第四話 たとえばデブがいるだけで心が強くなれること

 一気に視界が広がり、見えたのは青空がどこまでも続く世界。地面も鏡のように空を映し出す、今風に言うならばウユニ塩湖のような場所だった。


 座っているのは巨大なサイドカーで、巨体のデイビット鷹倉も座れるほどのもの。そして牽引するのは、これまた巨大な――オーロラのような虹色塗装のオイルタンクが目立つ――魔改造バイクだった。


「ごめんなさい勇士、もっと早く連れていけば良かった。美しい女神のイメージのまま迎えたかったのに! あのドサンピン共が!」


 見上げるとそこには、デイビット鷹倉でもうーむと唸るほどの美人だった。太すぎずむっちりとした、健康的な体つき。出るところは出ていて、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる。


 髪は根本は金だが、後ろにまとめ上げている場所からこれまたオーロラのように色が変わっている不思議な髪色。顔はどこぞのハリウッド女優ですかと言わんばかりの彫りの深い顔立ちで、しかしどこか愛らしさ――いや、何か抜けているようなものが見える。


「女神様か。流石に美しい。だがそのバイカーのような姿は一体」


「い、いや……見ないで勇士……はずかしいんです……」


 顔を赤らめて泣きそうになるエーオース。それもそのはず、艶めかしい膝までの黒ブーツに、ホットパンツにへそ出し黒タンクトップ。さらにその上に背中に翼の刺繍が見事な赤い革ジャンを着込んでいるのだ。


 かなりアメリカンな美人だが、女神様と言われたら「ハーレーダ●ットソンの神様かな?」と首をかしげるほどバッチリきまっていた。



「待てやゴルアアアアアアア! 抜け駆けしてんじゃあねえぞダボがあああああ!」



 言葉は汚いが、とても可憐な声。女性声優が無理を出してドスを効かせているようなそれは滑稽ですらある。二人が振り返ってみてみると、なんと翼が生えた特攻服の乙女たちが鉄パイプを携えて猛追していた。


 皆一様に美しい顔立ちなのに、黒いマスクをしたり髪を奇抜な色にしたりピアスをジャラジャラつけたりアイシャドーがバッチリキマっていたりと正直おっかない。純度一〇〇%混じりっけなしのヤベー奴らである。


「死後の世界に暴走族が!?」


「いえ、あれは戦乙女ワルキューレ。死後の英雄の御霊をヴァルハラに迎える役目を持っています。でも今じゃ英雄獲得ヒーローゲッチュに必死で、この極東の世界にも手を伸ばしているのです」


英雄獲得星5ガチャ10連? たしかヴァルハラは次のラグナロクに備える英雄のための兵舎と本で読んだことがあるが」


「そのとおりです勇士。けれど、もう起こらない神話大戦に備えて集めるだけあつめて、最終的には堕落の園になりました。脱走者も多く出て、けれど力と冠位とノルマだけを尊重して。最終的にああなるのは火を見るより明らかでした」


「北欧の神話のイメージが全て崩れた気がするのだが」


「神様などそのようなものです。人間を愛しているのに傲慢ばかり。だから私も、こうやって現世の憧れを形にしています。でも、勇士に見られたのは、恥ずかしい……貴方の国は、ナデシコという美がありますね? わ、私はそれの真反対を……」


「いいや女神様。貴方は美しい。女性がしおらしく、静かにしているだけが美とは俺は思わん。貴方のまたがるそのバイクも全て貴方を象っている。女性に言うのは何だが、雄々しく、包み込むようにまるっと美しい」


 きざな言葉に聞こえるだろうが、デイビット鷹倉にとりこの言葉は重みがある。彼は彼なりに自分を見つめ、デブという美を突き詰めて生きてきた男だ。


 勿論、俗世の好みなど百も承知。だが敢えてデブの道を突き進んだのは、己の武愛に努めて誠実だったからだ。


 形など不要。その心の持ちようこそが美である。そも順序が逆なのだ。心が美しいからこそ形が美しいのである。



 唯一無二然して三段腹、拳肉無双焼肉定食――されど心は贅肉に非ず、其は鉄硯摩穿てっけんませんの果ての串である。



 これはデブ道に入った息子へ贈った、実父であり師父の鷹倉堅一郎たかくらけんいちろうの言葉である。


 唯一無二のデブ無双になろうとも、心は常に研鑽けんさんに置き、森羅万象を見据えて真に至る道へと串を撃つ。バーベキューの串を刺すにもコツがあるように、何ものにも見るべき極点があることを忘るること無かれ、砂肝すなぎも入りの焼肉定食は好物だから実家に戻ったらいっぱい買ってくるように――という温かくも厳しい言葉だった。因みに砂肝はデイビット鷹倉も大好物である。


 そんな心持の勇士にストレートに誉められては、愛多き女神エーオースも一発で堕ちる。過去人間を愛してやらかしまくった彼女は、ここ数世紀ぽっちゃり系が好みとあってすぐに正気を失ってしまう。


「………………好きです。神格化けっこんしてください………………」


「え?」


「ああ! いや! 何でもありません! くそう激シコだ! 絶対に貴方を護る!」



「おどりゃ待たんかい、おぉ!?」



 こんどは無駄にイケボな声が響いてきた。振り返ってみると、なんと黒塗りのベンツのような車が数台猛追している。


 さらに追随するトラックにはどでかい蓮を模した黄金のステージがあって、そこで袈裟けさまといつつも何やら世紀末めいたフェイスペイントのビーンズヘッズ坊主頭たちが口元を銀色に光らせ、火を噴くギターやら何やらで大音声のロックなお経を上げている。何だこれ。


「…………(唖然)」


「言葉を失うのも解ります。天部の連中も英雄獲得ヒーローゲットだぜに必死なのです。ジャパン系列は護り手がいつも不足していますから。聞く所によると金剛力士セコム達が次々に過労で倒れているとか」


「それで仕事を分散して、あんな端役たちでも際どい格好をしているのか。世紀末世も末だな。あんな感じで、どこもかしこも人材不足なのか?」


「ええその通り。この均衡の取れた太平の世――無論、貴方の世界で中東などは戦乱の中ですが。こうも世界を変えた英雄は中々いません。少し前、アメリカンなスナイパーが天に登ったときもそう。リンゴ社のCEOジョブズの時などギリギリラグナロクになりました」


「起こりそうになっているな神話大戦ラグナロク。神様たち、もう少しやることがあるのではなかろうか」


「人間が象ってこその神様ですから」


「ああなるほど。それでは死後の世界も世知辛いというものか」



『そこの駄女神! 止まりなさい! こちらは天界――』



 パトランプと共に降ってきたのは、ようやくまともそうな声。見上げてみると、タイヤがジェットになっているパトカーが数台。そして白馬に乗る、背中に白い翼を携えた警官たちが並走し始めていた。


 しかしだから何だと言わんばかりに、女神エーオースはいきなり銃を抜く。それは映画でとても見慣れた散弾銃ショットガン。M1887と呼ばれるそれは、確かに概念として神格化されても良いほどの有名な銃だ。


 因みにこの銃は映画でシュワちゃんがやったようにクルッと浪漫リロードすると壊れやすい。公式も「いい加減に真似すんなっつってんだろ馬鹿!」とユーザーに向けて激おこであるとかなんとか。カッコイイから仕方ないね。


 さて女神はというと怒りの灯った碧眼を天使に向け、躊躇ちゅうちょなく発砲した。散弾銃ショットガンなのに何故かレーザーめいた熱波が青空を走り、あっという間にメガホンを持った天使を焼いてしまった。


「誰が駄女神だこのダボが。そのチンケな羽ェむしったろかい、おぉ?」


 ビッと中指を立てる女神。その格好も相まってかなり似合っている。というよりも、やりなれているといった方が正しいのだろうか。


 しかし直ぐに横の想い人に向かって女神スマイルを向けた。あんまり意味のないことではあるが、これも彼女なりの作法なのだろう。


「大丈夫! 峰打ちです! 流石に私は命まで取りませんから!」


「銃に峰は無いと思うんだがな……それよりも良いのか? 治安部隊のような連中だが」


「貴方の世界でも、一番軍事力を持つ国が世界の警察を気取っていたでしょう? ああいう感じです」


「すごく解りやすいな。でも、それがそうなら、彼らの神がこの世界を管理しているのではないか?」


「大方は。ただこの世界の真実はパッチワークのような世界でして。唯一神なんてどこにも居なくて、名乗っているだけ。貴方の国の戦国時代のように、どこの土地の信奉者が何人、というのがナンボの世界になっているのですよ」


信仰心あたまかずこそ力、か」


「ですから、その、私はこれでも力が弱くて。古いってだけでちょっとブイブイ言わせるってだけで」


「もう一度聞くが、そんな女神様が俺に何の用だ?」


「貴方に世界を救ってほしいのです。私が拾い上げた、を」


「どういう事だ?」


「話は後です。さあ掴まって! もう少しで私の神域! そこに飛び込めば誰も手出しはできません。たとえ私の約束をスコーンと忘れたボケ老人のゼウスも! 強欲すぎて自滅してる博打打ちギャンブラーのオーディンも! ちょっぴりタイプな釈迦如来だって入ることはできません!」



『待たんかいゴルァアアアアアア! オヤジからたまわったグングニールスーパー鉄パイプかましたろか、おぉ!?』


『ガキャあ舐めよって! もう一発、金剛杵ナパームや! 南無阿弥陀仏いてもうたれや!』


『HQHQ! こちら天使隊日本班! 権天使機動隊の派遣を要請します! ええそう、例の駄女神の魔改造バイクのオーロラ号です! こちらの装備では歯が立ちません! 雷槍アサルトライフルの使用許可を! 早く! ほかの神使みつかいたちもかなり派遣されている!』



 魔改造バイクオーロラ号は疾走る。


 その美しい青空にタイヤ痕を残してただ只管に。


 頬を撃つ風に肉の波を浮かべながら、デイビット鷹倉は遠くを見つめ、女神の言うままにしかとサイドカーの縁を握りしめる。


 そして思うのだ。


 何やねんこれ、と。



 ★



 突如現れた光のゲートのような場所をくぐると、そこはまた別世界であった。


 そこは神話に出てくる美しい庭園。石造りの宮殿は綺羅きらびやかで、極彩色の鳥が戻った女神に祝福をしているようだ。


 魔改造バイクは宮殿の石畳――が、何故かアスファルトで舗装ほそうされた道をゆっくりと走ると、次第に見えてきたのは自動で巻き上がるシャッターのガレージ。とてもファンタジックな宮殿なのだが、近づくと恐ろしく近代化されているのが解った。


 ガレージに入ると女神はエンジンを切り、そして思いっきりガッツポーズをしている。


「やった、やったわ! ついに私の目に叶う勇士を迎えられた! やった!」


 そう言ってまるでレスラーがリングポストから落ちるように女神がデブへと飛び込む。デイビット鷹倉も油断していたが、思いの外衝撃は無く、それはふわりとかかるコース料理のナプキンのようだった。


「女神様」


「やった! あーんもうこれ! もにゅもにゅ! なのに汗臭くない! ステキ!」


 ぐりんぐりんと目の覚める美人が己の巨乳に顔を埋めている。流石のデイビット鷹倉も困り果て、身体を硬直させてしまう。


 しかし。


 次第に女神の声は、嗚咽おえつ混じりの声に変わってゆく。


「ひぐ……さ、寂しかった……何千年も一人。愛した人は老いさらばえて、嘆いてセミになったものもいた。愛そうとした魂はみんなヤツらに取られていた。でも、よ、ようやく英雄が現れた……貴方は、貴方は護るべき勇士……ひぐ……」


 静かに閉まるシャッターの音。石造りの、しかし近代的なメンテナンス道具の並ぶガレージには、主が帰ってきたのにも関わらず誰も顔をだすことは無かった。


 デイビット鷹倉は聡い方だ。つまりこのバイカーの姿も、ありえない程に近代化された宮殿も彼女の孤独を埋めるための手遊てすさびのようなもの。それでいて、何かを護るという使命感をいだき続け、駄女神と揶揄やゆされながらも必死だったのだ。


 それを悟り、僅かに浮かび上がるムラムラも霧散して、ただただ女神の美しい髪を撫でる。


「!!」


「女神よ。その孤独、察するに余りある。泣きたいなら俺の巨乳で泣いてくれ。元より無頼バカたちに奪われそうになった魂だ。俺は人間だからやれることは少ないが、できる範囲で貴方に尽くそう」


 石造りのガレージにこだまするのは、悠久ゆうきゅうを孤独に生きた女神の、人に見せることかなわぬ純粋な涙。漢デイビット鷹倉はただただデブで在るようにして、その胸を彼女に貸していた。

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