デブ、異世界は突然に ~脂肪を溜め込んでレベルUP! この体にいくらかけたと思っているんだ!~

三ツ葉亮佑

秘匿されしゴールデンフライドチキン

第一章 デブが翔んだ日 ~デブ VS ヒグマ~

第一話 デブ道は死ぬほど喰らうと見つけたり

 心の師は言った。


 『食べ放題? でも、店においてある分しか食えないのだろう』――と。


 確かにそれは、彼にとって食べ放題と言って良いものだろう。


 しかしながら見守る民からは、まるでその逆に見えていた。まな板の上の鯛、あるいは猫の群れに追い立てられた窮鼠のようであると。


 彼の周囲には一回りも大きいスーツ姿のオーガー族が、まるでペティナイフのように見えるコンバットナイフを光らせ、下卑た笑いを浮かべている。その数はゆうに十を超えていて、とても人一人では太刀打ちできない絶望的な戦力差だった。


 相対する――周囲からは哀れとも、もう死したものだと見られた――彼は背丈こそ彼らよりも短いものの、横幅はオーガー族をゆうに超えた幅。ここに彼の元の世界の日本人がいたのならば、彼のことをオフのお相撲さんか、はたまた強面の悪役レスラーと称したのかもしれない。あるいは辛辣な人が見れば、、とも。


 細身の女性が二人すっぽりと入りそうな特注ジーンズパンツに、振り回せばちょっとした鞭ほどに長い頑丈な革ベルト。オレンジ下地のハイビスカスと緑葉が彩られたアロハシャツの背中には、何故か伊勢海老が躍り上がっている。


 巻かれたバンダナは迷彩色と軍人かくやと思わしきものだが、それは直ぐに食事用の下敷きマットになるとは誰が思うだろうか。


「食い放題だな。だが、頭数はこれだけか? とても足りやしねえぞ」


 盛り上がる腹の上に拳を載せ、ゴキリゴキリと指を鳴らす。古めかしい板張りの洋食店に指の音が鳴り響くが、直後にはオーガー族達の笑い声が響く。


 さもありなん。どう見ても彼は、この筋モノめいたオーガー族たちに対抗しうる武力を持ち合わせているようには思えなかった。顔を殴っただけで、転がるように倒れてそのアロハシャツを鼻血と鼻水で濡らし、豚のように喚き散らす――見守る民も、それしか想像できなかった。


 だが、彼は不敵に笑う。


 豚のツラではない。


 それは、例えたならば闘牛の顔。


 高揚し、揺らぎ上がる湯気には覇気が垣間見えるほどだ。


 解るものならば解る、彼の実力。


 弱者をいたぶるだけだったオーガー族の筋者が一人、彼のうちに秘めた戦闘力を全く気づくこと無く、不用意に胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。


 瞬間。


 悲鳴。


「ぎやぁあああああ!」


 それが店内に響く頃には、既にオーガー族の男は宙を舞っていた。魔力灯と呼ばれる、電気とは違った技術体系で光る照明をぶち破りながら、仰け反る顔を天井にすりつけるまで飛び上る巨体。落下して板張りを破壊した頃には、既に彼の意識ははるか彼方に吹っ飛んでいた。


「なっ!?」


「魔法か!? こんな豚のような男が!?」



「無礼者どもが!」



 一喝。人間とは思えない声量は、その衝撃でオーガー族の髪を舞い上げるほどだ。


「豚だと? 貴様ら、この身体にいくらかけたと思っている! 貴様らは俺の喰らった食に、料理人の真心に、お百姓さんのご苦労に――」


「ごちゃごちゃ五月蝿えんだよ!」


 オーガー族の一人が、彼の言葉を待たずしてナイフを振るう。


 しかし彼は焦ること無く、一瞬にして腰を沈める。両の手を下げて、まるでノーガードのような構え。さあ来いと言わんばかりに掌を上にした構えは、それこそ力士の――


 


 彼の流派は、角力に非ず。


 その技は、彼の祖父が練り上げたである。


 これは彼の最も得意とする型の一つ、名を『猪ノ型』


 刃が彼の豊満な胸に突き刺さるその刹那、バオ! と風鳴りを伴ってカチあげられた右手は、なるほど猪の牙の突き上げに似る。中国拳法と空手をベースにしたという鷹倉流象形拳は、瞬時に彼の肥満体へ自然の力を宿す。


 震脚の如き踏み込みは板張りの床を踏み抜くほど。そうしてカチ挙げられた掌底は後出しにも関わらずオーガー族の顎を捉え、躍り上がった獲物は冗談のようにして頭から天井に突き刺さった。


「――感謝を知らぬ人間は、ただひたすらに脆弱だ。こいよやせっぽっちども。まとめて押しつぶしてやる!」


 それからは大乱闘だった。


 見守る民が後から語るには、オーガー族は大猪に翻弄される、哀れな人々にも見えたそうだ。


 彼の後ろに蹴り上げる太足は、彼の巨体に似合わずまっすぐと上に伸びる。背後から迫ったオーガー族の男の顎を捉えると、足を入れ替えて追い打ちの蹴り。くの字に吹っ飛んだオーガー族の男は窓ガラスをぶち破り大通りに消えていった。


「うおゃしゃあああ!」


 裂帛の気合とともに突き出される掌底は、体重数百キロの猪の突進のそれに似る。腰を深く、ただただ深く、そうして突き出された掌はオーガー族の持っていた貧弱なナイフごとへし折り、肋骨やらなにやらを粉々にしていた。


 これはたまらぬと銃を抜いた男がいたが、一瞬で間合いを詰めた彼に為す術もなくやられてしまう。拳銃は抜く、狙う、そして引き金を引くの三挙動だ。だが彼のしたことは、ただただ肩口をみぞおちに当て、踏み込んだのみ。たった一挙動のそれに拳銃が叶うはずもない。銃を抜いたオーガー族は瞬時に意識を失い、拳銃を握ったまま倒れた。


 彼に宿った猪が全てを屠る頃合いには、瀟洒な――しかし、そこは数多の死を生み出した歪んだ――洋食店は見るも無残な姿になっていた。


 ピクリともしないオーガー族たちを尻目に、彼はのっしのっしカウンターへ向かう。その陰には、首輪をされた猫耳の少女。扇状的なワンピースドレスを無理やり着せられ、男たちの玩具にされた彼女にそっと手を差し伸べる。


「全てたいらげた。もう大丈夫だ」


 少女は眼前の光景が信じられないでいた。


 まさかこんなまるまると太ったタダの人間が、自分を弄んだ社会の闇をこうもたやすく食い破るなどとは。


 自然と、涙が出た。


 そうして少女は、彼の柔らかい胸に顔を埋めてわんわんと泣き出す。


 包み込む肉は、決して醜い肉ではない。彼の極限まで突き詰めた理想の肉体は、彼女のような貧する少女を優しく包み込むためにある。だからこそ身体に富を――即ち、太ったのだ。


「泣け。俺の巨乳で好きなだけな」


「お兄さんは……お兄さんはだれ?」


「俺は――俺はデイビット鷹倉と呼ばれていた、デブさ。強くて、君たちにどんぶりいっぱいの幸せとメシを運んできた――ただのデブさ」


 学のなく、ただただ人形として生きてきた少女には、『デブ』という言葉が理解できなかった。そのような言葉は、この異世界の魔都には無いのだから。


 だが彼女も、そして守られた民も。


 デブとは、強く、優しく、そして彼のような勇者であると――そう認識した。

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