第42話 魔力0の大賢者、話を合わせる

「あれだけ巨大化した木偶をこうもあっさり……しかも何をしたのかさっぱりわからなかったぞ」

「気がついたら既にあの巨大な木偶が拳を振り下ろしていて、かと思えばすぐに砕け散りましたからね……時空魔法での瞬間移動に加え反撃魔法でのカウンターといったところですか。しかし判ってはいましたが、それを無詠唱でしかも高速で行えるのですから凄い」

「あはは……」


 普通に近寄って拳で打ち合っただけなんだけどね……相変わらずの勘違いだよ。


「とりあえず、これでもう木偶が襲ってくる心配はないし、術者を捕まえにいきますか」

「うむ、そうだな」

「一体なぜこんな真似をしたのか、問いたださねばいけませんね」


 その足で僕たちは外に出た。術者は外にいたからだ。恐らく今頃気絶してるんじゃないかなと思うんだけど。


「兄貴! ご無事でしたか!」

「うん? あ、ムスタッシュ!」

「はい! 不肖ながら、ムスタッシュとヒゲ男ズ! 兄貴の危機を知り駆けつけました!」


 え? 危機? う~ん、僕は別に危機ってことでもなかったんだけどな。あぁ、でもこれで合点がいったよ。何か気配が増えたと思ったんだよね。


 でもよく僕が来てるってわかったよね。あ、でも門番には話をして通してもらったからそこから話が出たのかな。


「それと兄貴! 俺はやりました! やってやりましたよ!」

「え? やったって何を?」

「ふむ、そういえばそこにも大量の木偶が転がってますね」

「そういえばそのようだな」


 あぁ、確かにかなりの木偶が地面に倒れてるね。それにしてもどれだけ用意したんだろう。


「それは勿論ですが、こっちへどうぞ!」


 うん? よくわからないけど、とりあえず僕たちはムスタッシュの後をついていった。でも、こっちの方角って……。


「こいつです! なんと兄貴! こいつらあの木偶どもを操ってた術者だったんですよ。ですがご安心ください兄貴! こいつはこのムスタッシュがやっつけておきましたから!」

「あぁ~うん……」


 確かに彼の言う通り、その男が術者なのは間違いないけどね。


「いやぁ~大変でしたよ。兄貴を援護しようとやってきてみたら、さっき見た木偶が大量に襲いかかってきて。だけどその時メンバーのビアードが術者のことを教えてくれて、更にチョビがこいつを見つけてくれてドジョウも木偶を食い止めるのに奮闘してくれて。その間に俺がガツンッとやってやったら見事木偶が全て動きを止めたんでさぁ!」

「……こいつは元から気絶していたのではないか?」

「え? いやいや、それなら木偶が動いているわけないからな。だから俺は気がついたのさ。こいつは気絶しているフリをしているってね。そこで一撃いれてやったら案の定うめき声上げて本当に気を失ったってわけさ!」


 うん、話は大体読めたね。彼らがここに駆けつけたのは、僕がこの術者を気絶させてからで、ヒゲ男ズが相手していた木偶は自動術式が作動してからのものだ。


 そして本当に偶然が重なったと見るべきか、ムスタッシュがこの術者を攻撃したのとほぼ同時に最後の自動術式が発動して、魔力を奪われたこっち側の自動人形が全て倒れたってわけだ。


 う~ん、でもこの術者はわりと災難だね。僕の通破拳で気絶していたところへ更におまけの一撃を喰らったのだから。

 

 でも、同情はしないかな。暗殺者だし。


「……ムスタッシュ殿。喜んでいるところ悪いが、それは大賢者様が……」

「これは凄いや! そうか僕たちもムスタッシュのおかげで助かったんだね!」


 僕はタルトさんの言葉を遮るようにムスタッシュの行為に感嘆してみせた。うん、姫様は怪訝な顔をしているけどね。


「いやぁ~兄貴にそう言ってもらえるとこんな光栄なことはないです。でも兄貴、これは俺だけの手柄じゃないんですぜ。ヒゲ男ズ全員で勝ち取った勝利でさぁ!」

「うん、そうだね。ヒゲ男ズの皆もありがとう助かったよ」

「なんと! 時の大賢者様にそのような言葉を掛けて頂けるとは! 私の人生においてここまで嬉しかったことはありません!」


 うん、それはちょっと大げさかな……きっと振り返ればもっといいことはあったと思うよ。


「元盗賊の俺にこんな日がくるとは思わなかったチョビ。とても嬉しいチョビ!」


 うん、この人こんな喋り方する人だったんだね。


「私のドジョウ流双髭術が役立ち本当に良かった。お誉めいただき光栄に思います」


 ドジョウ流双髭術!? い、一体どんな技なんだろうか。ちょっと気になった。


「大賢者マゼルよ。どういうことだ。なぜこんな……」

「お待ち下さい殿下。これはきっと大賢者様にも何かお考えがあってのことかと」

「む、そ、そうなのか?」


 それには目で答えた。でも流石タルトさんだ。ちゃんと僕の考えを察してくれた。


「それじゃあ先ずこの術者を起こすところから始めようよ」

「え? 俺がいいんですかい?」

「やっつけたのはムスタッシュじゃないか」

「……兄貴にそういってもらえると、呑むのを中断して来てよかった!」


 お酒を呑んでたんだね。流石冒険者はお酒好きが多い。


「うし、それなら先ず、髭縛り!」


 ムスタッシュが魔法で髭を伸ばし、術者をぐるぐる巻きにした。本当に髭で縛っちゃうんだ。これは僕には再現できないね。髭があればともかくまだ生えてないし。


「おい、起きろ。おい!」


 そしてフードを外し頬をパンパンッと叩いて目を覚まさせる。すると意識を取り戻した暗殺者がキョロキョロと辺りを見回した。


「なんだこれは! どうなっている!」

「ふん、どうなってるじゃないぜ。お前はこの俺withヒゲ男ズがやっつけたのよ!」

「は? 誰だお前? やっつけた? 馬鹿な、いや、確かに俺はよくわからない衝撃を受けていつの間にか意識を失っていて、そしたらまたなんか強い痛みが……」


 状況を把握しようと相手も必死だ。


「ふん、お前は俺たちをやり過ごそうと気絶するフリまでしたようだが無駄だったな。俺は全てお見通しだ!」

「……は? 気絶したフリ? 何を言ってるんだお前?」

「ははは! ごまかしたって無駄だ! 判っているんだ俺は!」


 暗殺者は首を傾げている。当然だね。でもこのままってわけにもいかないから。


「もしかして気絶じゃなくて魔法に集中していたんじゃないかな?」

「え? 魔法にですかい?」

「そうそう。魔法に集中していたら周りが見えないものだし、外も暗かったし勘違いしても仕方ないよ」

「う~ん、そう言われてみるとそんな気が……」


 耳元で囁いたら納得してくれたよ。うん上手くごまかせた。


「なるほど、わかったぜお前は魔法に集中しすぎていて俺に気が付かなかったんだな!」

「……そんな馬鹿な。お前みたいなやつが近づいてきて気が付かないわけがないだろう」

「ここは、やっぱりちょっと脅しつけるぐらいが……」

「なるほどさすが兄貴だ!」


 僕が囁くように教えると、ムスタッシュは暗殺者を睨みつけ。


「黙れ! お前は俺に負けたんだよ! 素直に認めろコラ! やっちまうぞあぁあああん!」

「ヒイイィイ!?」


 はは、流石にこの手の恫喝っぽい語りは慣れてるね。


「兄貴の言ったとおり、あいつ相当ビビってますぜ!」

「あ、うん。そうだね」


 まぁ威圧は後ろから僕がやったんだけどね。


「さてこっからは尋問だ。騎士のタルト卿から話があるようだからしっかり聞きやがれ!」

 

 うん。一先ずこれでムスタッシュの髭以外の出番は終わりだね。そしてタルトさんが暗殺者の前に立つ。


「聞かせてもらおうか。なぜ殿下を狙ったのか。お前の雇い主は誰なのかもな」

「ばかいえ。誰が言うもんか」

「そうか。ムスタッシュ殿、この髭で右腕だけ上げて貰うのは可能かな?」

「お安い御用だぜ!」


 ムスタッシュの髭で暗殺者の右腕が上げられた。


「な、何をする気だ!」

「なに、右腕一本を切り飛ばすだけだ」

「……冗談だろ?」

「そう思うなら好きにしろ」


 タルトさんが剣を振り上げる。目は本気だ。強情なようなら本当に切るつもりみたいだね。


「わ、判った話す! 話すよ! だから腕は勘弁してくれ!」

「ムッ、なんだもう観念したのか」


 タルトさんが拍子抜けしたように言った。だよね~僕もそう思うよ。そりゃ腕を切られたら痛いけど回復魔法でくっつくだろうし、なんなら新しい腕を生やしてもらえるだろうしね。


 そう考えたら確かに拍子抜けだよね。

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