第二章 さまよえるデブい弾丸 ~デブ VS 軍用ワイバーン~

第六話 空とデブのあいだに

 心の師は言った。


『一分で終わらすぞ、腹ァ減ってんだ』


 つまりデブとは、そも素早いものである。食にありつくために、あらゆることを最適化し、効率化し、タスクを飲み込むようにして処理して、優雅に食事にありつくのだ。


 人間は太古の昔は狩猟民族であった。すばやく獲物を捕らえ、すばやく調理し、そして速やかに口を入れなければ死に直結した。


 カロリー摂取が命がけだった世界から幾星霜いくせいそう、今はみにく堕落だらくした動かざる豚が増えたことを、プロのデブは嘆いていた。


 デブとは素早くあり、常在戦場の心構えが肝要かんようである。


 そして女神に世界を救えとわれたのであれば、即座に立ち上がるのが英雄デブである。


「ここよ。ここだけはふざけることはできないから」


 プライベートゾーンは凝りに凝ったアメリカンな様相だったが、女神エーオースに導かれた屋上の祭壇は打って変わって神秘的な、実に真面目なファンタジーの景色だった。


 小型のパルテノン神殿のような建物。その中央に鎮座するのは白銀の大釜だった。その上に浮いているのは、先ほどベンチの上で浮かび上がっていた惑星の、もう輪郭がはっきりした映像だった。


「コレが俺の行く異世界か」


「ええ。この大釜の中が、貴方の感覚で言えば宇宙になっている。その中にぷかぷかと浮いているのが捨てられた世界マサマ=モンド。私は暁の女神だから、どの時代のどの暁に――つまり、世界のブレイクポイントにアクセスすることができる」


 実質処女ビッチのような駄女神だめがみも、一応ギリシャでブイブイ言わせた女神である。


 暁の女神エーオース。


 自然現象や天体の神格化であり、ひいては夜明けという概念――つまり、変革始まりの女神とも意味づけられている。


 そういう点で言えば、世界を守るという事に彼女はかなり相性が良い。人類のターニングポイントが巡る時、彼女は必ず遠くから見ていたはずだからだ。デイビット鷹倉を見初めたのも、その力と運命によるものだろう。


「それが、楔――食選器しょくせんきが歪んだ世界ということか?」


「ええ。私はそれを特食点とくしょくてんと名付けたの。今解っている特食点は五つ。最初はその中でも、一番貴方が行って違和感のない世界に行ってもらおうと思ってる」


 大釜の上に浮かぶ球体がクルリと周り、やがて赤い光点を示す。そこは元の地球に似ていて、そして微妙に違う世界。指し示す光は――


「ここは上海シャンハイか?」


「厳密には違うわ。中津巳なかつみ国と呼ばれる、貴方の世界でいう中国。そしてシャンハイではなく、ジャンハイと呼ばれているみたい」


「本当に隣り合って違う世界なのだな――しかし、参ったな。俺は中国語はできないぞ」


「そこは心配しないで。神使みつかいの加護として、言葉だけは話せるようになってる」


「それはありがたい事だ」


「あとは、私の与える権能スキル。でも、ちょっと、その」


 女神エーオースはここに来てもじもじし始めた。長身美人がしおらしくしているのは、どことなく可愛らしいものだなと思いつつデイビット鷹倉は彼女の言葉を待つ。


「貴方は、そう、何ていうのかしら。アニメとかラノベとかのメディア作品でチートとか、そういうのを授けられるとかあったりな~とか思ったりしない?」


 デイビット鷹倉は武人である。拳に一直線だったので、正直なところオタク知識には少し疎い。だが鷹倉流象形拳一〇八型、その各型の兄弟弟子達の中にはオタク文化にのめり込んでいた奴もいたなと思い出す。


「聞いたことはあるが、俺は特にそれを貰おうとは思っていない。この鍛えた拳で十分だ」


「そう言うと思ったの。でも、これは女神が遣わす神使への礼儀のようなものだから」


「それならば仕方ない。郷に入っては郷に従おう。焼肉屋でカレーを頼む愚はしない主義だ」


「そう言ってもらえるとその、すんごい、助かるの、だけれど……」


「?」


「ご、ごめんなさい! あ、みたい!」


 ガバーっと頭を下げる女神エーオース。


「どういう事だ? 俺に何か問題があるのか?」


「違うの。デイブ、貴方は強いのよ特に。神使ってのは何も貴方のように飛び抜けた人がなるとは限らないの。ぶっちゃけ適正があれば良いと言えば良いの」


「その中で優秀と言われるなら悪い気分はしないな」


優秀フィレどころか最上級サーロインよ……話を戻すわ。普通の人間は強者への願望が強い。だからチートと呼ばれる力が紐付けられやすい。そして反則技チートは常に奪うもの」


「奪うもの?」


「――悪人と認めた相手の、運命を力にするの。都合がいいように相手は打ち砕かれるわ。都合がいいようにチャンスが訪れるわ。それは相手の幸運を全てエネルギーにしているからなの。あふれて漏れ出して、ゆくゆくは凡人が都合のいいハーレムを作れるほどになるわ」


「……それは、


 デブは「そんなインスタントで力をつけるなど!」と激高げっこうするかと思いきや、まるで雨に濡れた子犬を見たように哀れんだ。


 インスタント自体は良いものだ。三分で食事ができるなど、デイビット鷹倉は今でもその技術に対し、尊敬の念を片時も忘れたことはない。


 だが、インスタントだけでは人は駄目になってしまう。インスタント麺は湯を入れたらあとは口を開けて待つだけでいい。それが日常化してしまうと、人は人でなく、豚として肥えてしまう。


 足るものをるということは、つまり経験を積み、自分の腹の許容量を知り、食を一番旨く食べる量である。それは何も食だけでなく、人生においても言えることだ。


 デイビット鷹倉には見える。


 インスタントにかまけた彼らの行き着く果てが見えている。


 インスタントの力に酔い、力に飽き――と言いながら、くだらない時間をダラダラと過ごすのだろう。自分の力量を測ること叶わず、その強大な力を過小評価するのだろう。


 やがて小賢しい考えをさも大事のように喧伝けんでんし、やってくる飽食気味の幸福ばかりを口を開けて待つのだ。ずっと、味に飽きたまま。


 それは酷な事である。力に呑まれ、豚になる。


 言うなれば神による家畜化だ。


 見ているものに、実に都合の良い可愛い愛玩豚ピグレットなのではないか。


 デブは豚ではない。断じて、否である。


 デブとは己から幸福を掴みにゆくハンターであり、その目的とは苦難の果てに美味いものを腹一杯に喰らうことにある。たとえエーオースが力を渡したとしても、デイビット鷹倉は決して使うことはないだろう。


「でも最近、神フレの話を聞くと『流石に展開がダレるから与えるだけってどうなんだろう』って話が出ててね」


「それはそうだろう」


「ええ。だから『生前の力で生きていけるのもいいよね』って生前の力を存分に振るえるように、あえて神様の顔出さずにちょっぴりの幸福を与えて見守ってあげるのが流行りみたいよ?」


「そうなんだな――って、今気づいたんだが神フレっているのか……まあいい、それで、俺には何を与えるつもりだ? 断っておくが、その話を聞いたなら一方的なチートは嫌だぞ」


「できないから安心して。だから、その、こういうのはどうかしら」


 女神エーオースがそう言って、胸元に指で三角の空間を作る。しばらくして緑色の燐光を浮かび上がらせると、それを口に寄せて吸い込む。


 デイビット鷹倉が静かに待っていると、女神エーオースがゆっくりと近づき、その光漏れる唇を彼の額へと押し付けた。


 瞬間、温かい感触とともにデイビット鷹倉の体に、何かが流れ込むような感覚があった。


 それは循環だった。体に培った経験が、力が、知識が、そしてカロリーが混ざり、流れを生むイメージ。様々な要素の小川が一本の川になり、流れいでて大海へと渡る。そこは彼の彼たるプールであり、母なる海だった。


 カロリーの海。カロリーとは彼であり、彼とはカロリーである。


「うまくいったかしら」


 ハッとして自分の腹や胸を触るデイビット鷹倉。目立った変化は無いが、僅かに滾るようなカロリーを感じていた。


「貴方には『概念喰らいイメージイーター』という、熱を概念に、概念を熱にする力を与えたわ」


「どういうことだ」


「簡単に言うと、貴方はその身にカロリーを貯め込むことで強くなる。そして、概念を使うことでそのカロリーは取られてゆく」


「この身を消費して力を得るということか」


「貴方はただのぽっちゃり系ではなかった。溜め込んだ感謝をカロリーとして崇拝して、次なる闘いのカロリーにした。その解釈を拡張させたの――カロリー消費はそのまま力になる。食事や概念はまた、その力のストック、つまりカロリーとなる」


「具体的には?」


「例えば貴方は鉄という概念をも喰らうことができる。スプーンでも何でも良いわ。それを喰らうことで拳を鋼鉄のように固くすることができる。当然、その力を発現させるには、己のカロリーを使うことになる」


 ようは、等価交換の延長線上。


 カロリー消費の拡張効果。


 彼のカロリーは概念を喰らうことでトリガーとなり、その身に腹肉のような概念を纏うことができる。当然、その代償はカロリーで支払われることになる。


「石のように固くなりたいなら石を喰らい、その概念をカロリー消費で宿すと」


「効果は一時的なもの。そして、使えば使うほど痩せてゆくわ。他の人なら喉から手が出るほど欲しいラ●ザップ真っ青な能力だけど、貴方にとり体に纏ったカロリーは大切なもののはず」


 その力は、使い方によっては凄まじい能力となるのだろう。だが女神エーオースはそこにを置いた。遣うということは差し出すこと。どんな世界でも必ず存在する等価交換という概念を拡張させ、彼に与えた。


 彼はそれを振るうごとに、デブにとり黄金に等しいカロリーを失うことになる。


「フン、このくらいがいい。大切な何かを差し出さない力などたかが知れている」


「濡れ……いえ、惚れ惚れする男らしさだわ。ステキよデイブ」


「俺を見初めた神に恥じぬようにしないといけないからな。これでも精一杯だ」


 か~ッ!


 たまんねえなオィィ!


 抱けよもう!


 と、あやうく大泥棒式脱衣ルパンダイブするのを堪えた女神は、努めて女神スマイルを浮かべる。正直しんどい。女神としての最低限の正気を保つのが、だ。


「ならさっさと行こう。マシンガンでも出されたら、せいぜいマンホールでも喰って身体を固くしようか」


「そのいきよデイブ。やろうと思ったなら概念を口に持っていって。あとは貴方に宿した私の力が導いてくれるはず。私はいつも神通力で貴方をサポートするわ。カロリーの増減もレベルとして貴方に伝える。細かい駆け引きがあるなら言って頂戴」


「十分だ。帰りにはハンバーガーを用意してくれると嬉しい」


「勿論! じゃあ――始めるわ。そこに座って。精神を集中しやすい座り方なら何でも良い」


 デイビット鷹倉は女神に促されるまま、その場に禅を組み目を瞑る。


「気をつけて。わがままばかりだけど――貴方を失いたくない」


「わがままな女ほど良い女だ。心配するな、戻ってくる」


 少しの、間。


 女神とデブが、心通わせる幸せの刻。


 このまま、時間が止まればいいのに――


 だが、二人とも心の中でかぶりを振り――女神は、何世紀ぶりに真面目な顔になる。


 デブの頬に触れるのは女神の掌の柔肌。次第にそれは、とろける精神と共に温度となり、再びカロリーの海へとデブを誘う。


 やがて見えてくるのは長い光のトンネル。その身が今、液状のような、ガス状のような、とにかく象る輪郭が曖昧な存在であるということが解る。頬にある女神の体温がなければ、この光の空洞に溶けてしまいそうだ。


 目を開けて見えたのは、ぽっかりと開く蒼い穴。


 それはこの世界でサイドカーに乗せられた時に見た、底抜けに青く澄んだ空だった。



 ★



 流れ込むのは、言葉だった。


 ――なぜ、この世界に神様がいないのだろうか。


 ――私は力などいらないと思っていた。信念さえあれば、食べ物は皆に行き届くのだと。


 ――だが現実はどうだろうか。


 ――土地を荒らしたのは、この雄大な地を蹂躙せんと砲を構えたブタ共だった。


 ――遅れて貪ろうとやってきたのは、体だけ大きく尊大な鬼共だった。


 ――国は、廃れ、腐り、それでも私は守ろうとした。


 ――護れなかった。崩れ落ちた娘は、焼け焦げた妻は……強者の肉と成った。


 ――なぜなのか、ようやく理解することができた。


 ――この黄金に触れた時、全てを理解した。


 ――


 ――今更、何が救いだというのか。許せない。許すことなどできるものか!


 ――これよりは叛逆はんぎゃく。全てを逆転させ、私は守護者から蹂躙者となる。


 ――全ての生きとし生きる者は弱者である。私以外の全ては弱者である!


 ――絶命せよ。絶滅せよ。そして絶望せよ! 貴様らの生きる意味は絶無である!


 ――ここは、弱絶強生の魔都である!


 ――覚悟せよ! 覚悟せよ!


 ――全ては、私のために絶命せよ!



 ★



「お前に、何があったんだ――」


 そう言葉に出した時、デブは既に地に足をつけていた。


「ここは……?」


 目に飛び込んでくるのは牧歌的な風景。たっているのはどうやら土むき出しの街道のようだ。


「これが異世界というものか――な!」


 徐に空を見上げるとそこには驚くべき光景が広がっていた。


 なんと、ドラゴンが当たり前のように空を飛んでいるのだ。よくよく見るとそれは鞍をつけ、背に人を載せている。大きな箱を抱えて飛んでいることから、仕事として何かを輸送しているのだろう。


 辺りを見回すと、そこは田園のような場所。田植えをしているのは全身に毛が生えた獣人――ワーウルフと言えば良いのだろうか。ほとんどコスプレや特殊メイクでしか見たことの無い人間大の生き物が当たり前のようにいる。


「おーいどいとくれー!」


 背から荷車を引くような音がする。デイビット鷹倉は言われた通りどくと、そこを通ったのはドワーフと呼ばれる、デイビット鷹倉と同じ樽のような体型で、しかし低身長の割には腕がごつい男が馬車で街道を走っていた。


「ありがとよ、オークの旦那」


 どうやらデイビット鷹倉はそのオーク族という種族に間違えられたらしい。訂正する間もなくぽかんとしているうちに、馬車はガタゴトと通り過ぎていった。


『うまく転生できたようね』


 脳に響く声がする。女神エーオースの声だ。


「ああ、空気が済んでいて、どこか中華的な世界。でも通行人はほとんど人じゃなくて――ドラゴンすら空を飛んでいる」


『それが異世界よデイブ。もちろん人間族もいるけど――それが基本世界にも起こりうる一つの可能性だったものよ』


「驚いた。夢ではないのだな。それよりも、俺はここからどこに行けば良いのだ?」


『そこは貴方で言う第一次世界大戦頃の中国に相当するわ。そこはジャンハイの郊外でとても牧歌的だけど、馬車の行った方向に行けばだんだんと近代化されてゆくはず。貴方にとってはクラシカルかもしれないけどね』


「ならばそちらへ行こう。歩きながら世界を眺めるのもいい」


「今のうちに異世界に慣れておいて――気をつけて。元の世界でもそうだったけど、今のジャンハイは魔都そのものになっている。強きものだけが生き、弱き者は絶死。生きたまま悪人に喰われる地獄になっているわ」


「上等だ。俺がペロリと喰ってやろう」


 デブ、異邦の地を踏みしめる。


 鬼が出るか蛇が出るか。できるならうなぎが良いなと思いつつ。


 デブは自ら地獄へ足を向けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます