第16話『ジョムニ反乱軍鎮圧記 下』
バーラ男爵に呼ばれたカターニ子爵が太った身体を揺らしながらやって来た。すでに鎧を脱いでしまっている彼に、バーラ男爵は一度顔をしかめた。しかし、今はそれを咎める時間はない。
「パレル公はいらっしゃらないのですか」
「あえて呼んでいない」
「どうして……」
カターニ子爵はバーラ男爵の機嫌の悪さに怯えつつも、素直に疑問を口にする。バーラ男爵は組んだ腕に怒りを込めながら、目の前の太った男に尋ねる。
「貴殿は捕まっていた兵士から話を聞いたか」
「い、いえ、助かって良かったとしか……」
「チッ」
貴族らしくなく舌打ちをした。貴族の位を失った影響が無意識に出ているのかもしれない。バーラ男爵は不機嫌なまま、荒っぽく説明を始めた。
「捕虜になった兵士からの報告を受けたのだが……」
城に帰ってきた兵士たちは、自分たちが解放された事情を語った。彼らはまず捕まった時に、部隊ごとに分けられたという。そしてダヴィ軍はパレル侯爵の兵士たちに聞いた。
『パレル侯爵の部下は解放する。お前たちはパレル侯爵の部下か?』
彼らは頷くと、檻から解放された。次に、ダヴィ軍の兵士はカターニ子爵の部下に同じことを聞いた。それに対して、カターニ子爵の兵士が一か八か「その通りだ」と言ってみせた。
すると、ダヴィ軍は騙されて彼らを解放した。それに見習って、バーラ男爵の兵士もウソを言うと、ダヴィ軍は同じように解放した。その際に一か所に集められ、わざわざ食事を振舞われたという。
そこへ車いすに乗った男性がやってきて、食事をする彼らに伝えたという。
『パレル公に「約束は守るように」としっかり伝えよ。分かったな』
そして彼らに手紙を渡した。その内容は挨拶程度のものだが、バーラ男爵には怪しく見えた。彼はカターニ子爵に自分の考えを伝える。
「パレルは我々を裏切ろうとしている」
「まさか!」
「いや、そうに違いない。だからこそ、出陣することを渋ったのだ!」
と言って、カターニ子爵を睨んだ。あの時、出陣を躊躇したのは彼も同じである。自分も疑われていることを感じて、カターニ子爵はこれ以上反論することを控えた。バーラ男爵は部屋をうろうろと歩き回りながら、怒りと興奮を口端に表す。
「ヤツめ! 我々を
バーラ男爵は貴族の中でも最下級の部類に属していた。以前は由緒正しいパレル家に
「パレルを八つ裂きにしろ! 裏切り者に死を!」
バーラ男爵とカターニ子爵の部下が、パレル侯爵が泊っている屋敷を急襲した。疲れからすでに眠っていたパレル侯爵は叩き起こされ、腕を縛られてバーラ男爵の元に連れてこられた。
「バーラ殿、これは一体!」
「うるさい!」
バーラ男爵は強引にも彼の白髪頭を踏みつけた。そして呻く彼に剣を向ける。
「最初からこうするべきだったのだ……」
バーラ男爵は剣を大きく振りかぶり、そして首筋へ斬りつける。しかし興奮のあまり、肩を斬ってしまった。バーラ男爵は何度も何度も、息が絶えてからも、パレル侯爵の身体をズタズタに斬った。
この仕打ちに怒ったのが、別の場所で寝泊まりしていたパレル侯爵の部下だ。その中にはパレル侯爵の親族も含まれている。
「仇討ちだ! 敵は城内にあり!」
バーラ男爵は血みどろになった剣を布で拭いながら、部下に命ずる。
「奴らも裏切り者である! 皆殺しにせよ!」
薄雲に月が隠れる夜更け、バーラ城内で戦闘が行われた。最初は復讐に燃えるパレル侯爵の部隊が押していたが、数で勝るバーラ男爵が徐々に押し返す。この激しい戦闘は一般市民の居住区でも行われ、街のあちこちが戦火で燃え始める。
その時、城門から強烈な音が鳴り響いた。
「なんだ?!」
「ダヴィ軍、襲来!」
城内から立ち上る煙を見て、ジョムニが攻撃を命じたのである。手薄になっていた城門はあっという間に突破され、ダヴィ軍がなだれ込む。バーラ男爵は焦った。
「タイミングが良すぎる。先ほどまでは城外に人影一つ見えないと言ったではないか!」
「そりゃ、遠くに離れていたからな」
「誰だ?!」
バーラ男爵が後ろから聞こえてきた声に振り向くと、かがり火の明かりの中に傷だらけの顔が浮かんだ。そしてその男の後ろには何人もの兵士が並んでいた。
その顔の特徴に、バーラ男爵は覚えがある。
「ミュール=ジョアッキか……」
「ご名答。へへへ、俺も有名になってきたな」
ミュールは剣を持つ手で顎をかいて照れた。その表情には余裕が見える。
その一方で余裕の無い表情を見せているのがバーラ男爵だ。彼はミュールに対して及び腰になりながら、口だけには怒りを込めて尋ねる。
「遠くに離れていたとは、どういうことだ! そうであるならば、こんな時に攻め込んで来れるはずがない!」
「俺たちの軍師が『この時間に城内で戦闘が起きるから、その隙に攻め込め』と予言してくれたから、遠くから駆けて行って、その通りに攻め込んだだけだよ」
「予言、だと……?」
「わっかんねえかな。お前たちは
ミュールは彼なりの言葉で、雑に説明する。
「パレルとかいう奴が裏切ったって思っただろ? あれは嘘だよ」
「ウソだと!?」
「てめえが興奮しやすいバカだって事前に知っていたからよお、うちの軍師はてめえがパレルを疑うように仕向けたのさ」
捕虜に間違った情報を吹き込んで解放して、仲違いするように工作する。作戦前にオリアナが彼ら三人の性格の情報を仕入れていたから、ジョムニはこの作戦を立てたのだ。ミュールは自分が考えたわけではないが、得意げな表情をした。
「そんでもって、本当に裏切ったのはカターニさ」
「ふざけるな! そんなわけが」
「てめえが知らねえのも無理はねえよ。裏切ったのはついさっきさ」
城門を破ってから、ミュールはジョムニの言いつけ通り、カターニ子爵に使者を送った。彼はすぐに降伏を決意した。
「『バーラは次に私を殺すはずだ。彼にはついていけない。命だけは助けてほしい』ってよ」
「あやつ……」
バーラ男爵の身体が震える。怒りは頂点を通り越し、顔を青ざめさせる。
「そうか。あのクズに教えられて、私のところまでたどり着いたというわけだな」
「おっと、それはちげえ。俺たちはここの住民に教わってここまで来たのさ」
「バカな! 我が領民が裏切るはずがない! 私が教育してきたのだ!」
「……ったく」
ミュールは息を大きく吐くと、バーラ男爵をギロリと睨む。バーラ男爵は息を飲んだ。そしてミュールは吐き捨てるように言った。
「俺から言わせりゃあ、裏切ったのはてめえの方さ。弱い民を力と恐怖で抑え込んでいたそうじゃねえか。やっと解放されたと思いきや、強制的に反乱軍へと組み込まれる。たまったもんじゃねえや」
「黙れ! 私が率いなければ、領民たちは正しいことを行えない! 代々引き継いできた我が使命を侮辱するな!」
「侮辱、か……」
ミュールはまたため息をつく。そして彼は剣を突きつけ、バーラ男爵に言い放つ。
「てめえの妄想に酔ってるんじゃねえよ! 俺たち農民は現実を生きているんだ! てめえの下らねえ理想に付き合う気はねえんだよ」
「下衆め! その口を閉じろ!」
バーラ男爵は剣を抜いて、ミュールに襲いかかる。しかしミュールは持っていた盾で簡単に防ぐと、剣を振りかぶった。
「あばよ!」
縦一閃、斬り裂く。バーラ男爵の頭蓋骨が砕け、顔の中心から血を噴きだした。そして目の焦点を失い、ばたりと仰向けに倒れる。もうピクリとも動かなかった。
ミュールは倒れた彼に向かって唾を吐いた。
「無駄な時間だったぜ」
――*――
こうしてジョムニは反乱を平定し、カターニ子爵ら反乱に加担した者たちを追放してさっさと事を済ませた。もう一度反乱を起こすことは出来ないだろうと踏んだからだ。
以上の内容を聞いて、ダヴィはジョムニとミュールを褒めた。
「さすがだね。二人とも、良くやってくれた」
「俺は適当にやっただけですよ。今回はジョムニがすげえ。俺にはこういう作戦は一生出来ねえや」
頭の後ろで手を組むミュールに、ジョムニは苦笑した。ダヴィも笑いながら、苦言を呈す。
「ミュールも一軍の将なんだから、いつかは頭を使って戦わないといけないよ」
「そうですかねえ……」
「それはそうと、ウッド国の方は難しそうですね」
「うん……」
国内の反乱は収まったが、肝心のウッド国攻めは難航しそうだ。あの巨大な森がダヴィたちを阻む。これではいつまで経ってもウッド国は攻略できず、アレクサンダー6世は捕えられない。
ダヴィは居並ぶ諸将に向かって、宣言する。
「仕切り直しだ! ミラノスに戻って、一から作戦を立て直そう」
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