第15話 告白


「みんな起きてー! 朝ですよー!」


 カンカンッとおたまでフライパンを叩きながらけたたましい音を鳴らし起こしてくる。


 肇はどこからそんなものを持ってきたのだろうか。

 もしかしてこの旅館のやつ? それやばくない? 薫さん知ってるの?


「うるせえ」


 頭にガンガン響いて、頭が痛い。

 というかなんか音関係なく頭痛がする。寒いし。


 ――やべぇ。俺風邪ひいたかも。


「それどこから持ってきたんだよ」

「えーくんおはよ! 薫さんに借りた!」

「なんで貸すんだよあの人は……」


 俺は立ち上がったのはいいが、ふらついてすぐ倒れてしまった。

 自分が想像している以上に体調が悪いことに気付かされる。


「ちょっと!? 大丈夫!?」

「彩人くん!?」

「大丈夫。足が痺れてただけだ。それ貸して、薫さんに用事あるからついでに返してくるから」


 ふらつく身体を倒れないようにしながら壁を伝って外へ出て行く。

 他のみんなに悟られないよう薫さんの所へ急ごう。

 幸い間仕切りが締めてあったお陰で、今の現状を見られたのは肇と蓮だけだ。

 とりあえず薫さんのいる受付に向かった。



「薫さんおはよう。あ、これフライパンとおたまです」

「あーはいはい。おはよう。どしたのそんな青ざめた顔して、体調悪いの?」

「正解です。体温計貸してください」

「こんな日に……持ってくるからちょっと待ってて。そこにある椅子に座ってて」

「はい」


 多分だが、結構な熱だと思う。

 座ってるだけでもしんどい。皆んなには悪いが、俺を置いて行ってもらわないとな。

 遠足が楽しみすぎて、前日に熱出しちゃう小学生みたいだ。


 バカは風邪ひかないんじゃなかったのかよ。まあ自分で言ったんだけどね。

 あれ!? ということは俺はバカじゃないんだ! よし。それだけで元気がでるぞぉー! って出るわけないでしょーが馬鹿野郎。


 とにかく今は寝たい。だるい。


「お待たせ。はい体温計」

「あざす」

「また急だねぇ。昨日から体調悪かった感じ?」

「いや、全然です。でも昨日グロスタでおもっきし水被ったからそのせいかも。夜は寒かったし、上は着替えたけど下は濡れたまんまでしたからね」

「じゃあ原因はそれだね。他の皆んなには私から伝えておくから。熱測り終わっても、とりあえずそこにいて」

「はーい」


 まじ迷惑かけちまうなぁ。

 どうやって恩返ししようか……無料で泊まらせてもらって、ご飯まで用意してもらったのに、このざまだ。

 何処かの部屋で多分寝かせてもらえるんだろう。

 本当にごめんなさい。

 このご恩はいずれ返させていただきます。


 薫さんはそれからすぐ戻って来たのだが、何故だか1人とぼとぼ付いて来てる。


「はい。みのりちゃんもそこ座る」

「え、何。どしたの」

「いや、ちょっとね……」

「彩人、体温計みのりちゃんに渡して」

「みのりも風邪?」

「お恥ずかしながら……はい」


 何が恥ずかしいんだよ。ただの風邪だろ。


「んで、彩人は熱いくつあったの」

「まあ38度5分って感じですね」

「めちゃくちゃ高いじゃん! さっさと寝ないとね」

「彩人大丈夫?」

「いや、お前は自分の心配しろよ」


 なんでこんな時まで人の心配してんだよ。俺はお前の方が心配だぞ。


 むすっとしながらみのりは熱を測っているのだが、2人でお留守番ですかね。これは。

 遊びに行きたい! せっかくの旅行なのに。


「あ、37度2分でした。大丈夫ですね。では私戻ります」

「ちょっと待ちなさい。体温計見してごらん」


 薫さんは何かを察したのかみのりを引き止め、体温計を寄越せと手を出し「早よ出せい」と促している。

 しかし、みのりはそれを拒む。


「嫌です。本当に大丈夫ですから」

「みのりちゃん? 私はあなたでも怒るよ? お姉さんの言う事聞けないの?」


 圧がぱないっす。目が恐い。人を殺る時の目をしてるわ。マジパネェ。こえぇ。

 みのりはガクガクと震え、助けてと言わんばかりに俺の袖を掴み揺らしてくる。

 やめてっ! 頭フラフラするからやめてっ!


「寄越せ!」


 もう悪者にしか見えんわ。側から見たら嫌な奴だぞ。ジャイアンかよ。


「いやーやめてー」


 みのりの抗議も虚しく、体温計は奪われた。

 現実は上手くいかないもの。そう、人生も。

 あ、今俺いい事思ったよね? あれ? 違いました?


「はい。お留守番決定です」

「やだやだやだー」

「遊びに行きたいのはわかるけど無理して遊びに行かせるわけにはいかないの。私は彩人のお母さんから言われてるの。私はあなた達の保護者の代わりなんだから」

「私は大丈夫です! 隊長! なんつって」


 ビシッと敬礼をするみのりはまじでバカだった。

 体調と隊長を掛けたわけですね。

 くだらねぇ。


「ねぇ、彩人? みのりちゃんってこんなバカな子だった?」

「熱で頭おかしくなったんじゃないですか? 流石に俺も擁護できないですわ。ネジ外れてますよ多分」

「ちょっと彩人! どっちの味方!?」

「俺は体調悪いんだよ。少し静かにしてくれ。俺は安全牌の方の味方。よって薫さんの味方。君の敵」 

「この! 裏切りおにぎり!」

「裏切りおにぎりとか今日日きょうび聞かないな……」


 てか俺はおにぎりみたいな頭してねぇよ。

 ちゃんと髪の毛生えてるぜ? 


「まあまあみのりちゃん、ちょっとこっちおいで」

「はぁ、なんですか?」


 薫さんとみのりはコソコソと何かを話しているようだが、俺のいる場所からはなにも聞こえない。


「え! 本当ですか! わかりました! おとなしく寝ます!」


 あっらまぁ嫌だわ。すぐ手の平返しよ。聞きました? 奥さん! 彼女、手の平で転がされてますわよ?


 脳内井戸端会議をして、奥さんと会話。

 俺って気持ち悪いな。頭の中で会話とか何なの。変態ですか? いや、これは変人ですね。


「38度熱があるあなた達は部屋で寝てもらいます。空きがある部屋で寝てもらうから布団は準備させとく。移動はしてもらわないと行けないけどそれくらいは頑張るように」

「はーい」


 さっきまで拗ねていたみのりは薫さんの一言で一変していた。


 旅行中に風邪引くなんて思わんかったなあ。




*****




「えーくん、みのりちゃん僕たちは楽しんできまぁーす!」

「嫌味かよ。性格悪いな。まあ気をつけて楽しんできてくれ」

「ゆっくり休んでね。みのりちゃんもアヤトくんも」

「いってらっしゃいー!」


 旅館の玄関口で彼らを見送る。

 意外とすんなり皆んな行ってくれて何より。

 さあ、ゆっくりと寝ますかね。


「薫さん、俺はどこで寝ればいいですか?」

「とりあえず2人ともついて来なさい」


 言われた通りにとぼとぼと後ろを歩いて行く。

 そして案内された部屋を見て驚愕する。


「ここしかないから2人で仲良く寝るんだぞ。あ、やましい事はしちゃダメだぞっ!」


 きゃぴるんって感じでいわれても困る。

 可愛くないから。おばさんなんだから無理しないほうがいいよ。


「なんで布団1つしかねーんだよ!」

「しょうがないじゃん! 1回使ったらクリーニングしてって、こっちの事情があって今はこれしかないんだよ! 文句があるなら床で寝て風邪悪化しろ!」

「ひでぇな。まじで」

「ま、まあ彩人、仕方ないよ」


 もじもじすんじゃねぇ。しかも少し嬉しそうじゃねーか。

 この際、もうどうでもいい。寝る。


「んじゃ俺もう寝る。おやすみ」

「ちょっと待ってよぉ」

「じゃあ2人ともゆっくりやすみなさい。あ、これ冷えピタね。薬は後で持ってくるから」


 俺はそそくさと布団に入り背を向ける。

 みのりも「お邪魔します」と言いながら入ってきた。

 互いに背を向け、1つの布団で寝る。

 意識するとかそういうのは俺はあまりなく、ただ体調が悪いので早く寝たいというのが正解だろうか。


 小さい頃、俺とみのりはよくお泊まりをしていた。

 寝る時も別々の布団ではなく、一緒に寝ていたものだ。

 だが、この歳になってみるとどうだろう。やはり、昔のようにはいかないだろう。

 少しくらい緊張はするし、幼い頃のように変な知識もなく、何も考えていない鼻水垂らしたようなガキにはもう戻れない。

 幼き頃の自分は大胆だと、今になって気付かされる。

 大人になっていくほど、俺たちは離れていっている。仕方がないといえば仕方がないのだろうか。


 でも少しだけ幼き頃に戻りたいと思った。


「彩人、なんか、緊張するね」

「おーそーだな」

「なんかそうでもなさそう」

「早く寝ろ。熱下がらんぞ」

「ちょっとこっち向いてよ」

「やだよ」

「いいから! はやく!」


 着ていた浴衣を無理やり引っ張られ、振り向かされる。


「っな! 近いわ! 離れろ!」

「恥ずかしい? でも昔はこうやってよく寝てたじゃん」

「今と昔は違うんだよ。色々」

「そうだけど……私はこうやって久し振りに一緒に寝れるの嬉しいよ。風邪で寝るとは思わなかったけど」

「そうか」


 彼女は頬を朱色に染めていたが、それは熱のせいだろうと思った。

 顔が近い。息遣いまで聞こえる距離に俺たちはいる。


「やっぱ近い。離れる」

「ダメ! 嫌! このままでいて」

「そんな事言われても困る。そのなんだ……ちょっと熱が上がりそうで」

「大丈夫。上がらないから」


 なんで言い切っちゃうのこの子は。本人が上がりそうっていってんだから上がるんだよ。違う意味でな。


「ねぇ彩人、桜ちゃんの事好き?」

「なんだよ急に」

「いいから」

「自分でもよくわからん」

「そっか。でも……前と言ってる事変わっちゃった」

「そうだったか?」


 俺はとぼけて見せて言ったが、確かに変わっていた。

 「もう好きじゃない、今の関係が気に入ってるんだ」とか言ってた。

 みのりの気持ちを知りながら、俺は最低な事を言ってしまった気がした。


「私は彩人のことが好き……だよ。前も言ったけどこの気持ちは変わらないし、隣にいるのは私って今でも思ってる。でも……昨日の彩人をみたら……あの言葉も信じられなくなって……」


 みのりの瞳からはぽろぽろと涙が出ていた。

 その溢れた涙が枕を濡らす。


 やってしまった。彼女を泣かせてしまった。

 無意識の内に言葉が口走ってしまった。

 あの言葉とは、前向きに進んでるって話のことだろう。悪い意味ではなく本当にいい意味だったのだけど、今の発言は確実に余計な一言だった。


「みのり……ごめん」

「謝らないでよ。振られたみたいじゃん」

「だって泣かしたから……ごめん」

「彩人の場所に私が入り込める隙はないの? 好きだった人に告白されたらそっちにいっちゃうものなの? 私こんな嫉妬してる自分も嫌なんだよ。重いって思われるかもしれないけど、……それでも好きな気持ちが止まらないの!」


 こんなにも率直に自分の事を好きと言ってくれる子がこの世にいるだろうか。

 それなのに俺はみのりに曖昧な返事をして、答えを長引かせ逃げてきた。

 まだいいだろう、まだいいだろうと逃げているのだ。



 ――自分はどうしたいのか。

 本当は肇に言われた時から気付いている。

 気付いていないふりを自分で演じ、虚像の自分で対話していた。

そして五十嵐の告白、純粋に嬉しかった。でも何かが違った。

肇が五十嵐ではなく、みのりにフォーカスを当てていたのも何故だか今になってわかる。

 何かに怯えて、俺は逃げていただけで、本当はもう分かっている。自分の気持ちに。素直になれないこの思春期というものが不愉快極まりない。

 ここでこの疎ましいものに終止符を打とう。



「みのり、こっちおいで」

「なんで……?」

「いいから」


 俺はみのりを腕枕する形でそっと抱きしめた。

 声を上げながら彼女は泣いている。


「こんな俺を好きになってくれてありがとう」

「うん……本当に大好きなの」


 腰に手を回しみのりも抱きついてきた。

 彼女の華奢な身体は力を入れるとすぐ壊れてしまいそうで少しだけ怖い。

 だけどすごく落ち着く。彼女といる時の安心感は自分の中に大きく残った。

気持ちが込み上げてくる。逃げずに伝えるんだと。



「俺もみのり事が好き」

「……」


 あれ? 返事がない。


 耳をすますとみのりが寝息を立てているのがわかった。

 寝てんのかよ……可愛い寝顔しやがって。

 泣きながら寝るとか幼稚園児か。でもまあそれも可愛いんだけどね。


 仕方ない。俺ももう寝るか。


 そして、そのままみのりを抱き締めながら眠りについた。

 


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