第七話 デブのままにわがままに

 流行りの言葉で言えば、「まるで中華街テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるな~」と言えば良いのだろうか。デイビット鷹倉は世界を救うという使命は別腹に、目に飛び込んでくる光景を楽しんでいた。


 それは想像していたファンタジーの世界よりもよりリアルなもの。児童小説や児童向けアニメの、異種族のサラダボウルのような世界に、人の世の厳しさと世知辛さを混ぜたような――そんな苦味がある。


 街に入ると景色は一転。石畳の道路が舗装ほそうされた都会だった。瀟洒しょうしゃなガス灯が立ち並び、通行人はスーツを着たり美しいドレスに身を包んでいたりする。


 街道には車すら走っていて、しかし郊外部から入ってきた馬車や荷車と混ざって視界がとてもうるさい。


『街はどう? デイブ』


「なんと言えばいいか解らない。地獄という割には、とても豪華だ。観光地と言っても良い。現に身なりの良い――あれは、あの耳の尖った細身の人はエルフ族というやつなのだろうか。スーツに身を包んで、優雅にカフェで茶を飲んでいる」


『本来、中津巳なかつみ国は人間やそこに耳が生えた亜人という種族が中心に栄えていた国なの。でも、貴方の世界で列強国たちが攻め込んできて、ほぼ占領しているといっていい。本来国土にいなかったエルフ族やオーガー族、オーク族はほとんどそういう人たちね』


「中津巳国はそれでいいのか?」


『この頃の世界史は少し解る?』


「ああ、何となく――国内はバラバラになって軍閥やら義勇軍やらで戦国時代のような有様になっていたはずだ」


『そう。ここもそんな感じよ』


 実際この頃の中国は混迷の極みにあり、乱暴に言えば国として機能はせずただただ中立を保つだけであった。そして容赦なく、その肥沃な土地を貪らんとやってきた列強諸国に食い散らかされてしまい、その折に文化が思いっきり流入していたと言われている。


 とくに上海においてはイギリス、アメリカ、日本帝国、イタリア王国などが共同で支配する区画――租界と、フランスが支配する租界でステンドグラスのような有様になっていたという。


 名実ともに魔都と化した場所。治外法権が乱立する、文字通りの戦国のような有様。緊張感は一本の細い糸で保たれていて、誰がその糸を切り落としても戦乱となる――地獄だった。


「ところで気づいた事があるんだが」


『何かしら?』


「この大通りを挟んで、右と左ではメシの匂いが違う。もしやこの大通りは、擬似的な国境になっているんじゃないか?」


『大当たりよデイブ。そこは剣境ソードラインと言われている。そこから貴方で言う右側に行くとオーガー族系列の国が主だって支配する租界。左側がオーク族達を中心とした列強国が支配する租界になってる』


 デイビット鷹倉はそう聞いて、もう一度この大通りを見回してみた。


 確かに、よくよく見ればではあるが微妙な差があるなとは思った。自分の歩いている広い歩道は軍人が多い気がする。それもかなり肌肉粒々な人々だ。赤黒く、鬼を思わせるその容貌はオーガー族なのだろう。


 漂ってくる匂いも、ポテトとソーセージとジャーマンめいた匂いや、バンズに何かを挟んだような食べ物の匂いがある。油、と言ってもいいだろう。


 対して道を挟んで左側は、どこか気品のようなものを感じる。道行く人々は身なりがよくて、エルフ族もそうだが高そうなスーツを着込んだ巨漢……豚耳に豚鼻のオーク族がのっしのっしと歩いていた。


 漂う匂いも、上質なブイヨンや紅茶のような香り。ハーブやスパイス、と言ったら良いのだろうか。


「街の概要は良くわかった。で、ここに食選器しょくせんきがあると」


『そう。でもごめんなさい、どうやら特に悪い思念に侵されているようで、探知できない。この街のどこかにあるとしか解らないわ』


「別に焦っているわけでもない。気ままにメシでも食いながら探してみるさ」


『――ありがとう。使えないって言われるかと思った』


「出会ってばかりの美人にそんな事を言うヤツの神経は理解できないな。ところでこの尻に入ってた革財布は君から?」


『ええ。とりあえず貴方のものに、ここの世界のお金――食券を入れたの』


 取り出してみると、それは自分が愛用していたもの。たしか革ブランドがコラボを申し込んできた、ミノタウルスがフォークを振りかざしているロゴのあるものだ。


「美しい上に気が利くとはな。ありがとうエーオース。これで肉まんが食える」


『~~ッ!!』


 少し何か唸るような声が聞こえて、タッタッタッタとどこかに走る音がした。まぁトイレなのだろうとデブは気にすること無く、路地を曲がって適当な出店を探し始めた。


 大通りは石造りのビルが立ち並びとても近代的だが、そこから一ブロック、また一ブロックと離れてゆくに連れてだんだんとこの街の現実も浮かび上がってくる。


 舗装ほそうされているのは主街道だけで、街に入ってゆくたびに土の道が目立ってくる。おそらく昔から住んでいた人々の区画は、古びた集合住宅に押し込められている。


 この街は海に面していて、街の所々に水路がある。船が山盛りになった野菜やらなにやらを運び入れ、その回りを屋台が埋め尽くしていた。赤い暖簾のれんが並んだ景色はそれなりに壮観で、たたずむ石造りの総合住宅も相まって独特なアジアンテイストめいたものがった。


 住んでいる人間もオーガー族やオーク族ではなく、人間や、また人間に耳が生えた程度の亜人、あるいは、先ほど郊外で見かけた獣人がくたびれたスーツを着て屋台メシをかき込んでいる。誰も彼もが顔を汚していて、どこかくたびれているようにも見えた。


 デイビット鷹倉は開いている屋台に入る。中はガランとしていて、白いヒゲをたたえた老齢の店主が、新聞を見てタバコをくもらせていた。


「いらっしゃ――……!!」


「どうした、俺の顔に何かがついているのか?」


「あ、ああいや。すまねえ。一瞬、このオーガー租界の中にオークが居たかと思っちまった。アンタ、人間……だよな?」


「ああ。人間だ。小腹が空いているが何かあるか?」


「ウチは支那そば屋だよ旦那」


「ならそれを二つだ」


 店主が冷やかしではないのかといういぶかしんだ目を向けたが、デイビット鷹倉の目はとても真っ直ぐなものだった。これは失敬とばかりに支那そばを作り、すぐにデイビット鷹倉の前に置く。


「いただきます」


 デイビット鷹倉がぐおお、と両手を上げ、そして合掌を自らの水月みぞおちへ落とす。まるで拳法のような作法のそれに、店主はごくり、と喉を鳴らした。


 その巨大な手にはご飯のお椀のように見えるラーメン杯を手に、静かに香りを楽しむ。鼻腔をなでるのは、にぼし出汁を取ったまろやかなもの。僅かに鳥が混ざったものと感じたデブは、ウエディングケーキへ入刀させるが如く、静かに蓮華の先を浸す。


 スープを口の中に入れ、広がる味に思いを馳せる。少ない素材で、しかし海の恵みを遺憾なく閉じ込めたそれは、デイビット鷹倉の食史の中でも群を抜くほどのもの。やがて店主の、この区画の人間への思いが伝わってくる。


 それは閉じ込められた鳥が空に想うが如くの、小さな希望と諦念、そして優しさ。この苦界の中で、せめて仲間たちが腹を満たすようにと儲けを少なく質を良くしたそれ。


 すすり上げる縮れ麺が、思いと、噛み締めた苦労を巻き上げてゆく。上質な鶏ガラを手に入れることも難しいからと、ギリギリまで煮詰めこんだそれは涙ぐましい味。


 塩分が脂肪からだを満たしてゆく。カロリーの海の流れの一つになり、デイビット鷹倉という大海原に一つに成ってゆく。


 いつのまにか、二杯を平らげていた。


 その静かで優雅な食は、何かの舞踊のようであったと後に店主は語っている。


「人間の味だ。温かみのある、人の味。苦労を噛み締めた者を癒やす味。店主、貴方の支那そばに出会えて良かった」


 ホロリ、と伝う涙はこの街の地獄の片鱗を、スープという媒介を介して知ったから。その感謝の意を込めて、デイビット鷹倉はおそらく一番大きい金額である食券をスッとカウンターに置く。


「も、もらいすぎですぜ旦那」


「気持ちだ。それで同胞たちの腹を満たしてくれ」


「――な、なぜそれを」


「食事には意志が宿る。貴方は自分にできる範囲で、できる希望を紡いでいる。それを感じ取ったまでの事」


「恐れ入りました。これは、とんだ失礼を」


「いいのだ店主。それよりも、この街の事を教えて欲しい。俺はここに来たばかりでな」


 本来なら女神エーオースに全てを聞けばよいのだろう。だがデイビット鷹倉はそれを良しとは思わなかった。


 現地のものは現地で聞く。


 現地の特産品は現地に赴いて味わう。


 いかにぐ●ナビにレビューが書かれていようと、百聞は一見に如かずである。現にレビューゼロでも、入ってみるや意外、知る人ぞ知る名店だったという事例はかなり多くあるからだ。


「旦那、何の目的で来たのかは知らないが――早晩、ここから立ち去ったほうが良い」


「心配は無用だ」


「そうは言いますが……」




「おい、そこの」




 背後から声が聞こえた。デイビット鷹倉は暖簾をわけて外に出ると、そこには軍人が三人立っていた。オリーブグリーンの詰め襟、体格は大きく顔は赤黒い。口元から猪のような犬歯が上に伸びている。とても威圧的で、ほのかに腰へ伸びる殺気が見える。


「ジャーマニアル帝国の軍人だ!」


「ジャーマニアル?」


「おいそこの――貴様はオークか? 何ものだ?」


「名を名乗るならそちらからだろう」


「駄目だ旦那! そ、そいつらを刺激したら」


「ほう。人間無勢が威勢いせいのいい。だがこのジャンハイには、貴様のようなおのぼりの馬鹿はゴマンといる。もうオークで良い。貴様は連行する」


「意味が判らんな。俺は人間で――」


 即座に銃を額へと突きつけられた。その鈍色の光を見るや、辺りは騒然となる。


「田舎育ちの野人でも、これの意味はわかるだろう。おとなしくしろ人間」


「一つ聞く。俺は特に無礼をはたらいた覚えはない。貴様らの言うオークでも何でも無い。これは遊びか?」


「フフ、察しが良いな人間。そうだと言っても既に遅い。貴様はあちら側の牽制になる材料になる。オーガー租界に勝手に入ったオーク……はごう!」


 言葉が終わる前に、銃を突きつけていたはずのオーガーがくの字に折れ曲がる。 


 銃は発砲されることは無かった。それどころか宙を舞い、やがて隣を流れる水路にポチャリと落ちた。


 店主だけが目撃していた。デイビット鷹倉は恐るべきスピードで拳を振るっていたのだ。まず左手の人差し指――一本拳をオーガーの軍人の手首に突き刺し、握りごと解除して銃を払った。


 その痛みがオーガーの軍人の顔に現れる前に、左腕を引いた反動で右手の発勁。大皿の如き掌底が軍人の鳩尾みぞおちにめり込むと、波打つ肉とともに放たれた内勁の波動が彼の臓腑をグチャグチャにかき乱す。やがて瞳がぐるっと上を向いて白目になり、意識を体の外へと飛ばした。


 あっという間の制圧だった。


 背後のお付きの軍人たちは、嘲笑う顔が一転、膝をつく同僚を見て顔が強ばる。


「ガタイが大きいだけか。情けない。貴様らはここのメシを喰うに値しない」


 野郎! とお決まりの声を上げるオーガー達だが、その次の瞬間に彼らは意識を失うことになる。まさか、こんなずんぐりむっくりの体型から、脚が伸びるとは思ってもいなかったのだろう。


 鞭のように伸びる前蹴りと、続けざまに隣のオーガーの顎へと放たれた内回し蹴り。


 これは鷹倉流象形拳が一つ、『マグロノ型』の足技の一つである。黒潮滾る海の中を、身を捩る力だけで泳ぎ続けるたくましい尾ビレ。それを脚技に見立てた技は、キックボクシング界のトッププレイヤーすらが学びを乞うほどの技術である。


 あっという間に武装した軍人を制圧したデブ。その技は死してさらに生を受けてもますますのキレとコク、まろやかさを宿す。


 やがて、支那そば屋の店主をはじめとした、周囲から歓喜の声が上がった。

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