第10話『ニ虎の対面』
急転直下で決まった面会に、ダヴィは驚きを隠さなかった。百人近くは入れるであろう、ミラノス城の応接間の椅子に座ってから、ダヴィは隣に座るルフェーブに尋ねる。
「これもハリスの作戦か」
「恐らく。ダヴィ様が聖子女様の客に害をなさないと判断した上で、面会を求めてきたのでしょう」
「それでも、この段階で直接会おうとするなんて……彼はよほどの強心臓だね」
「もしくは、かなりの無鉄砲者かと」
その後ろではジャンヌとアキレスが立っていた。彼らの腰には剣が下げられている。アキレスが後ろからダヴィに尋ねる。
「ダヴィ様。少し宜しいでしょうか」
「なんだい?」
「ハリスはどうして面会を求めてきたのでしょうか」
その問いに、隣にいたジャンヌが答える。
「ダヴィと仲良くなりたいからじゃないの?」
「そんな単純なことか? もっと深い意味があると思うが」
「そんなの、あたいには分からないよ」
ジャンヌは頬を膨らます。相変わらず、深く考えることが苦手な彼女の姿に苦笑しつつ、ダヴィも答える。
「もしかしたら、ジャンヌの言う通り、それだけなのかもしれない。情けないが、俺にも目的が分からない」
「ただの表敬訪問ならいいのですが……」
アキレスは
「ハリスは剛の者と聞く。相手は帯剣していないが、何してくるか分からない。いざという時は、頼んだよ」
「はい!」
「了解! ……しました」
ジャンヌのたどたどしい敬語を聞いたちょうどその時、扉をノックする音が聞こえた。
「ハリス=イコン様、並びにトーマス=スケール様、マリアン=オリーブ様がいらっしゃいました」
「どうぞ」
扉が開かれ、扉の枠に頭が付きそうなほど高い背の男が入ってきた。さらりとした短い金髪に、海を思わせる深い青い目。
(この男がハリスか)
特異な姿は後から続いたトーマスも同じだ。顔の真ん中にあるはずの突起が無く、顔に巻かれた包帯の上からギョロリと大きな目を動かす。一番最後に出てきたマリアンも大きな瞳が特徴の整った美しい顔をしているが、この二人と比べると、影が薄くなる。
ダヴィたちは立ち上がって、彼らを出迎えた。
「俺がダヴィ=イスルだ」
ダヴィはオッドアイと耳の飾りが特徴とはいえ、背丈は中程度だ。顔つきも平凡な姿を見て、緊張していたハリスはそこに優越感を得た。人を蔑む視線が一瞬ちらつく。
その表情のかすかな変化を、もはや人の心を読むプロと言って差し支えないダヴィに、見抜けないはずがない。
「ハリス=イコンだ。よろしく」
と言って、ハリスは手を差し出してきた。ダヴィはその手を無視して、椅子に座った。
「無愛想なやつだ」
とハリスがマリアンに耳打ちしつつ、彼らも椅子に座る。大きなテーブルをはさんで、ダヴィとハリスが向かい合った。
マリアンは先ほどのダヴィの態度に、不安がよぎった。
(快く思われていないのは、間違いないですわ)
ダヴィに会うことを、マリアンは反対していた。今は危険すぎると。しかしハリスは会いたいと焦り気味に言うし、トーマスも彼に賛成した。
『わしらはいずれダヴィと手を結ぶ必要がある。その話をするのが早いか遅いかの違いじゃろう。わしらが上手くまとめて、その同盟の話に持っていけばいい』
(そんなにうまくいくかしら)
と彼女が思っていると、ルフェーブが進行役として口火を切る。
「本日はファルム王の代理として来られたと伺っております。ご挨拶のため、と考えて宜しいでしょうか」
「それは……」
「お願いがあって来たんだ」
マリアンの言葉を
「ハリス殿、お願いとは?」
「ダヴィさんに聖子女様との仲を取り持ってもらいたい!」
「…………はあ?」
ルフェーブは彼らしくもなく、思わず間抜けな声を出した。彼はハリスの両隣にいるトーマスとマリアンを見たが、彼らは表情を消して座っているだけだった。
ハリスの熱弁は続く。
「なあ、あなたは聖子女様と仲が良いんだろう? 俺も聖子女様と仲良くなりたい。もっと会話をする機会を設けてもらいたいんだ。頼む!」
「…………」
予想外の内容に、ダヴィは戸惑う。しかし彼は一呼吸してから、ゆっくりと返答をする。
「昨日、ハリス殿は聖下とお会いされて、お言葉を貰ったと聞きました。そのお言葉通りの行動を、聖下は求められていると思います。それ以上でも、以下でもありません。俺たちがどうこう出来る話ではありません」
「そこを何とかしてくれ!」
「さらに!」
ダヴィは一回言葉を区切り、そして重々しく言う。
「俺はあなたを許してはいない」
「あ?」
予期していない言葉を聞いた。そんな表情を浮かべるハリスに、ダヴィは怒りを込めて伝える。
「俺の大事な部下を死の淵まで追い込んだこと、許せるとでも思いましたか」
「あっ」
今まで忘れていたと言わんばかりの呟きに、ダヴィは珍しく怒りが抑えられそうになかった。慌ててマリアンが取り繕う。
「お待ちください! 我々は聖子女様と面会してきました。罪ある者ではないはず」
「だからどうした! たとえ罪を消そうとも、人として悪い行いをして、それに対して謝罪もしない。その上、その相手に要求してくる。俺は法と秩序を守るものとして、そして傷ついた彼のボスとして、なすべきことを行う。それが間違っているか!」
彼の怒りに燃えるオッドアイの視線が、ハリスを貫く。この剣幕に対して、マリアンやトーマス、ひいてはルフェーブたちもなす術が無かった。ハリスは怯えて、
そして、子供のように愚痴を呟く。
「……俺は悪くない」
「貴様!」
「あんたねえ!」
今度は後ろで聞いていたアキレスとジャンヌが激昂する。二人とも顔を真っ赤にして、剣の柄を握った。その姿にハリスは慌てて腰を浮かし、マリアンとトーマスも顔を真っ青にする。
それでもハリスは謝らない。唇を青くして呻くだけだ。
「う……う……」
「私がハリス様の代わりに謝ります! どうか、お許しください!」
「ダボットの腕を斬ったのは、ハリス、お前だ!」
「ダヴィ様、落ち着いてください!」
とトーマスがなだめるが、時すでに遅し。応接室はまるで戦場のような殺気に包まれ、一触即発の雰囲気になる。ハリスは椅子を倒して立ち上がり、逃げようとしたが、周りに控えていた衛士たちも、扉へと集まる。
その時、その扉がゆっくりと開いた。
「ダヴィ様、そのぐらいに」
「うん?」
その声の主が衛士たちの間からゆっくりと入ってくる。彼はハリスの方を向いた。
「お前は……」
「久しぶりだな」
半年前にこの城の前で会い、そして腕を斬り飛ばされた張本人、ダボット=エックが姿を見せた。やせ細り、残った腕で杖をついている。彼の頭髪はより少なくなり、白髪混じっている。
彼は衆目を集めながら言った。
「まずは座ってもらおうか。俺も座りたいのでね」
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