楽園(仮)

アレ

第1話 市長 ◆0001

 これは、フェミニズムの旗を高らかに掲げ、男社会と戦い、ついに一つの町を手に入れた集団と、これに関わった人々の物語である。


◆0001

 正義は勝利した。


 わたしたちは、性的なものと戦ってきた。そしてついに、特区として性的でない街を作ることができたのだ。ついに、人類の正しい姿を見せることができた。そして、世界は模範となるべきものを得た。何より、わたしたちが安心することができる。豊かな自然に護られて、わたしたちはユートピアを作り上げている。

 性的なまなざしやふるまいこそ、悪の根源である。平和な世界でひとびとが自由にたのしく暮らすためには、性的なものがあってはならない。そんなわたしたちの願いが、とうとう実現に進んだのだ。特区認定から経過期間をだいたい終えてもう数年、わたしの市長としての仕事もそろそろ仕上げの時期になってきた。

 ここならなんとかなると見定めて、少しずつ集まったなかまたちが住み着いて、とうとう市長を出せるくらいの人数になった。それまでのたたかいも、大変なものだった。偏見と差別はすさまじいものだった。それでも、いま、わたしたちは正義を実現しているのだ。

 平和をつくるためにと、さまざまなひとびとが私たちの町を見学に訪ねてくれる。無益な争いと無縁な世界を見れば、考え方も変わるだろう。だから、わたしたちは、いろいろと目をつぶってでも、そんなひとびとを受け容れてきた。


-第四検問所-

 今日は、国連の視察団を市長として受け容れる。ところが、待っていても、視察団は一向に現れない。どうやら何かもめているようだ。合意が成り立っていないらしい。

「なぜ私たちはこの服を着る義務を負うのです?」

 そう問われた担当者は答える。

「そういうことになっているからです。」

 担当者は同じ事を何度も言っている様子である。これは、担当者の説明がよろしくない。わたしは、通訳を介して自ら説明することにした。

「市長です。性的な見方が存在できないように、市民も訪問者も決められた服を着用する義務を負います。もし皆さんが外の服で現れたら、市民はどう思うでしょうか。」

「なるほど。むやみに目立つのはよくない。しかし私は確認したい。それは義務ですね?」

「そうです。」


 視察団は、何事か相談した後、快く着替えてくれた。話せばわかるものだ。この、体型を見せない服は、わたしたちにとって大切な鎧だ。

 この第13検問所は、最大の検問所だ。視察団には、一通り見学していただくことになっている。

「ここは小型貨物車の入境検査ブースです。簡易検査の後、特に問題がなければ最終検査場へ、明らかな問題があれば場外へ、そして疑わしい場合は特別検査場へ進むようになっています。最近はほとんど問題が起きないので、新しい検問所では構造が変更されています。」

 所長の説明に聞き入った視察団から、質問があった。

「問題とはなんですか?」

「性的な絵柄が車体に描かれているとか、明らかに禁制品を積載しているとかです。」

「運転手の服装についての決まりは?」

「運転と荷降ろしの邪魔になるので、普通の作業服を特に許可しています。しかし、あまりに性的なものは許されません。」

「市内に入る物と人は、すべて同じように検査されるのですか?」

「はい。例外は、市のはずれを通る鉄道と高速道路の周辺の特別地区です。」

「市を通過する場合はどうですか?」

「特別地区以外を通過する場合、通常の入境と同様に扱います。ただ、そういう例は、ほとんどありません。三方が山の盆地なので。」

 視察団は、実際の検査を見た。運転手を連行しての質問、車内の確認、そしてX線での車体の検査からの振り分けといった、一連の動きを。荷物室は透視され、積荷の形状から問題ないと判断されればそれで検査が終わる。出版物を積んでいそうな場合だけは、必ず目視での検査となる。運転席まわりは別途検査され、必要があれば禁制品が没収される。市内に不要なものは、誰も持ち込めないのだ。今日は、視察団の目の前で、いやらしい写真が載ったスポーツ新聞やひわいな絵柄の漫画雑誌が没収された。これらは焼却され、発電に利用される。運転手たちは、珍しい視察団を見やりながら、連行されたり戻されたりしている。

 興味津津の視察団からは、わたしを指名しての質問もなされた。

「市長、このようにすることで、市はどのように変わりましたか?」

 私は答えた。性的なるものから解放されたひとびとが、本物の自由を手にして、本当に正しい生き様を示していることを。子どもたちの健やかさが何よりの証明であることを。あまりにも力を入れすぎ、長くなりすぎた発言を、通訳にさえぎられてしまった。でも、わたしは失敗していない。正しいことを言っただけなのだから。


-市街地-

 市内を実際に見てもらうさなか、わたしたちは、視察団を書店に招き入れた。

「見てください、性的なものはありません。」

「市長、ここにポルノグラフィーはないのですね。」

「あなた方がいうポルノだけではありません。美女の笑顔で興味を引くようなものは、わたしたちにとってポルノです。そういうものは、一切ありません。」

「では市長、あの雑誌はなんですか?」

 さされたのは、何の雑誌だろうか。男アイドルの笑顔が表紙に載っているようだ。

「あれは性的とはいえません。わたしたちの基準では…室長、見本はありますか?」

 こういうこともあろうかと、資料を持ってきていた部下が、見本を見せてくれる。視察団は、それを見てささやき合っている。どうやら、納得してくれたようだ。だが、質問はやまない。

「次の質問です。あなた方の市は小説をどのように扱っていますか?」

「同じです。皆さんの国でも売られているハーレクインのようなものもありません。」

 わたしは、健全な世界が実現したことを、あらためてほこらしく思った。視察団は、わたしたちには理解しにくい小声の英語で話している。はじめて見る本当に正しい世界は、さまざまな反応を呼び起こしているのだろう。わたしだけの手柄でもないのに、なぜか面映い。


 そのとき、サイレンが聞こえてきた。どうやら、犯罪者を見つけて警察が集まってきたようだ。ちょうどいい。視察団に人の正しいありようを見せることができる。わたしは、外へ出るよう皆に促した。


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