第26話 魔力0の大賢者、姫様と同行する

「まさか公国のお姫様が同行することになるなんて……うぅ胃が」


 フレイさんが胃を押さえながら言った。彼女たちもまさかお姫様が同行するなんて思わなかったんだろうな。


「でも、僕たちが同じ馬車にご一緒して本当に良かったのですか?」

「構わぬ。それに、お主とは色々話してみたいと思っておったからな」


 僕の暮らす領地まで同行することになった姫様だけど、当然馬車は自前ので来ることになる。見た目にも豪著で広々とした馬車だ。


 そこに僕が招待されたんだけど、流石に姫様と2人きりというのもどうかと思ったので破角の牝牛からフレイさんがついてきてくれた。


 妹のラーサも隣にいるのだけど、流石に相手は姫様だ。緊張しているのか口数は少ない。


「お話と言ってもオムス殿下を私如きが楽しませられるかどうか……」

「何か違うのう」

「え?」

「口調だ。そう、その口調であるな。もっと気軽に話しかけてくれて構わん。私のこともオムスではなく名であるミラノの方で呼んでくれて良いのだぞ?」

「……それではミラノ殿下で」

「殿下も固い!」

「え~と、それじゃあミラノ姫、では?」

「ふむ、それでもまだ固い気がするが、まぁ良い。しかし気が向いたらミラノと呼んでくれても構わんからな」

「はは、流石にそれは失礼かなって」


 後頭部を摩りつつ口元が緩むのを感じた。すると姫様が、ふふ、と笑みを浮かべ。


「大分いい感じに砕けてきたのう」

「あ……」


 言われてみれば、今ちょっと話しただけで緊張感も薄れてきて、親しみやすさもましたよ。


「意外です」

「うん? 何がかな?」


 僕の隣で固まっていたラーサがようやく口を開いた。見てみるとラーサもどことなく緊張感が和らいでるように見える。


「お姫様はもっと怖い人なのかと思ってました、あ! ご、ごめんなさい」

 

 ラーサが慌てて謝罪し、顔を伏せた。緊張した面持ちでそっと姫様の顔を覗き見るけど、姫様は優しく微笑んでいる。僕は、その様子に少しだけ見惚れてしまった。


「構わないさ。私はこんな顔だからな。子どもにもよく怖がられる。全くこれでは嫁の貰い手など一生現れないかもしれん」

「いやいや! そんなことありませんよ。ミラノ姫程綺麗な方はそうはおりませんし男なら放っておかないと思いますよ」

「え? お、お兄様……」

「はは、流石大賢者様だ。殿下相手にも全く動じないどころか、さらっと口説き文句まで織り交ぜるんだから」


 え? ええぇえええ! いやいや、僕はただ姫様が卑下するようなことは無いですよって口にしただけだったのに! あれ? もしかして、不敬だったかな?


 僕は顔から若干血の気が引くのを感じながら姫様に視線を戻したけど、姫様は随分和やかな様子で。


「ふむ、まさか大賢者マゼルほどの男にそこまで言ってもらえるとはな。あと5歳上だったならコロッと行ったかもしれないな」


 よ、良かった。特に怒ってる様子はない。でも、それもそうか。冷静に考えたら今の僕はまだ9歳の子どもでしかないわけで、姫様からしたらまともに相手する年じゃない。


「お、お兄様はもしかして年上が好みなのですか!」

「え? ど、どうしたのさ突然」

「むぅうぅう」


 何かラーサが唸りながら僕を見てくる。子犬みたいで可愛いけど、なんで不機嫌なんだろう?


「はは、兄妹で仲が良いのだな」

「はい! 私は誰よりも兄様を敬愛しておりますので!」

「なるほど、ふむ。いや兄妹の仲が良いというのは本当に素晴らしいことだな」


 うん? なんだろう? 今、姫様の顔が若干寂しそうだったような? 気の所為かな。


 だけどすぐに姫様は表情を戻してそれからはちょっとした談笑に。主な話が僕のことで、ラーサが初めての狩りのこととか、かなり熱を込めて話すから恥ずかしかったよ。


 そんな時、馬車の動きが止まった。姫様が馬車の小窓を開けて外の騎士に尋ねる。姫様には警護担当の護衛騎士が馬に乗ってついてきていたのだけどその一人だ。


「何かあったか?」

「コボルトの群れです。問題はないかと思いますが、ユニークが紛れているようです」


 ユニークは突然変異した魔物のことだ。大体の場合群れを率いる存在になり、ユニークそのものも元の種より遥かに手強くなる。


「どんなタイプ?」

「毛が鉄のように硬く、爪を伸ばして攻撃してきてる。動きもかなり素早いな」

「それは、コボルトハードだね」

 

 コボルトハードは毛が鋼鉄並みに固くなり力も上がってその上素早いってタイプの魔物だ。爪もコボルトよりは鋭い。


 といってもベースはコボルトだから、そんなに危険度は高くない。姫様の護衛騎士なら余裕かな?


「コボルトハードって、Bランクの冒険者でも10人以上必須なユニークじゃないか……おまけにコボルトの群れも率いてくるからかなりピンチなんじゃ」

「え? いやいやそこまでの相手じゃないよね? だってコボルトに毛が生えたような相手だし」

「え~……」


 あれ? 何かフレイさんが呆れたよな目を向けてきてるんだけど、気のせいかな?


「ふふっ、これは面白い。もしかしたらいい機会かもしれないな。マゼルよ、よければ騎士の助けになってはくれないか?」

「え? でも僕なんかが出たら悪いのでは? 騎士様の邪魔になってしまうかもしれないし」

「大丈夫だ。構わないな?」

「殿下がそう仰せになるなら」

 

 結局僕は騎士たちが戦っている中に駆り出されることになってしまった。


 馬車を降りてとりあえずざっと様子を見る。コボルトは二本足で歩く犬のような姿をした魔物だ。人間の子どもぐらいの大きさのゴブリンという魔物がいるけど、それと同じである程度群れで行動する事が多い。ユニークになるとそれが顕著で、これぐらいの規模になることがある。


 戦闘力はゴブリンよりは上だけど、ずる賢いあっちに比べると行動パターンはわかりやすい。魔法は自己強化を扱うけど、そこまで練度は高くない。


 単体なら正直、ちょっと腕の立つ村人でも勝てないことはない。でも、群れとなるとある程度訓練を積んだ兵士や、冒険者の力が必要になる。


 といっても、ある程度鍛えたことある人なら、上手く立ち回れば問題はない相手だ。今回はユニークも混じっているからちょっと手ごわいかもだけど、こっちには破角の牝牛もいるし、護衛の騎士が3人も加わってるしね。


 普通に考えれば楽勝だと思うんだけど。


「あ、姉御! 大賢者様が、大賢者様が出てきてくれたよ!」

「た、助かった~」

「これで勝てる!」

「おお、あれがかの有名な」

「この手強いユニーク相手でも、大賢者であれば勝てるのか?」


 あれ~? おかしいな。何かあまり楽勝って雰囲気でもないような?


「情けないお話ですが、あのユニーク種のおかげでどうにも旗色が悪く。実は大賢者様が出てくれるということで安堵していたところです」


 姫様に応じていた騎士がそんなことを言ってきた。いやいや、貴方も凄い強そうだし。顎髭も凄くダンディだし、コボルトハードぐらい余裕ですよね?


 う~ん、あ、もしかして皆疲れてるのかな? そうだよね。騎士たちは本当なら国に帰る筈だったのに急にローラン領までくることになったわけだし。


 それなら仕方ないね。でもここであまり僕が出しゃばるのも悪いから……。


「はッ!」

「「「「「「「「――ッ!?」」」」」」」」


 僕が圧を強めると、コボルトハードも含めて全てのコボルトがバタバタと倒れていった。よし、威圧はちゃんと効いたみたいだね。コボルト程度ならこんなところだよね。


 これでトドメは騎士様に譲れるし後腐れなく済みそう――


「「「「「「「「え、ええええぇえええぇええええぇええええ!?」」」」」」」」


 うわ! びっくりした! なになにどうしたの? 皆してそんな大声あげて。


「な、なんでコボルトが突然倒れたの? なして!」

「リ、理解が追いつかねぇ」


 いや、どうしてって、威圧をかけただけなんだけど……。


「こ、これはまさか! かの大賢者が世に広めた精神魔法が一つ【マインドブレイク】では!」


 え? えぇ~またそれ~? 精神魔法なんて本当知らないよ。確かに威圧で絡んできた冒険者を気絶させてあらゆる液体を漏れさせてしまって驚かれた時に、精神に干渉する魔法なんて初めてみたわ! とか受付嬢に誤解されたことはあったけどね。


「むむぅ、この年でここまでの魔法を使いこなせるとは、流石大賢者と言うだけある。末恐ろしいな」

「ご安心ください姫様。何せ魔法の使い手が精神的にも高尚なお兄様です。決して悪用など致しません!」

「はは、確かにそう言われると安心だな」

 

 いやいや、何か勝手に納得されてるけど、本当これ魔法じゃないからね! ただの威圧だからね!


 はぁ、本当、こんななんてこともない普通の行為まで魔法に思われるなんて困ったものだよね~。

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