第二話 あの日あの時あの場所でデブに会えなかったら

 デイビット鷹倉こと鷹倉健人たかくらけんとはデブである。


 しかしただのデブではない。日本で数少ないプロのデブであった。


 彼の仕事はマルチデブタレント兼、格闘家という異色なもの。齢二十四にして新たな総合格闘技団体「NIOU(仁王)」のトッププレイヤーでありながら、時折グルメ番組等でお茶の間にお馴染みの人物として認知されていた。


 テレビに出ることもあるとは言え、彼は既存のデブタレントとは一線を画している。


 デブとはある意味、その愛嬌のある笑顔にて一定の存在を許されている。誰もブスッとした表情のグルメリポーターの番組を見たくないように、彼らには必ず笑顔がある。


 しかしデイビット鷹倉はあろうことか、笑顔とはかけ離れた表情を常に浮かべている。容貌魁偉ようぼうかいいとも評される丸いシルエットに、所属団体の名の通り仁王のような顔。金剛力士像の阿吽であるならば、静かに威圧する吽の方。だがそれは、彼が徹底して己を武人として律しているからでもある。


 常在戦場。


 この太平の世に、彼のような心掛けをする人間がどれほどいるのだろうか。


 実際彼は鷹倉流象形拳という拳法の次期当主であり、この技を広めんと総合格闘技の門戸を叩いたという経歴がある。


 日本の山奥で醸成された、大自然を其の身に宿し、動物を模して戦うという象形拳。鷹倉流に在るその一○八の型のうち、彼は特にいのしし鹿しかくまうしまぐろうなぎにわとりといった俗称『七食ノ型』を自在に操る。


 その技のキレとコク、まろやかさは『現代の拳聖』と称された実父であり師父堅一郎を以って「お前何で好きな食べ物のものばっか歴代最強レベルになんの? 偏食は良くないぞ!」と言わしめるものである。


 幼少の頃より武に身を置き、それを広めんと羽ばたいた巨漢。


 最初こそ体脂肪率は一桁台をキープし、顔も強面と評判で、身体も筋肉の要塞のようなものであった。それこそ一昔前の筋肉ムキムキのハリウッドスターかくやといった外見であったため、総合ルールで勝ち続けるたびにモデルやカメオ出演などが殺到することになった。


 元服を迎えリングネームをデイビット鷹倉と名乗る頃には、ターミネーターの再来とまでもてはやされ、ヘビー級も順調に勝ち進んでメインを張るようにもなった。まさに絵に書いた順風満帆な格闘家人生と言えるだろう。


 しかしそんな彼に試練が待ち受けていた。それは他人にとってはとても小さいことかもしれない。何のことはない、プライベートで少女にサインをねだられた時、突然泣かれただけだ。


 しかしデイビット鷹倉はこれに大いに傷つき、そして慢心を激しく後悔することになった。


 武とはほこを止めると書くもの。


 ひいては理不尽な力を払うため、無辜むこの人を護るための盾になるものである。


 彼の思う武はそうであり、武とはそうあるべきだと思っていた。


 しかし彼の泰然たいぜんとした武に、にじみでる『強』という狂気に――好意を向けたはずの少女は、その魁偉かいい気圧けおされて泣いてしまったのだ。


 デイビット鷹倉は己を恥じた。にじみ出る武が、知らずの内に人を傷つけているなどとは。


 元服を終えたばかりの彼の心は自責と後悔、そして奉じた武への申し訳無さでズタズタになり、次第にふさぎ込むようになっていた。


 だが、そのストイックとも言える武愛に、微笑まぬ神はいなかったようだ。


 世間が彼の顔を忘れそうになる頃。デイビット鷹倉は暗闇の部屋で一人テレビを見ていると、突如身体に雷撃に似た衝撃が疾走った。



『まるで牛肉のワンダーランドや~!』 



 その画面に映っていたのは、当時嫌悪感すら感じていたデブタレント。豚とも言える醜い腹を揺さぶりながら、さも美味そうにグルメリポートする姿だった。


 空間を貪るような巨漢が大きく口を開け、食い、そして感謝の笑顔を綻ばせる。それだけだ。


 それだけなのに作った料理人も笑顔になり、スタジオの気難しそうなコメンテーターもこの時ばかりは口元を緩ませ、頭の軽そうな量産型アイドルは初めて生の声で「あれ、食いてぇ……」とギリギリなコメントをしてしまう。


 それは枯れた現代人が見つけたオアシスとも、安らぎの一時とも思える空間。デイビット鷹倉が泣かした少女の周りによどんだ、力への恐怖とは真逆のものだった。


 いつのまにか彼の目頭に熱いものがこみ上げ、やがて滂沱ぼうだの涙を流す。


 これこそが武であると、彼は理解した。


 グルメリポーターがしたのは、美味そうに食べただけ。それだけだ。それだけなのに人々は警戒心を解き、笑顔を向け、あろうことか心の衝立ついたてをも取っ払う。一足、一挙動、一息ひといき――いやソレすらもなく。敵意も悪意も警戒心をも全てまるっと取り払う。


 それは至るものの目指す頂き。拳も足刀も入身も投げも使わずに陰の気を霧散させる。それは完成された修むる武であり、納める武であり、無辜を護る武であった。



 ――我、天啓てんけいを得たり。


 ――これよりはデブの道也!



 それからというもの、デイビット鷹倉はデブを目指した。


 にじみ出る殺意を贅肉に染み込ませ。


 刃を思わせるバルクに丸みを帯びさせ。


 流石に長年付き添った顔を変えることはできないから、仏のような笑顔を務めること、一年。まるまると太った彼を世間は笑い、ピエロを見るように指さしたが――復帰戦で元世界チャンピオンをコテンパンにすると、それはすぐに無くなった。


 嘲笑は賞賛ほめに変わり、デブという認識すらをひっくり返し。そうしてデブは最早彼にとりプライドそのものになっていた。


 相変わらず仁王のような顔なのに、己を作った食に感謝を努めると、やがてその顔はどこか菩薩じみたものとなった。加えて時折アツアツの肉串を眺めた時に見せる、まるで剣豪が書や花を慈しむような表情は多くの女性達を虜にし、同時に「日本男児はかくあるべきである」と男達の指標にもなった。



 日の本一のデブ。


 唯一無二しかして三段腹、拳肉無双焼肉定食。



 まさに之即ち天下一のデブである。しかしデイビット鷹倉は未だ慢心すること無く、ただただ静かに彼の道を歩まんと、今日も修行に明け暮れていた。


 次の対戦者は二階級を防衛し続けるワールドチャンピオンである。「な~にが二階級制覇だ、こちとら三段腹じゃぞ」という汚い言葉を努めて抑え、会見場で挑発する相手を涼しい菩薩顔でスルーをすると、記者団に対して、


「山を喰いに行ってくる」


 とだけ言って山ごもりに直行した。


 彼の修行とは即ち体重増量デブエットである。山は恵みの場である。きのこも樹の実も、山菜も、ウサギも鹿も何でもある。これらを五体投地感謝を示して只管に喰らい、己が力とするがデイビット鷹倉式デブエット。


 その身を自然に象り、森羅万象と一体となりて其の力を取り込む。もともと鷹倉流象形拳の行の一つを断食ではなく爆食にアレンジしたものだが、これを実父であり師父である堅一郎に報告すると「もう好きにしてくれ。ワシは地下アイドル追っかけに忙しいのだ。はいはい皆伝皆伝」とお墨付きをもらった。


 そうして山ごもりをはじめて、はや二週間目。


 今日は心の師の言葉である、『カレーは飲み物』を実践するべく業務用の寸胴にガロン単位の山菜カレーを作った。


 しかし肝心のご飯はおにぎり一つ。昨日は鹿を掌底で仕留めたので調子にのってコメを一俵を平らげてしまったので、いかに体重増量デブエットとは言えバランスは大切。よって本日の量は控えめである。


「山の恵に、地の恵みに。森羅万象、俺を象る幸せを感謝して――」


 いただきます。


 そう言って口を開けた、その刹那。


 急に局所的な突風が吹いた。


「おっとっと?」


 舞い散る木の葉が寸胴の中に入ろうとしたのを見て、思わずジャブ気味に左手を突き出し、ルーにふれる前にそれを捕る。しかも数枚同時、何発もジャブを放っている。その速度は霞がかかるほどのものだ。


 海外メディアが『ミート・マシンガン』と揶揄やゆする左手の高速連続ジャブ。正確には鷹倉流象形拳『鶏ノ型』の一つ。ニワトリが餌をつつくその素早さを模した拳は、なるほどあの異常な素早さに似る。


 全ての舞い散る広葉樹の葉を取り、蓋を締めてニマリ。そうして食事に戻ろうとした時、彼は空腹による判断能力低下で、己が右手に持っていたおにぎりを取りこぼしていた事をようやく気づくことになる。


 振り向くと、童話かくやと言わんばかりにコロコロと転がるおにぎり。


「待て!」


 大音声の悲鳴に似た声が山に轟く。そうしてデブは立ち上がると、まるで猪のように疾走を始めた。


 無常にもコロコロと転がるおにぎり。対して走っているのかバウンドしているのか、それとも木々を舞いながら飛んでいるのかわからないデイビット鷹倉。


 彼らの追跡劇は時間にして五分ほどだった。しかしおにぎりの落ちた先が急斜面だったりしたもので、予想よりも遥かに奥へと走ってしまったようだ。ようやくおにぎりが止まった場所は、デイビット鷹倉も立ち入ったことのない場所だった。


 にわかに、殺気を感じ取る。


 彼はすぐに開手で構えると、ゆっくりとあたりを見回す。そうしてじり、じりとおにぎりに近づいてゆくと、やがて殺気の主が岩陰から姿を表した。


「ば、馬鹿な! 本州にヒグマだと!?」


 彼の驚くのも無理はなかった。本来いるはずのない、日本最大の陸上動物であるヒグマ。その体長はゆうに二メートルを超えて、見積もってデイビット鷹倉より百キロは多そうだ。


 ヒグマはかなり飢えているようにも見えた。それはおそらく、何らかの方法で本州に来て、慣れない気候と場所に苦労しているのだろう。本来なら草食を中心とした雑食性の生き物なのだが、こうも飢えていると普段なら襲わない人間にも牙を剥く。


 加えてデイビット鷹倉は先ほどカレーを作ったばかりだ。昨日の余り物の鹿肉をさばいた血の匂いは染み付いている筈だし、カレーを作る時に使った香料スパイスにはヒグマの好むものもあったのかもしれない。いやそういうの知らんけど。


 飢えたヒグマが威嚇のために立ち上がる。両の手を大きく開いている。遠吠えもして、完全にやる気になっているようだ。


「ぐう、タイミングが悪い。腹が減ってるなら俺のメシを分けてやるが……いやまてよ?」


 彼は思い直した。


 彼は今ここに山を喰らいに来ているのだ。


 それは当然、いま相対しているヒグマにも及ぶ事でもある。ヒグマは一般的にシャケを食べている時期は味がツキノワグマに劣ると言われているが、おそらくこのヒグマは慣れない地で樹の実やら果実を食べて繋いでいたに違いない。そういう時期のヒグマは身が柔らかくなって美味しいのだとか。



 ぐうう、と鳴る腹はである。



 ヒグマが一方的にデイビット鷹倉をエサと認識したように、彼もまたヒグマを山の恵と認識する。


 そこからやることは決まっていた。構える型は鷹倉流象形拳『熊ノ型』。


 熊拳とは即ち撫肩なでかたであり、脱力からの打ち払うような拳を以って薙ぎ、あるいは受け流し、肩を円の起点として投げにまで至る。さらに空手も混ざる鷹倉流の拳は熊手に似て、内勁すらも操るに至る。


「来い、北方からの放浪者ドリフター。貴様を美味しく頂いてやる」


 ――それが、この世界での最後の言葉になろうとは、彼自身思いもよらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます