第16話 魔力0の大賢者、貴族に目をつけられる

「ふん、何が大賢者マゼルか。言っておくが、もしそれを今宵自慢して回ると言うならば、恥をかくのは貴様の方だからな」

「はは、何を言われるかと思えば」


 ワグナーの忠告を父様は笑い飛ばすけど、どうもまた悪巧みしてるんじゃないかって気になるな。


 ……それ以前にその大賢者として自慢して回るというのを先ずやめてほしいのだけど。


「……マゼル」

「あ、アイラ」


 図書室であったアイラが僕のそばまでやってきた。すると、ワグナーが凄い形相で僕を見下ろしてきた。


 そういえばつい図書室のノリで呼んでしまったな……。


「これはナムライ辺境伯。この度はこのような豪華な舞踏会にご招待頂きありがとうございます」


 そしてアイラの隣にいるのがどうやら彼女の父親でもある辺境伯なようだ。この領地は数年前まではライス・ナムライの父上であるアザーズ・ナムライが治めていたのだけど、大臣として王の側に仕えることとなり侯爵という新たな爵位を賜ったこともあり跡を息子に世襲させた。


 アイラはその息子であり今の領主であるライス様の娘ということになるようだね。


 柔和な笑みを浮かべた人で、全体的に温厚そうな雰囲気が漂ってる。髪はアイラと同じ銀色でチリチリとしたくせ毛だ。眼鏡を掛けていてそれがことさら温厚さに拍車をかけているようだよ。


「いや、そんな堅苦しい挨拶はいいですよ。こういった宴ですし、楽しく参りましょう」

「いや、そう言って頂けると」

「ナムライ卿、ご無沙汰しております」


 父様とライス様が話していると横からワグナーが入り込んできた。まだいたんだなこの人。


「いやはやしかし、ナムライ卿はここに来てまた一段と箔が付きましたな。お噂はかねがね耳にしておりますが父上が残した領地をしっかりと守り、その経営手腕を遺憾なく発揮され利益も随分と上げられているとか。本当にご立派でございます。お父上を超す日も近いかもしれませんな」

「これは、お褒め頂き光栄です。ですが私は自分のことは自分でよく判ってるつもりです。父になど遠く及びませんよ」

「はは、ご謙遜を」

 

 父上相手と違って随分と愛想が良い。そしてやたらと相手を持ち上げようとしてる。しかし、言ってることは妙に薄っぺらいお世辞に感じられるかな。


 なんと言っても肝心のライス様が困り顔であまり嬉しそうではない。


「それにしても、ローラン家ではなんというか、ご子息の教育がなってないようですな。よりにもよってナムライ辺境伯のご息女を呼び捨てとは失礼にも程がありますぞ」


 くそ、やっぱりそこを突かれたか。僕もそこはちょっと迂闊だったかなと思ったんだよな……。


「いえ、ですがお兄様はアイラ様とお知り合いになりその時に」

「知り合い? あぁ図書室で偶然出会ったというお話でしたか。とはいえ、その程度で我が物顔でそのような呼ばれ方をしてはご息女も迷惑というものではありませんかな?」

「……別に迷惑なんてことない」

「――今なんと?」

「……迷惑だなんて思っていない。私とマゼルとその妹のラーサは友だち。だから名前で呼び合う。別におかしなことではない」

「はは、そうだったね。いや娘からは前もって聞いていたのですよ。友だちが出来たとね。だから私も何も思いませんし、むしろ同年代の友だちが出来たことを喜ばしく思っていたぐらいです」


 アイラの銀色の頭を撫でながらライス様が言った。優しい目の人だな。アイラのことを本当に大切にしてそうだ。


「そう、でしたか。これは失礼いたしました。そうだとは露知らず」


 ワグナーが頭を下げた。相手によっては素直に謝るんだこの人。


「ところで、娘からもお聞きしましたがもしかしてその男の子が噂のご子息で?」

「いや、これはなんとも。はい、この子が我が子マゼルでございます。いや、自分の子をこのように紹介するのも恐縮ですが、この年で大賢者の称号を恣にしてまして」


 いやいや! それ父様が勝手に言ってるだけだから! 本当恥ずかしいからやめてほしいのだけど……。


「ほう、大賢者の称号をですか。魔力0で生まれた奇跡の生まれ変わりがいらっしゃるという噂は聞いておりましたが、そこまでとは」


 どこまで噂が広がってるのか……いや確かに転生だから生まれ変わりは否定できないんだけどね。


「……マゼルは凄い、図書室でも難書とされるアルキネスの三大定理やマストゲルからの挑戦状~セキイマツ法アミーバ編~を涼しい顔で読んでいた」

「ほう、あれをですか。私でも30歳になってようやく理解できた程ですが……」


 いや、それ別に凄くないんです。前世の年齢を考えると200年以上生きてるし、知識欲はわりとあったから……。


「いやしかし、その話を全て鵜呑みにするのはいかがなものかと思いますがな」


 父様とライス様が話しているとまたもやワグナーが横から口を挟んだ。しつこいよね本当。


「それは一体どういう意味ですかなワグナー卿」

「いやいや気分を害されたならもうしわけない。ただですなぁ、どうもローラン卿はわが子可愛さのあまり周囲に、大賢者だ! などとふれ回っているようですが、少々早合点が過ぎるのではと思っておりましてな」

「早合点? おっしゃられていることがわかりかねますが……」

「これです。あまりにそうだと信じ込みすぎていて目が曇っているのですな。そもそも、魔力0で生まれてきただけでなぜそこまで注目されるのか、私としては理解に苦しむところです」


 これに関して言えばなんとも言えなくなる僕がいる。目が曇っているとまでは言わないけど信じ込み過ぎは確かだろうと思うからね。


「あっはっは、ワグナー卿もご冗談がお上手だ。この国に生まれたのなら誰もが知っていることでしょう。かの大賢者マゼルが魔力0で生まれてきたことを」

「ええ勿論存じ上げておりますよ。ですがそれは大賢者マゼルが魔力0で生まれてきたという事であって、貴方の息子が魔力0だからやはり同じように大賢者になれるという考えはあまりに飛躍が過ぎるでしょう」


 うぅ、なぜかワグナーの言葉がいい感じに僕に刺さるよ。ちょっとしたことで何故か大騒ぎされてるのは事実なんだもの。


「そもそも魔力0というのは全く魔力がない人間である証明にほかならないわけで、それは本来とても威張れるような話ではありません」

「しかし、これまで魔力0で生まれた人物はこの大陸、いや、世界中の歴史を見ても大賢者マゼルしかいなかったのは確かです。そんな中、生まれた子どもが魔力0、しかもかつて大賢者マゼルに最も信頼されていて死後、大賢者マゼルの志を人々に教授し広め続けた伝道師にして後の大魔帝、ナイス・ローラン家の血縁となれば期待もするというものでしょう」


 ここで父様を擁護してくれたのはライス様だ。それに明らかに面白くなさそうな顔を見せるのがワグナー。


「ナムライ辺境伯ともあろう方が、貴方は魔道に通ずる学者としても定評のある御方。それなのに何の検証もなくただ魔力0というだけで持て囃すようなやり方を肯定されるのは些か感心できませんな」


 さっきは随分とおべっかを使って近づいてきてたのに、ここは否定するんだな……う~ん、確かに僕自身魔力がなくて魔法も使えないのだから耳が痛い話ではあるけど、このワグナーからはどこか大賢者に対する執念のようなものを感じる。


「やれやれ、どうやらワグナー卿は私が何の確証もなく息子を大賢者と信じているだけの親バカだと思われているようですが」

「実際そのとおりだと思いますが」

 

 はい、そのとおりです。


「残念ながら、私は何もなく魔力が0というだけでマゼルを大賢者としているわけではない。我が子の超魔法をこの目でしっかり見ているからこそ断言しているわけです」

「ほう、超魔法を」


 あぁ、ライス様まで食いついちゃったよ。


「それは面白い。それが本当であれば私の方が早合点がすぎたというものですが……しかし何分私がこの目でみていない。それに私だけではない、ここ集まっている人たちも、全く知らないのでは?」

「むっ、それは確かにそうであるが……」

「そうでしょうそうでしょう。つまり信憑性が薄い」

「わ、私も見ました! お兄様の魔法は本当に凄かったのです! 間違いありません!」

「はは、お嬢ちゃんはまだ小さいからちょっとしたことでも魔法と勘違いしてしまったのかもしれないねぇ」

「そんな、私本当にみたのに……」

「――ワグナー卿、娘はマゼルほどではないにしても既にかなりの魔法に精通しております。ただの勘違いということはありませんよ」


 いや、そこは本当に勘違いなんだけど……あぁでもラーサも悲しそうな顔してるし、くそ、このワグナーのせいで折角の舞踏会も台無しじゃないか。


「そうでしたか。そこまでおっしゃるのでしたらご子息の魔法の腕は本当に確かなものなのかもしれません。ならばどうかな? ここは一つその魔法の腕を披露してもらうというのは?」


 ……はい?

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