第14話 2人きりの夜

 彼女は隣に座ったものの、何も話さず俺と一緒に夜空を見上げていた。

 缶ジュースと缶コーヒーを持っていたのだが、その1本俺にくれないかと一瞥し、星を眺めていた。


 喉が渇いたと言うか、2本持ってるって事は1本俺のだよね? 違うのかな? と思いつつも、他の奴らを起こさないように小声で彼女に話しかけた。


「……寝れないのか?」

「うん。誰かが縁側の方に行ったのに気づいて、それがアヤトくんだと思って来てみたの。そしたら正解でした」


 それ俺じゃなかったらどうするんですか……


 五十嵐はいつもは下ろしているセミロングくらいの髪を後ろで纏めて結んでおり頸が見えていた。いつもとは違う色っぽいさがそこにはあった。

 浴衣を着てその上から丹前を着ており、余計大人っぽく見えてしまう。曝け出されたうなじ。マジエロし。


「はいこれ。サイダーとコーヒー、どっちがいい?」

「サンキュ。コーヒーで」


 缶を開け、乾杯する。


 これが大人になった自分であれば、ビールかチューハイとかなんだろうなぁ。といつか夢見る光景を今、模擬体験している気がした。

 今は2人きりではないが、いつかこんな事ができるような歳になったら旅行にきてみたいものだ。


「あの……今日はありがとう」

「あぁ。気にしないでくれ。俺が勝手にやった事だし」

「それでもありがとう。あの時アヤトくんが着てくれなかったら今私はこんな風に落ち着いていられなかったし、この旅行に来なければよかったって思ってた」

「まあ落ち着いて何よりだな」


 そう言いながら、冷えたコーヒーを呷る。


「アヤトくんのおかげです」

「改まって言わなくてもいい。辛い時は誰かがいてくれるだけで違うものだしな。俺が五十嵐に振られた時だってみのりがいなかったら今こうやって一緒にいないと思うんだよ。前を向けたのはあいつのおかげだ。感謝してる」

「……そうかもしれないね」

「五十嵐も次に行けるといいな」


 俺は彼女の気持ちを知った上で、こう避けるように話してしまう。

 わざと気づいてないフリを装って、現実から目をそらしてしまっている。


 さっきのお風呂での出来事は十中八九、俺の話だった。

 聞いていないことにしているだけで、五十嵐は俺も聞いていたと思っているはず。


「私はもう前を向いてるよ。あまりにも自分勝手だと思うけどね」

「そ、そうか。それならいいんだけど」

「お風呂の話聞いてたんでしょ? 言わなくてもわかると思うんだけど」

「……はて? なんのことでしょうかね……」


 それ以上は言わないでくれ。俺はまたどうしたらいいのかわからなくなるし、変に意識してしまう。

 今言おうが、言わまいが一緒なのはわかっている。いずれその時が来ることもわかっている。

 ———だけど俺は、その言葉を聞きたくない。


 そんな俺の想いは全然届いておらず、一瞬で願いは散る。


「私、アヤトくんのこと好きになちゃったの。今こうやって話をしてるのもドキドキしてるし、ここに来るのも少し躊躇ためらったの。でもね、話したかった。この気持ちは嘘じゃないってアヤトくんに言いたかった。だからここに私は来たの」


 勇気がいることだと思う。気持ちを伝えることがどんなに大変な事か分かっているつもりだ。

 俺はいつも逃げてばかりで、五十嵐に振られる前も告白しようと思ったが、行動に移せなかった。

 俺は弱い人間だと心底思う。

そして今は逆の立場かもしれない。



「まあなんとなくは気付いてた」


 こうやって俺はまた逃げる。


「勝手なことばっかり言ってごめんね」

「謝るなよ。五十嵐は何も悪くない。だけど返事はできない。俺はまだ分からないことだらけだから。……って逃げてるだけなのかもしれないけど」

「分かってるよ。アヤトくんはそうやって言うと思ってた」

「ご理解いただきありがとうございます」

「急に堅くならないでよ」


 微笑みながら五十嵐はトンっと肘を脇腹に当てる。

 お互い顔を合わせクスッと微笑み、また俺たちは夜空を眺めた。


「私の事嫌いにならないでほしいな。……今もこれからも」

 

 これからもと言うのは、結果がどうなるにすれ仲良くしたいって事だろうな。


「ならねーよ。俺はそんな心の狭い男じゃない。むしろ広すぎて宇宙規模の広さだ」

「何それ、全然面白くないよ。でも……そういうとこ好き……だよ」

「やめてくれ。恥ずかしい」


 この1ヶ月で振られて告白されて、そして告白される。俺ってばモテ期到来ですか? もう1人くらいヒロイン出てきてもいいんだよっ! 


 しばらく沈黙が続き、五十嵐を見ると目を擦っており少しばかり眠そうだ。


「あのさ……もう一ついい……かな?」

「何?」

「私もみのりちゃんみたいに……名前で……呼んで欲しいの……」

「はい……?」

「桜って……呼んで……」


 言葉が途切れ、こくりこくりと頭が揺れている。その頭が俺の肩にあたり動かなくなった。

 名前で呼んで欲しいか……。難しいこと言ってくるなぁ。

 2人きりならまだしも。彼女はみんなでいる時もと、言っている気がした。


「なぁ、眠いなら布団で寝なよ」

「んー」


 返事はしたものの、彼女はすっかり寝てしまった。

 寝息が聞こえてくる。


 月夜が俺たちを照らし出し、照らされた五十嵐の寝顔はどこか幼く、ともに艶めかしくもあった。

 俺は動く事が出来ず、また無心に空を見上げる。


「この後どうしよう」


 何も考えてなかった。自分の独り言だけが、聞こえる。

 ただ自らに話しかけている。だが俺は誰かに話しかけるように出た独り言だった。


「はぁ、本当にどうしたもんか……」




*****




「―――トくん。―――ヤトくん」


 俺は誰かに呼ばれている気がした。意識がはっきりせず誰に呼ばれているのか分からなかった。

 この意識がはっきりしない中、分かる事があった。それは頭の下に何か柔らかいものがあることだけ。決して枕ではない。この感触は初めてだ。

 

 目を開けると俺はいつの間にか横になっており、縁側で寝てしまっていたらしい。


 段々と意識が覚醒してきて、やっと気付く。

 太もも!!


 ん? 誰の? と思いそのままの体勢で顔だけ上に向ける。


「い! 五十嵐!? す、すすまん!」

「もうちょっとだけこうしててもいいよ。私がこうさせたんだから」

「えっと……いつから?」

「どうだろう? 30分くらい前からかな?」

「そりゃすまんかった」


 俺は起き上がり、よだれが垂れていないか確認する。


 ―――大丈夫、垂れてない。


「私の方こそごめんね。急に寝ちゃったし、肩痛かったでしょ?」

「全然大丈夫。と言うか今何時だ?」

「そんなに経ってないよ。2時前くらいかな」

「それでも結構寝てたな」

「そうだね。お互い様だね」


 あんまり時間が経っていなくて一安心。


 感触が気持ちよすぎてもう一度膝枕してもらいたいくらいだが、流石に出来ない。すぐに起き上がった事を少し後悔した。


「どうする? もう一回寝ておく?」


 ポンポンっと太ももを叩きながら、少し照れくさそうにこちらを見てくる。

 

 いやいや、可愛いかよ。え? いいの?


 では遠慮なく―――っていかねぇよぉ!

 いきたいのは山々ですけど、癖になりそうなその犯罪的柔らかさはよくないです。


「だ、大丈夫です」


 俺は欲にまみれていたがそれを我慢し、押し殺す。


「そりゃ残念です。アヤトくん可愛い寝顔してたんだけどなぁ」

「見るんじゃないよ。まったく……」


 もう夜更けだ。そろそろ布団に入って寝るか。


「んじゃもう寝ますか」

「そうだね。いつか一緒に寝れる日が来るといいね」


 なんでそういうこと言うんですか。やめてください。今一緒に寝てもいいんですよ。

 あれ、言ってる事が変わってきてるわ。

 欲って怖い。


「はいはい。そうだね」

「テキトーに流された!?」


 流しますよそりゃ。流しそうめん並みにね。


「みんなを起こさないように静かにいけよ」

「うん。アヤトくんおやすみなさい」

「あぁ。おやすみ。……桜」


 俺は五十嵐に聞こえそうで聞こえない声で彼女の名前を呼んだ。

なぜ呼ぼうと思ったのかはわからないけれど、呼んだしまっていた。


「……いま、桜って」

「おやすみ」


 聞こえてたのかよ。新幹線の時もそうだったけども……ま、いいや。


 俺は静かに戻り、布団へ入った。



「えーくん。チャラ」


 肇は一言だけ話し、またいびきをかきはじめた。

  


「寝言……だよな?」



 不安に駆られつつも、俺は眠りについた。

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