第5話『むなしい抗議』
マケインの報告を聞き、ゴールド王は怒るどころか、声高らかに笑った。美しい髭を擦る。しかし彼の目は微笑んでいない。
「まんまとやられたではないか。調教しようとして、虎に噛みつかれたな」
「誠に申し訳ございません!」
マケインはぶにぶにとした肌に汗をかく。他の貴族たちを説得して、クリア国との同盟締結に向けて主体的に動いたのは、他でもなく彼だ。過大なる責任と、クリア国に近いと思われている自分の立場の危うさを感じて、顔から血の気が引いていた。
尊大に構えることが多い大貴族である彼の、子犬のように震える姿に笑いがこみ上げる一方で、自分自身も
(もう少し強く止めるべきだった)
実のところ、ゴールド王は交渉途中で危険を感じていた。あまりにもスムーズに事が運び、あまりにも条件が良すぎる。将来的な従属化の考えがあるとはいえ、ほぼ無償で軍勢を派遣するなど聞いたことが無い。何か隠れた思惑があるのではないかと、彼は薄々感じていた。
(だがしかし、我が国の真ん中に堂々と街を築くなど聞いたことが無い。恥知らずな成り上がりの王め。一滴の血も流さず、領土を奪うとは)
ダヴィの予想外の戦略に気づかず、マケイン=ニースを始めとするソイル国に近い北部貴族たちがソイル軍の脅威を感じて、強引に事を進めた。その結果がこの事態を招いた。南部三大貴族のナミュ・シャトワ・リージュはマケインたちに憎悪を強め、さらにはゴールド王への反発を招いている。ゴールド国は内部からも分断の危機にあった。
ゴールド王はマケインに尋ねる。
「クリア軍の拠点に乗り込んだと聞いたが、どんな反応だった?」
「それが……」
――*――
クリア国の拠点を発見した時、マケインは怒りに任せて、その建設途中の拠点に乗り込んだ。そして作業員たちに指示を出していた人相の悪い、太った男と背の高い男に怒鳴った。
「おい! これはどういうことだ!」
二人はゆっくりと振り向く。そしてガラガラ声で怒鳴り返した。
「なんだてめえ! 勝手に入ってくるんじゃねえよ!」
「おいらたち、怒るぞお」
太った男は細い目をクワッと開いて唾を飛ばし、背の高い男は傷のある頬をポリポリかきながら言う。両者とも視線は鋭く、彼らより身なりが大分良いはずのマケインは威圧された。
マケインは後ろに片足を一歩引きつつ、それでも抗議を続ける。
「わ、わたしはマケイン=ニースである。ゴールド王より貴様らとの交渉の全権を仰せつかっている」
「マケイン? 知っているか、スコット?」
「おいらは知らないよお。ライルの知り合いじゃないのかあ? 酒場の飲み仲間とか」
「俺だって知らねえよ! しっかりしろよ。ちゃんと思い出せ」
「もしかしたら山賊の時に、しょんべん漏らして逃げた奴が、そんな名前だったっけ?」
「あー、そんな奴いたような……」
「おい! ふざけるな!」
らちが明かない。凍るような冬の川風が吹いているにも関わらず、マケインは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「責任者を出せ! これは話が違う! ここに永住を認めた覚えはない!」
ライルとスコットは怒鳴られても、そよ風が吹いたぐらいにしか感じていない顔で答えた。
「ここの責任者はおいらだよ」
「は?」
「俺“たち”だろ。勝手に頭取るんじゃねえよ」
「えへへ。ごめんよ、ライル。一度言ってみたかった」
「まったく」
クリア国がいくら出自が怪しい連中の集まりとはいえ、こんな山賊崩れの男たちを重用するのか。そんな連中に
「だったら、すぐに工事を止めさせろ! これは条約違反だ!」
「そんなこと言われてもなあ」
「おいらたち、工事しろって言われただけだからさあ。条約なんて知らねえよお」
「だったら、私が命令する! 中断しろ!」
とマケインが言った途端、ライルとスコットの表情が少し変わった。先ほどまでのふざけていた雰囲気が消えて、再び鋭い視線を向ける。
「……おいおい、ちょっと勘違いしてねえか」
「何がだ?」
「てめえに命令される筋合いはねえってことだよ!」
ライルがドスの効いた声で怒る。マケインは怒鳴り返すことを忘れて、今度は二歩後ろに下がる。スコットもゆっくりとだが怒る。
「おいらたちはだんなの部下だぞお。おめえに怒られるのは気に喰わねえ」
「てめえに何言われようが、俺たちは工事やり続けるぞ! それがダンナの命令だ」
と言ってから、彼らは腰にぶら下げていた剣の柄に手をかけた。マケインの顔が今度は青ざめる。武力も辞さないという意味だろう。周囲にいた兵士たちからも殺気を感じる。
「し、しかし……それではあまりにも……」
とぶつくさと言うマケイン。完全に腰は引けており、後ろにいた護衛たちも後ろに向いて逃げたそうにしている。
その時、ライルたちの後ろから巨大な影が現れた。
「よう、おめえからも言ってやってくれよ」
「…………」
ぬっとライルたちの間を割って入ってきたのは、黒い肌の巨人・ノイだ。彼は言葉を発さないまま、マケインの前に立ち、太い腕を組む。彼の影がマケインをすっぽりと覆った。
「お、おい! お前は誰だ!」
「…………」
「我々をどうする気だ……?」
「…………」
「なんとか言え……」
マケインの尻すぼみになる要求に応じて、ノイは一言口から出す。
「去れ」
彼の大きな目玉に見つめられる。マケインと部下たちは蛇に睨まれた蛙のように、体が固まったまま震えていた。
――*――
仔細を聞いて、ゴールド王は内心鼻で笑う。
「それで、退散してきたということか」
「逃げてきたわけではありません! 奴らでは話がならないと思ったからです!」
むきになるマケイン。そんな彼に、ゴールド王が尋ねる。
「こうなれば北の狼よりも、中に入り込んだ虎が恐ろしい。クリア軍は一万だけと聞いたが、南の貴族たちで追い払えそうだな」
「それが……」
「どうした?」
「クリア国にしてやられました。奴ら、我が国の農民を大勢雇っています」
クリア軍は拠点建設の為に、現地の農民たちを雇っていた。高い賃料に加えて、自国の為にソイル国と戦ってくれるという評判に誘われて、特にゴールド国の南部から集まってきたのだ。
ゴールド国の軍隊は他国と同じく農民兵が主体である。南部の貴族たちがクリア軍に攻撃を仕掛けようとしても、その兵員があろうことか敵の下で働いている。これから招集をかけても、集まるまでに時間がかなりかかる。
「そこまで手を打つか。これでは兵士が集まるまでに、拠点は大方形を成すだろう。奴らは本気に違いない」
「そうとは限りません」
「なぜだ?」
マケインはこの期に及んでも、ダヴィたちの裏切りを信じられなかった。言い換えれば、自分が物の見事に
「外交は
「直接かけ合うのか」
「再度クリア国に向かいます」
無駄じゃないか、とゴールド王は言いかけたが、マケインは大股で部屋を出ていった。残されたゴールド王は彼に期待しない。
(善後策を考えなければ。ここが我が国の滅亡のきっかけになりかねん)
新年の朗らかな気分は吹き飛んだ。ゴールド国全体が殺伐とした空気に包まれる。彼らが慌てふためくうちにも、リバールの建設は進んでいる。
ダヴィたちの手の上で、彼らは踊る。
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