというか上下合ってないじゃん」


 俺はぶつぶつと文句を言いながらも、それを着てみた。

 ……やっぱりダセェよ。


「なぁ、桜ー。これダサく——」

「……彩人?」

「みのり!? なんでこんなとこに!?」

「どうもどうも。そちらもデートですか?」


 五十嵐はあちゃーと手を頭に起き、気まずそうにしている。

 というかさ、お前誰だよ。金魚のフンじゃねーか。


「金魚のフンじゃん」

「え? 今なんて言った?」

「あーいや、何でもない。気にすんな」

「彩人、今桜ちゃんの事呼び捨てで下の名前で呼んでたよね?」

「あーこれは事情があってですね……。というかみのりも放課後デートか?」

「チチチチガウヨ!」

「動揺しすぎだろ」

「ただ誘われたから一緒に来ただけだよ! 何でもないよ!」

「それ、少し傷つくんですけど」


 そう言って口を挟んできたのは金魚のフンさんだ。


「君さ、名前何?」

「そういう時は自分から名乗るべきじゃないのかな? 七里彩人くん」

「うわ、こんな事言う奴本当にいるんだな。名前知ってるんならいいじゃねーか」

「俺は一ノ瀬 いちのせ ゆう。みのりちゃんの事が好きな一人さ」

「何それ。つまんな」

「彩人、無視していいよ。優くんいつもこんな感じで言ってくるから」

「みのりちゃん雑だなぁ。俺は本気なのに」


 変な奴だ。みのりの事好きってのは見てたら分かるけど、本人にも伝えてるとかヤバイ。ここで言っちゃうのもヤバイ。とにかくヤバイ。

 しかも、適当にあしらわれてて見てて辛い。


「ま、まあ優くん? 頑張ってください」

「君みたいなのには言われたくないね」

「あ?」

「気持ちも伝えずに、焦らしてる情けない奴には同情されたくないから」

「はいはい。勝手に言っとけ。桜、着替えて来るからさっさと邪魔者は消えてあげようぜ」

「アヤトくん。いいの?」

「いい」


 俺はイライラしながら制服へと着替える。

 今思えばこんなダサい格好して話してた事がむしろ恥ずかしい。

 俺の事、少しはみのりから聞いているみたいだが、いちいち苛つくような発言は気に入らない。

 こいつとは、友達になれそうにもないな。


「じゃあな。みのり、また明日」

「あ、うん……」

「じゃあね七里彩人くん」

「じゃーな。羽虫くん」

「なっ!」


 試着した服を戻して、店を出た。


「アヤトくん本当に良かったの?」

「あそこに俺らがいたら店員も迷惑だろ。それにいい気分にはなれないだろうし」

「みのりちゃん、少し誤解してそうだけど」

「いいよ。今度話すから」

「私からも言っておくよ。誤解しないように」

「そうしてくれるとありがたい」

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