第122話 魔力0の大賢者、王都との別れ
「お兄様、本当に、本当にアリエル様と結婚する気はないのですね?」
「だからラーサ、僕にはまだ結婚とか早いし」
「……早いということは、いずれ結婚する気はあるということ?」
「いや、ちが、そういう意味じゃ、て、どうしてアイラが一緒の馬車に!」
「……パパから一緒に戻って暫くマゼルの領に居ていいって許可は貰った。お祖父ちゃんも、相手が殿下でも遠慮しなくていい負けるなって」
「何が!?」
「む、むぅ、私だって、ま、負けません!」
「だから何が!?」
うぅ、色々あった王都からもいよいよ出立して帰りの馬車なんだけど、ラーサやそれにアイラまで一緒になって尋問みたいな目にあってるよ~なんでこんなことに? そしてどうしてふたりともそんなにアリエルとのことを聞いてくるのか。
大体僕だってアリエルとはこの間会ったばかりだしね。それなのに結婚とか婚約とか考えられるわけもないよ。そもそも中身はともかくこっちではまだまだ子どもなわけだし。
「まぁよく考えたら大賢者の主様だしね。そりゃ嫁も大量に貰うってもんかい」
「アネまで何言ってるの! そんなことないからね!」
「はっはっは、いやいや我が息子ながら大したものだ。流石大賢者だ! これは将来は我が家もそして大賢者の跡取りについても心配いらないな」
「何を言ってるのですか父様まで!」
そもそも何が安心なのか……いや、でも大事なことなのかな? でもなぁ、前世でも全然モテなかったし、女性とお付き合いすることもなかった僕が生まれ変わったからって上手くいくとは限らないんだよね。
何か頼りなく思えるのか色々周りから今のアイラやラーサみたいに心配はされてるみたいなんだけどね。でも、恋とか愛となるとまた話は別だもんね。
「ふぅ、ラーサもアイラも心配してくれるのは嬉しいけど、ほらよく考えてみてよ。僕がそんなに女性に好かれると思う? 王女だって周りからあんな風に言われて困ってたし、逆に迷惑をかけたかなって心配になったぐらいだもの」
「「「…………」」」
僕が皆にそう説明すると、何か急に沈黙が訪れたよ。あれ? どうしたのかな?
「……マゼル、本気で言ってる?」
「え? それは勿論だよ。それにほら、結構僕ってドジなところもあるから、女性からしたら頼りなく思えるんじゃないかなぁ?」
「うぅ、お兄様、お兄様~~!」
「やれやれだねぇ」
「むむぅ、これは大賢者ゆえの謙遜なのか?」
あれ? 何かアイラがため息を付いて、ラーサは何故か涙ぐんで、アネは呆れ顔で父様は頭を抱えちゃったよ? どうして?
「……でも、これがマゼル」
「そうですね。少し安心しました」
「確かに主様はそこもいいのかもねぇ」
「はっは、まぁまだまだ人生先は長いのだからな」
だけど結局みんな妙に納得したような様子で笑顔を見せてくれたよ。よくわからないけど、安心してくれたなら良かったよね。
ふぅ、でも本当王都でも色々あったなぁ。本当平和に見えても厄介事というのはどこにでもあるものだね。
でも、ヘンリーとアリエル、それに陛下や王妃と、いろんな人と出会えて見聞が広まった気がしたよ。特に仲良くなれたヘンリーやアリエルとは、またどこかで会えるといいなぁ~……。
◇◆◇
sideヘンリー
名残惜しくはあったけど、マゼルとお別れをすまして翌日となり、僕は城の地下にやってきていた。罪人は王国の法に則って、準備が整い次第裁判に掛けられる。
だけど、その前段階で相手を尋問したりしてことの経緯を調べる必要がある。何せ妹であり王女であるアリエルを攫い、あまつさえ殺害しようと計画していたわけだからその罪は重い。
魔狩教団の連中は勿論だけど、それに協力したメイド、僕もお世話になったことがある、メイドのメッサにも厳しい刑が待っていることは当然と言えるだろうね……。
でも、それでも僕にはどうしても解せないことがあった。だから僕は少々無理を言う形にはなったけど、彼女と面会させてもらえることになった。父様も了解の上だ。
「殿下、枷はつけてありますし我らもついておりますが、どうか油断なされぬよう……」
「うん、わかってる」
強面の騎士が心配そうにしていたけど、これでも女性の扱いには慣れているつもりだ。アリエルには、それはお兄様の勘違いです、なんて言われたりしてるけど妹はまだまだ本物の大人な女心を知らないからね。
それにしてもメッサは随分と澱んだ目をしている。勿論騎士たちから厳しい尋問を請け続けているのだろうから疲れもあるのかもしれないけどね……。
「これはこれは殿下自ら起こしとは驚きました。もしかしてあれですか? 他の騎士のように無様で哀れで自由を奪われた下等な女を慰みものにしに来ましたか?」
思わず後ろに控えている騎士に厳しい目を向けてしまった。だけど騎士たちは両手を上げてブンブンっと首を左右に振り。
「き、貴様、デタラメを言うな!」
「全くだ、よりにもよってなんて破廉恥なことを!」
「あらあら、でも私の肌を嫌らしい目で見ていたのは確かでしょう? ふふ、言ってくれればスッキリさせてあげたのに」
「こ、こいつ――」
怒りが顔に現れている騎士たちだったけど、手を上げて制した。そのうえで席に座り改めてメッサに目を向ける。
「……一体どうしたのかな? そういう風に自分を貶めるような言動は感心しないよ。少なくとも以前の君はそんなことを言うタイプではなかったはずだ。何より君は仕事熱心で後輩のメイド達からも好かれていたし尊敬もされていた」
「はは、そんなの何の意味もない」
「意味もない?」
メッサの発言を怪訝に思った。彼女の目は僕を見ること無く横に向けられ、どことなく投げやりな感じがする。
「メイドなんて所詮は小間使いでしかありません。殿下のように魔力にも恵まれた人間にはわからないでしょうが、私の家のように落ちぶれた血を宿し、魔法の力も持てなかった女にはこんな仕事にしか就くことは出来なかった。そうやって貴方のような王族に媚びへつらいような生き方しか選択肢はなかったのですよ」
「……なぜそこまで自分を卑下するのかわからないが、その口ぶり、メッサ、君も魔法使いを憎んでいるのか?」
「憎んでいる? 当たり前でしょう! 私の家は魔法が使えないというだけで没落した! 私のお父さんは、魔法が使えないというだけで罪とされ追いやられた!」
メッサの目が僕に向けられたかと思えば、悪魔の如く形相で突っかかってきた。勿論枷も嵌められて、体も椅子に縛られ近づけないが、凄まじい憎悪を感じる。
でも、彼女の認識には明らからなズレが有る。
「……メッサ、君の父の事は僕もさっき聞かせてもらった。君の父は、とある伯爵家で魔術師として雇われていた。だけど、実際には君の父は魔法が
目を剥いて、血走った瞳で僕を見てくるメッサへ更に続けた。
「君の父は、実際は魔法が使えないのに、俗に言うトリックで魔法を使えると称した。そして伯爵家に仕えたんだ。だけどそれも長くは続かず、その罪を問われることとなった」
「そうよ! 私の父さんは確かに魔法がつかえなかった! でも伯爵家でその分必死に働いた! 魔法は使えなくても大きく貢献した! それなのに魔法が使えないと知った途端手のひらを返して!」
「それは違う。少なくとも伯爵は最大限の温情は与えようとした。だけど、それでも嘘は嘘だ。その嘘のために伯爵家も信用を落としてしまっている」
「そんなの自業自得よ! 魔法が使えないからって父を差別して追いやったのだから!」
「……メッサ。君の父は差別されたわけではないよ。罪を裁かれたのは魔法が使えると嘘をついたからだ。だから詐欺師として裁かれた。それは当然のことなんだ。例え嘘の内容が魔法でなかったとしても裁かれるべき罪なのだから」
「黙れ黙れ黙れ! そのおかげで家族がどれだけ苦労したかわかるか! 後ろ指をさされて生きてきた! 母だって早くに亡くした! 私だって結局あんたらのような魔法に恵まれただけで敬われる連中に蔑まれながら生きていく他なかった!」
「何を言っている? メッサ、君は今までどこで働いていた。どこにメイドとして仕えた?」
「だから、偉そうな王族に媚びを売るような恥ずかしい生き方しか出来なかった!」
「君にとって王宮のメイドとして仕えることはそこまで恥ずかしいことだったのか?」
「な、何ですって?」
「……メッサ。王宮のメイドはそう簡単になれるものじゃない。希望すれば誰でも入れるような場所じゃないんだ。それこそこれまでの経験を問われ、その上で信頼の置ける相手からの推薦も必要となる。更に厳しい審査と試験を受け、それを乗り越えたものだけが王宮のメイドとして仕えることが出来るんだ。君は魔法が使えれば違うと思ってるようだけど、魔法が使えたとしても王宮に仕えられるものなど極稀なのだ。そういった者たちも含め、多くの人間にとって王宮のメイドとして仕えることは、羨ましいとさえ思えど、恥だなどと思わないことだろう」
「ぐ、で、でも小間使いには違いない! あんたらにこき使われ蔑まれるだけの!」
「僕は一度たりとも君達のことを蔑んだことなどないつもりだ。それどころか国にとってなくてはならない存在で、その働きぶりには常に感心し、尊敬に値すると思っている」
「そ、そんなの口だけ!」
「それに、君の今の発言は、今も一生懸命に尽くしてくれている他のメイド達に対してあまりに失礼で礼儀に欠けたものだ。今すぐにでも取り消してもらいたいね」
諭すように言う。だけど、メッサは髪を振り乱し、狂ったように叫んだ。
「……黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ! お前に何がわかる! お前なんかに何が!」
「……確かに僕にはメッサ、君のことを全て理解することは出来ないかも知れない。だからここからは僕の勝手な気持ちだ。メッサ、それでも僕もアレクトも君には感謝していた。君は王宮に仕えるメイドの中でも優秀なメイドだった。僕や妹が間違っている時には立場など関係なくしっかり叱ってくれて、それでいて他のメイドたちも含めて非常に面倒見が良かった。だからこそ悔しい」
メッサはひとしきり叫んだ後は、うつむきながらただ何かをぶつぶつと言っていた。僕の気持ちが、伝わることはないのかもしれない。だけど――
「僕は、この国は、今日君という優秀で大切なメイドを失った。それは大きな損失だ。本当に残念だよ……メッサ」
「……あ、あはは、何を今更! そんな言葉に私が騙されるものか! そう、神が言っているのよ! この世界は間違っているって! 魔狩教団が、それを教えてくれた! 私の心は、もうアノ方のもの! お前が何を言おうと、私には関係ない!」
「……だったら、何で泣いてるんだい?」
彼女は、涙を流していた。言葉では確かに僕を否定している。でも、目からは涙が溢れていた。
「え? あれ、ち、違う、これは、そう、これは神のため、そうよ、そうに決まってる! 決まってる……」
それから、メッサはもう僕の方を向くことはなかった。ただ、何かをブツブツとつぶやき続けるだけだった――
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