第15話『ジョムニ反乱軍鎮圧記 上』
三人の貴族が一つの部屋に集まっていた。三つの椅子をつき合わせて、一人は難しい表情を、もう二人はうなだれていた。
いや、もう貴族とは言えない。ダヴィに地位と領土をはく奪され、彼らの汚れた服には悲壮感が漂う。染めることが出来なくなった頭に、年相応の白髪が生えていた。
「これだけか」
難しい表情をして腕を組む筋肉質の男が呟く。俯いていた男たちの内の一人が二重顎を揺らしながら顔を上げて、たどたどしく言い訳を始めた。
「仕方ないのだ、バーラ殿。ダヴィの小賢しい役人が街の民衆を
「それで、貴殿ら二人合わせて、たった千人だけとは」
「うむ……」
結局彼らは三千五百人しか兵を集めることが出来なかった。オリアナの予想以下の数字である。いら立つバーラ男爵と、再び
「愚かな民衆め……我らが先祖代々守ってきてやった恩を忘れて、目先の利に走るとは……」
ここはバーラ男爵の城だ。彼ら三人は共謀して、それぞれ治めていた城で反乱を起こす予定だった。そしてウッド軍と協力して、ダヴィを追い落とすつもりであった。
ところがカターニ子爵とパレル侯爵は自分の城から追い出されてしまった。彼らは仕方なく、かき集めた手勢を率いて、バーラ男爵の城に逃げ込んだ。
この事態の原因を、彼らは民衆の不明に求める。
「左様。民衆とはかくも愚かな生き物であったか。理性なく、目の前の餌に釣られるなど、まるで家畜だ!」
「日頃から民衆教育を
彼らは民衆を同じ人間と見ていない。自分たちの言うことを無条件に聞く奴隷のように考えてきた。そして自分たちは慈悲の心で、彼らを治めているのだと。
しかしながら、当然、民衆も人間である。ダヴィは減税を以って民衆を手なずけた。民衆は利益を搾取する前領主よりも、利益をもたらしてくるダヴィを選んだに過ぎない。このことが彼らには理解が出来ないのだ。
その時、バーラ男爵の部下が部屋に入ってきた。
「ダヴィ軍が現れました!」
三人が一斉の報告に来た兵士を見た。バーラ男爵が代表して聞く。
「ダヴィ自身が来たか!」
「いえ……それが、ジョムニという軍師率いる軍勢です。数は二千程度かと」
「なめられている。ふざけよって!」
バーラ男爵が鍛え上げた自分の膝を叩く。ダヴィとの決戦の戦闘に立つことを望んできた彼にとって、ダヴィの別働隊があてがわれたことは屈辱的だ。
一方で、太り気味のカターニ子爵と髪に白髪が目立つパレル侯爵は安どの表情を浮かべる。
「この兵数なら、敵は城を攻める気はないのだろう。我らを抑えることが目的でしょう」
「左様。我らはウッド軍が来るまで城に籠ればいい」
「いや、出陣しよう」
二人は驚いて、バーラ男爵の顔を見た。彼は立ち上がって演説する。
「このまま亀のように城に籠っては、これから来るウッド軍になめられてしまう! 蛮族のごときウッド軍の手を借りずとも、我らで勝利を収めなければ!」
「バーラ殿、それは……」
「パレル殿、貴殿にはプライドがないのか!」
あまりにも無礼な言葉。そもそも爵位でも年齢でもパレル侯爵の方が、バーラ男爵よりもはるかに上である。クロス国が健在だった頃は、バーラ男爵は平身低頭してパレル侯爵に媚びへつらったであろう。
しかし今は違う。怒って立ち上がろうとしたパレル侯爵を、カターニ子爵が押し止める。
「まあまあ、パレル殿。ここは冷静に。この状況ですから」
「くっ……」
この城はバーラ男爵のものであり、兵数もバーラ男爵が一番保有している。カターニ子爵とパレル侯爵は逃げ込んできた亡命者だ。もはや立場の差は逆転した。
下唇を噛むパレル侯爵を見下しながら、バーラ男爵は愉悦に浸りながら二人に指示を出す。
「よろしい。では、私の言う通り、ダヴィ軍を討ち滅ぼしましょう」
――*――
野外に張った天幕の中で膝に置いた地図を眺めるジョムニの元に、ドタドタと音を立ててミュールが入ってきた。車いすに座るジョムニに息荒く話しかける。
「おい! 敵さん、やって来たぜ」
「予定通りですね」
「読みが当たったな」
ミュールは傷だらけの顔でニヤリと笑うが、ジョムニは平然と地図に目を落としたままだ。ミュールはチェッと口を尖らす。
ジョムニがこの少数で出てきた理由はここにある。バーラ男爵の武官としての荒々しさと短気さを、彼は事前に情報としてつかんでいた。少ない兵で攻めたら、きっと怒って城から出てくるだろうと考えたのだ。
オリアナの事前工作により、カターニ子爵とパレル侯爵は自分の城から追い出された。これも予想通りだ。ジョムニはもう一つ確認する。
「出てきた兵の数は?」
「およそ三千だな。少しは城に残してきているらしい」
ジョムニはため息をつく。
「ここまで思い通りにいくと、つまらないですね」
「でも、勝てるのか?」
ジョムニはやっと顔を上げた。そして軽く微笑む。
「ミュールさんは自分の部下を信じていないのですか?」
「ば、ばか言うなよ! あれだけ鍛えてやったんだ。俺たちは最強だ!」
「なら、良いじゃないですか」
「むう」
ミュールは顔をしかめて、オールバックの黒髪をかく。分かってはいたが、こうも簡単に言いくるめられると気分が良くない。ジョムニは彼のその気持ちも理解して、言葉を重ねてあげた。
「彼らは烏合の衆です。自分勝手な反乱に付き合わされた農民兵の士気は高くありません。兵数が少し多くても、すぐに崩れるでしょう」
「そうかもしれないがよお……」
「戦いになりましたら、カターニとパレルの兵士を狙いましょう。自分たちのものではない城を守る彼らの意志は最も弱い」
「分かったよ」
ミュールは自分の頬を叩いた。とりあえず自分は眼前の敵に向かっていくだけだ。細かい作戦は頭の良いヤツに任せよう。
天幕を出て行こうとするミュールに対して、ジョムニが声をかける。
「出来る限り捕虜にしてくださいね。あまり殺したら駄目ですよ」
「分かっているよ。作戦通りにするさ」
ミュールは振り向かず、片手を振って背中越しに答えた。
――*――
戦いはジョムニの予想以上に、一方的な展開で終始した。昼過ぎから行われた戦いだったが、ジョムニの口がまだ昼飯の味を覚えているうちに終わってしまった。
二千対三千という数の上では劣っていたが、ダヴィ軍の士気は高く、規律正しい行動と命令の連動は、まるで訓練を思わせる。反乱軍は夢でも見ているように、あっという間に劣勢に立たされた。
そのダヴィ軍の中でも、ミュールの活躍は凄まじい。
「どけ! 兜首はどこだ!」
馬に乗らない彼は、盾と剣を持って徒歩で突撃する。その後ろを忠実な部下が続く。彼らは一個の兵器となって、カターニ子爵とパレル侯爵の軍勢に襲いかかる。敵の方が数が多い。それなのに、ミュールたちは常に追い続ける。まるで鹿の群れを追う虎のようだ。
カターニ子爵の騎士が馬に乗って立ちはだかる。
「調子に乗るなよ、所詮、お前たちは……」
「うるせえ!」
ミュールは騎士の突いてきた槍を避け、飛び掛かりながらその腕を斬り裂く。槍を持ったまま片腕はちぎれ落ち、騎士は馬からずり落ちる。それを後ろにいた部下が討ち取った。
ミュールは部下に
「こんな小物、相手にするんじゃねえ! 目指すは大将だ。行くぞ!」
ミュールの武名はすでに旧クロス国中に轟いている。彼の名前を知っているカターニ子爵とパレル侯爵は恐怖に身を震わせ、彼の姿を確認する前に逃げてしまった。
こうなれば戦いは一方的だ。逃げた二人に引きずられるように、バーラ男爵の兵も総崩れとなる。彼らは必死に逃げ、城にたどり着いたのは半数だけとなっていた。残りは捕虜になった者もいるが、その大半は逃げたのだろう。
城に駆け込んだバーラ男爵はすぐに籠城の準備を命じた。敗北で兵士は減ったが、まだ二千人はいる。相手と同数で、まだまだ戦えると見た。
バーラ男爵は焦り、部下に怒鳴り散らす。ところが、ダヴィ軍の姿は一向に現れない。
「どういうことだ?」
勝ち戦の勢いに乗って、普通ならすぐに攻め込んでくるはずだ。籠城戦の体制が整ていない今、バーラ男爵が一番恐れていたことはその点であった。
ところが、一向に敵の姿は現れない。
「敵も大分傷ついたに違いない。フハハハハ……」
とバーラ男爵は笑おうとしたが、顔が引きつっている。敵の意図が分からず、城の中に不安が漂う。
それから陽が沈みかけた時、ようやく変化が訪れた。しかし姿を現したのは、ダヴィ軍ではなく、捕虜となっていた味方の兵士だった。
「ダヴィ軍に解放されました。門を開けてください」
その顔を確認すると、確かに味方だった。部外者は紛れ込んでいない。バーラ男爵は捕虜を逃がした敵の行動の意図を読み取る。
「おのれ! 慈悲をかけて、降伏を迫る気だな。そうはさせないぞ!」
勝手に怒るバーラ男爵の傍に部下が駆け寄ってきた。そして彼に耳打ちする。
「捕虜になっていた者から聞いたのですが……」
ぼそぼそと報告を続ける。すると、彼は先ほど以上に顔を真っ赤にして、目じりをつり上げる。そして机を何度も叩き、部下は体をこわばらせた。
バーラ男爵は唾を飛ばしながら、部下に命ずる。
「カターニ殿を連れてこい。今すぐだ!」
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