第110話 魔力0の大賢者、について王が動く

side王妃


「朝食時だというのに、急にお呼び立てして申し訳なかったな」

「いえいえそんな、陛下直々に呼ばれたとあっては、どのような用事をも差し置いて駆けつけさせて頂く所存です」


 夫でありこの国の王でもあるルイス・マナール・ロンダルキアは、あの魔法戦が終わった後、謁見室にこの男、リカルド・ワグナーに声を掛けました。


 ルイスはあの時、ヘンリーと大賢者マゼルとの会話について懸念を抱いたらしい。それは当然、魔法学園の入学についてです。


 魔法学園は基本的には入学する為の試験を必要としており、筆記試験と実技試験で基準点以上の成績を収めた受験者だけが入学を許されるのです。


 だけど、今回のように学園側から直接声がかかった場合は受験そのものが免除される。


 ヘンリーは生まれた時点で魔力判定値が120と高かった。そして毎年順調に魔力は上がっており、今の魔力は既に600を超えています。


 このまま順調に行けば入学する頃には1000に達するのではないかと期待されており、ヘンリーを誘うリカルドの声にも熱が篭っていました。


 ヘンリーにさえそうなのだから、当然大賢者の称号を得た彼ならば是非とも入学させて欲しいと頼んでいそうなものなのだけど――実際はそうではないらしく、大賢者マゼルの魔法を実際に見て彼を買っている夫からすれば得心のいかないところなのだと思う。


「頭をあげよ。堅苦しい挨拶は抜きにするとしよう。私がそなたを呼んだのは他でもない。大賢者マゼルについてだ」

「ほぅ……あの、大賢者ですか」


 その口ぶりに私は少し違和感を覚えました。この場は夫が話を聞くべき場なので、私は横に座って静観に徹するだけだけど、リカルドからは大賢者マゼルに対する敬意はいささかも感じられなかったのです。


「……単刀直入に聞こう。何故大賢者マゼルに声を掛けていない?」

「声、というと学園の件ですかな?」

「そなたをわざわざ呼んで聞く以上それ以外にあるまい」


 背もたれに体重を乗せつつ、鷹揚とリカルドに答えた。リカルドは失礼には当たらない程度の笑みを残しつつ、ルイスに答えました。


「そうですな。忌憚なく申し上げるならば、やはり魔力が0という事でしょうか。魔法学園とそれを取り巻く都市環境も近年様変わりいたしましたが、それでも基本的にはより優れた魔術師や魔導師を輩出するのが大きな目的となっております。その観点で言えば、あのマゼルという者は学園の慣習から逸脱した存在であります」


 色々とそれらしい言葉を並べ立てているけれど、要は魔力が無いから駄目だと、そういうことなのでしょう。


「……妙な話ではないか。確かに大賢者マゼルは魔力こそ0だが、扱う魔法は伝説級でありかつてのゼロの大賢者を彷彿させるものであろう。寧ろ魔法の発展を願うならば率先して声をかけるべきではないのか?」

「しかし、私はその魔法を目にしてはおりません」

「……ならば魔法戦を見にくれば良かったであろう。そなたも耳にはしていたのだろう?」

「いや、これは申し訳ない。勿論存じておりましたが少々朝が弱く、ですが殿下の魔法は事前に拝見させて頂いておりましたので」


 確かに前日にリカルドはヘンリーの魔法を見ています。その上で、ヘンリーの学園入りを確約してもらいました。


「……見る見ないは強制するものではないからな。見ていないものは仕方がない。だが、大賢者マゼルの魔法の凄さは既に国中に知れ渡るほど。伝説の大賢者の再来と称賛する声も大きい」

「かつての大賢者ですか……」

「そうだ。そなたも当然知っておるだろう? 伝説の大賢者も魔力が0であったが誰も目にしたことのないような魔法の数々を使いこなしたとされる」

「勿論存じておりますが、それはあくまで伝説、事実かどうかはまた別と考えております」

「……つまりそなたは伝説の大賢者すらも疑って掛かっているということか?」

「もうしわけありません。私のような立場だと理論的に物事を考えてしまうもので……どうしても魔力もないのに魔法が扱えたというのが信じられないのです。それに――大賢者が存在したのは500年も昔の事。それにこういった事実を謳った英雄譚のようなものは小さな出来事も大きく書き記してしまうものです」


 ルイスの表情に若干変化が現れました。気分は良くないことでしょう。夫は大賢者の再来とされるマゼルに大きく期待しておりますから。


「……まさか、そなたがそこまで大賢者を毛嫌いしていたとはな」

「そこは勘違いなされて欲しくないのですが、私は魔法学園の理事長としてただ伝説だけを元に容易に信用したくないというだけなのです。勿論伝説になるような存在ですから個人的にはそれだけでも尊敬に値するとは思いますが、しかし客観的事実に基づいて考えるなら魔力がなければ魔法は使えないのは確かです。それである以上、やはり大賢者の伝説にも懐疑的にはなってしまうのです」

「もういいわかった。伝説の大賢者の存在について確かに今ここで話したところで仕方がない。だが、今の大賢者マゼルは数多くの魔法でこの国を救ってきた。それは間違いのないことであろう」

「確かに、何らかの形でそれだけの功績を上げたのは事実ですが、それが必ずしも魔法によるものとは限りませんからね」

「……それはそなたが余の言うことを信用できないということか?」


 ルイスの口調が厳しいものに変わりました。眼光鋭くリカルドを見下ろしています。


 ただ、この男には特に動じる様子は感じられません。王国内での謁見ということもあり、媚びるような姿勢も見せてはいますが、その胸中では立場としては対等という意識があるのでしょう。実際魔法学園都市は国からの干渉を受けることなく、そして彼は東の魔法学園都市のトップに君臨しております。


 そういう意味では彼もまた王と同程度の権力を有しているとも言えるのでしょう。


「滅相もない。陛下を疑うような真似を私がするわけがございません、が、しかし、その功績に関して陛下自らが目にしたわけではありますまい」

「……む、確かに、余が直で目にしたわけではないが――」

「そうでしょう。それであるなら、大賢者が真に魔法の力で功績を上げたかどうかは……」

「つまり、そなたは大賢者の功績にも異を唱えると?」

「いえいえ、決してそのようなことは。実際に彼を評価している人間がいる以上、その手腕は発揮されたのでしょう。ですが、もしかするならあのマゼルという少年は軍師としての才覚があるのかもしれませんが、それと魔法は別問題です」

「軍師、だと?」

「はい、時に奇抜な戦術というものは傍から見れば魔法のように見えるものです。実はそのような話は珍しくありません。かつての戦乱の時代にもあまり魔法が得意でないとされていた将軍が凄まじい魔法で巨大な砦を1日で作ったなどという話や、また夜に巨大な竜を召喚し大軍を退かせなどという逸話が残されたこともあります」


 リカルドが得々と語ってみせます。今の話も確かに聞いている分には魔法のように思えるのですが。


「しかしこれらの逸話も長年の研究で事実と異なることが明らかになりました。例えば城については実際は木製の板に城の画を描いただけのものであり、竜に関しては大きめの蜥蜴を影を利用して巨大な竜に見せかけただけでした。しかし周囲の人間からは確かにそれが魔法に見えたのです」

「大賢者マゼルもそのようなものだと、そう言うのか?」

「可能性として……その上で彼はそこに自然現象も組み合わせることでさも凄まじい魔法に見せかけた可能性もあります。例えば竜巻などは風を読む力があれば、どのあたりに出来るか予想ができたりしますし、燃料を上手く使えば小さな火種も巨大な炎に変えることだって可能でしょう。他にも――」

「もういい、わかったわかった」


 夫のルイスは少々うんざりした様子でリカルドの話を打ち切りました。リカルドは、どうにも魔力0であるという点に関して懐疑心が強いようです。


「再度確認するが、そなたは大賢者マゼルに声をかける気がないのだな?」

「現状では……勿論試験を受けて入られるなら問題はありませんが、しかし魔力がなければ無駄骨になる可能性が高いでしょう」

「随分とはっきりというな……ヘンリーのように試験無しというわけにはいかないということか」

「そうですな。それは陛下のご命令ではないのでしょう?」

「……そなた、わかって言っておるな? 八王国の取り決めによってそれが不可能であることぐらい十分承知だ」

「はは、申し訳ありません。ですが、陛下ほどの御方がそのような強硬手段に出るとは最初から考えておりません」


 食えないやつだ、と囁くようにルイスが言いました。それがリカルドに聞こえていたかは定かではありませんが。


「……ところで、そなたは弟が捕らえられたことについてはどう思っておる?」

「はは、あのような愚かな弟が行ったことは当家の恥としかいいようがありませんな。幽閉されて当然でしょう。それだけのことを行ったのですからな。ワグナー家としてはあの愚弟は除籍し、家名も取り上げる所存です」

「しかし、あの者の子は引き取ったのであろう?」

「陛下も意地の悪いことを。確かにあの弟は愚かな真似を致しましたが、その子どもには罪はありません。何よりあの子には才能がある。その将来性を考えれば見過ごすわけにはいきません。だからこそ私が引き取ったのです。王国の制度で見ても、罪は個人のものであり家族や親族には及ばないとされておるはずですし、陛下もそういった崇高な思想の持ち主と思っておりましたが」

「勿論それはそのとおりだ。そなたが罪人の子と色眼鏡で見ること無く、しっかりとした考えのもと引き取ったのであれば文句はない。だが――」

「当然ですが、そのことを恨んであの者を拒んでいるわけではございませんよ。そこは勘違いされて欲しくないところです」

「むぅ――」


 ルイスの考えを読むように言葉を重ね、夫は喉をつまらせました。


「そして更に1つ言わせてもらうなら、大賢者についてはともかくとしても、ローラン家の娘については注目しております」

「娘……大賢者マゼルの妹、ラーサ・ローランのことか?」


 顎を擦り思い起こすようにしながら、ルイスがリカルドに問い返しました。


「左様でございます。かのものは生まれたときからかなり高い魔力を秘めており、しかも歳を重ねるごとにより魔力は高くなっていると聞き及んでおります。流石に声をかけるにはまだ早いと見て様子見とさせていただいておりますが、このまま成長し十分な素質があると判断したならいずれ声をかけることになると、私は考えております」

「ふむ……」


 ルイスは、それでもリカルドが大賢者を頑なに拒んでいることに、何らかの恨みつらみが関係していると考えていたようですが、今の話でその懸念も引っ込めざるを得なかったようです。


 勿論真実を語っていない可能性もありますが、確かに大賢者マゼルの妹であるラーサを評価していると語っている以上、怨恨による嫌がらせではないと暗に匂わしているようなものでしょう。


「これ以上は話しても仕方なさそうだな……とは言え、私は大賢者マゼルであれは試験を受けたなら確実に合格してみせると信じているがな」

「左様でございますか」


 顎を引き、そう答えるリカルドです。ルイスはもう彼については諦めたようです。


「話はわかった。急に呼び立てて悪かった。大賢者マゼルについては残念だが、ヘンリーについてはよろしく頼むぞ」

「勿論でございます。それでは、私はこれにて、とその前に、私のようなものが陛下に意見など無礼が過ぎると思われるかも知れませんが、宜しいでしょうか?」

「ふむ、構わん言ってみろ」

「はい。此度、あの少年に授与された大賢者の称号と勲章についてですが……私としては時期尚早であったなと、そう思っております」

「……無礼とまでは言わないが、随分と忌憚のないことだな」

「不快に思われたなら申し訳ありません」


 リカルドの意見は不躾が過ぎると言えば確かにそのとおりです。ルイスの額にも皺が寄っていました。


「ですが、これには理由がございます」

「理由?」

「はい、陛下は魔狩教団についてはご存知で?」

「……勿論だ。魔法は神だけに与えられた力であり、人やそれに連なる種族が身勝手に扱うことは大罪であり許されざる行為と決めつけ、この世から魔法使いを抹消しようなどと考えている物騒な教団であろう。各国でも邪教と認定され排除に動いている」

「はい。ですが連中は巧妙で中々表舞台には現れず、総本山も未だ掴めておらず、それでいて各地で魔狩教団による魔術師殺しが横行しております」

「……そのようだな。我がマナール王国でも冒険者ギルドにも呼びかけ、警戒を促しているところだ」

「それはそれは、ですが、それならばやはり今回の叙勲式は得策ではありませんでしたな」

「……どういう意味だ?」

「奴らは魔法使いを憎む組織。人が魔法を扱うことを良しとせず神に仇なす行為と謳っております。考えても見てください、そのような連中がもし、大賢者を名乗るものが現れでもしたらどういった行動に出るか。ましてや、国から勲章を授かり称号まで賜るとなれば……」

「……む。つまり、此度の大賢者マゼルの誕生が、魔狩教団の怒りを買うと、そう言っておるのか?」

「あるいは、という憶測でしかありませんが。しかし、面白くはないでしょうな。だからこその進言です。叙勲式はもう済んでしまったことですが、今後特にお気をつけなさるよう……連中は何をしでかすかわかったものではないですからね」

「――わかった。その忠告には素直に感謝する」

「そう言って頂けると、それでは、私はこれで――」


 そしてリカルドは部屋を辞去されました。リカルドが退室し、ルイスは背もたれに体重を掛け、魔狩教団か、とつぶやきました。私は黙って聞いていることしか出来ませんでしたが、そのような教団について、恥ずかしながら実は承知しておりませんでした。


 それにしても――本当に何も起こらなければ良いのですが……。

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