第6話『無意味な怒りの旅行』
マケインは急いでクリア国へと向かった。同盟交渉のための使者が数度往復した道のりを、今度は抗議の為に全速力で西進する。途中で立ち寄った街の貴族から白い目で見られながら、マケイン一行はクリア国に入国を果たした。
そして以前歓待を受けたナポラへ直行し、城を訪ねた。
「ダヴィ様はここにはいねーよ」
傷だらけの顔を見せる男が答えた。マケインが訪問した時、調練中だったようで、汗だくになっている。オールバックの黒髪が濡れて光っていた。マケインは尋ねる。
「どこにおられるか、ご存じないか?」
「さあ? 今はどこだろうな?」
「ミュール、ダヴィ様は今ミラノスでしょう」
ミュールの隣に、白い僧服のルフェーブが並ぶ。その距離は妙に近い。ミュールが一歩離れようとするが、ルフェーブは一歩近づく。自分の長い髪や服に、彼の汗を擦り付けるように傍に寄る。
マケインが二人の姿に違和感を覚えている中で、ルフェーブは尋ね返す。
「そもそも出国前にお約束はされていますか?」
マケインは渋い表情になる。
「実はダヴィ王との面談は
「そりゃ実際忙しいからな」
「しかしながら、確たるお約束をしていなければ、我々もご案内できません」
「私は会わねばいけないのだ!」
丸い体を大きく動かして主張する。自分の名誉のために、次にゴールド国の将来のために、あの馬鹿げた建設を止めさせないといけない。
念のため目の前の彼らにも工事中止を懇願した。現場にいたあの三人より話が分かりそうだったが、無駄なことだった。
「俺たちの仕事じゃねえし、あいつらに命令は出来ねえよ」
「我々の指揮系統上、ダヴィ様か、もしくはジョムニかダボットなら彼らを止められます」
「彼らに会えるように、取り次いでくれないか」
「ダヴィ様始め三人とも国中を駆け回っていますから、私たちでも場所の特定が難しいです」
「なら、私が探す!」
と鼻息荒いマケインに、ルフェーブは仕方なく許可証を渡して、数人の監視の兵士をつけることでクリア国内での移動と宿泊を許した。マケインはすぐにミラノスへと向かう。
その後ろ姿を見送ると、ミュールはケラケラ笑いながらルフェーブに言う。
「オイオイ。あのでぶっちょ、随分必死だったな!」
「ひやひやしましたよ、ミュール。途中から笑いをこらえていましたね」
「まあな。ジョムニが予想した通りに動くもんだからよ、演技をしているのはこっちじゃなくて、あのオッサンじゃねえかと思ったぜ」
「欲望に忠実な男は行動が単純です。この状況を招いたのも、彼自身の欲望のせい。やはり清廉潔白こそ大事」
と聖職者らしい発言をするルフェーブは、哀れなるマケインの未来を案じる。
「さてさて、次はどんな
――*――
シチル盆地に降りかかる粉雪を吹き飛ばすように、マケインは疾走した。そしてミラノスへ駆け込むと、すぐに城を訪れた。
「え? ダヴィ様はいらっしゃらないですわよ?」
スールがきょとんとした顔で答える。突然のマケインの訪問に、丸い眼鏡の奥の目も丸くしている。マケインはがっくりと肩を落とす。
「ど、どこだ! どこにおられる」
「確か……ヴェニサに行くとおっしゃっていたかしら。交易の状況を視察するとか」
「はあ……」
ヴェニサはゴールド国の商人もよく利用する世界有数の貿易港だ。その位置を当然知っているマケインは、ここからの距離を計算してため息をついた。
彼は事情を説明しつつ、スールの手を取って懇願する。
「頼む! ダヴィ王を呼んで頂けないか」
「離してくださいまし!」
スールは手を振り払った。そして念入りにハンカチで手に付いた男の油をふき取る。顔を引きつらせていた彼女は、やがてゆっくりと表情を戻した。フリルが付いた黒ドレスのスカートの端を持ち上げて、丁寧にお辞儀する。
「失礼いたしました。男の人に触られるのは嫌いでして」
「えっと……こちらも失礼した。妙齢な女性の手をいきなり握るなんて」
スールは開いた扇を口に当てて、その上から目だけを微笑ませた。
「あなたが女性だったら、別に問題はありませんでしたわよ」
「は?」
「単なる性嗜好の問題ですから、お気になさらず」
唖然とするマケインに、スールは助言する。
「これは重大なことです。あなたご自身が足を疲れさせて、陛下にご依頼することで、陛下のお気持ちが変わる可能性が高くなるでしょう」
「そういうものか……」
「さあ、お時間がありませんわ。お疲れでしょうけど、頑張って下さいな」
マケインはフラフラになって、部屋を出ていった。スールは笑顔で見送っていたが、扉が閉められた途端、真顔に戻って先ほど彼の油を拭いたハンカチをゴミ箱へ捨てる。そして吐き捨てるように呟く。
「下らない男。せいぜい情けなく踊りなさい」
――*――
護衛の兵士がへとへとになり休息を求めても、マケインは止まらない。跳ねながらスピードを上げて進む馬車の中で、マケインも疲れで虚ろな目になりつつ、必死に座席をつかむ。早くしないと、あの拠点が完成してしまう。
その想いだけを胸に抱えて、疲れ切った身体をヴェニサに滑り込ませ、一行はヴェニサの行政府へ進む。
その時、マケインは馬車の窓から、街を歩く人影に目が向いた。
(おや?)
知り合いがいたような気がした。それも重要な人物が。長い髪の端正な顔立ちの人物が。
しかし焦るマケインはそれに気を配る余裕は無かった。彼は馬車の外を確認することなく、先を進んだ。
そして夕暮れに染まる行政府にたどり着いた時、彼らは絶望的な答えを聞いた。
「ダヴィ王が、いない……」
マケインは床にへたり込む。後ろにいる部下たちも膝を折って項垂れる。そこにいた役人によれば、つい昨日まではいたのだが、今はウッド国の首都であったモスシャに向かったらしい。
「ウッド国……」
南の地の果てではないか。そこからもっと奥地に向かったなら探しようがない。範囲無制限の鬼ごっこだと気づき、マケインは立ち上がる気力が湧かない。頭の中が真っ白になる。
その時、彼を救う声が聞こえた。
「おや、マケイン殿ではないですか」
ジョムニが行政府の奥から現れた。部下に押される車いすに座り、ゆっくりと近づいてきた。マケインは這いずりながら彼の足元に
「よ、よかった! 頼む! 工事を中止してくれ!」
「はて、何のことでしょうか」
心底分からないという顔をして、青いキャスケット帽を被る頭を傾げる。マケインはその顔に苛立ちつつ、彼の細い足を掴む。
「とぼけないでくれ! 我が国にあんな大規模な拠点を建てるなんて聞いていないぞ。条約を守るんだ!」
ジョムニは顎に手を当てて考えていたが、やがてうっすらと笑った。
「ご冗談を。我々は条約違反など行っていません」
マケインは口をパックリと開けて驚く。
「何を言っているのだ……? そんな約束はしていない」
「約束はしました。『ソイル軍を倒すまでゴールド国内に駐留する』と」
ゴールド国に侵入したソイル軍に痛打を与えるまで、クリア軍は駐留することを要請された。そのソイル軍がまだ襲来していない以上、その条件は生きている。
「それまで駐留拠点を築くことも許してくれないのでしょうか。あなた方の依頼なのに?」
「それは……」
それにしても拠点の規模が大きすぎる。まるで街を築くような大工事をおこなっているじゃないか。マケインがそう言うと、ジョムニは微笑んでみせる。
「我々は臆病ですから、強固な防壁を築かないと、夜も眠れないのですよ。ご理解ください」
「しかし、それでは」
「じゃあ、こうしましょう。ソイル軍を追い払って我々の軍が撤退する時、我々が築いた拠点は差し上げましょう。きっと良い街になりましょう」
確かにあの場所は、貴族たちの権力争いの緩衝地になっていたことで、何の拠点も築かれなかった。あの場所に街が出来れば、コラトン湖の水利を活用して、ゴールド国南部の主要都市として発展することだろう。
疲れすぎて頭が正常に働かないマケインは、ジョムニの意見が正しいのではないかと思い始めていた。とにかくこの不毛な追いかけっこを終わりにしたい気持ちも強い。
「ソイル軍が襲来したら、追い払って国に帰ってくれるのだな!」
「ええ、最初からそう申し上げているじゃないですか」
ジョムニは優しくマケインの手を取って、自分の足から離す。そしてにこやかに挨拶した。
「ゴールド王にもよろしくお伝えください。我々はあなた方の味方です」
マケインは肩を落として猫背になり、ふらつく足取りで暗くなりゆく街へ去っていった。その後ろ姿を見送り、ジョムニは笑みを深めて呟く。
「まあ、ソイル軍が来ることはないでしょうけど」
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