解説②『ダヴィ王活躍時の世界情勢変化の背景について』

 金歴500年代に世界統一を果たしたダヴィ=イスル王の活躍は、聖女様が操ったと言われるほど、奇跡の所業しょぎょうと称されている。彼の靴磨きから成り上がった軌跡と、絶え間ない数々の危機との遭遇を思えば、その評価は不思議ではない。


 しかしダヴィ王の登場が偶然であるかといえば、そうではないと私は思う。彼の主君であるシャルル=ウォーターや、ソイル国女王のアンナ=ソイル、教皇・アレクサンダー6世など、同時期に多くの変革者が登場しているのを見ると、世界統一はいずれは起こりえた事象であったと考える(ハリスはここに含めない。彼はどちらかと言えば、変革者ではなく、破壊者だった)。


 当時の世界は、七大国の政治体制にいていたと、私は強調したい。


 そもそも七大国の国際バランスが出来た背景は何であろうか。


 それは「異教徒駆逐」を目的とした「農耕民族」かつ「聖女信仰」の一派の戦略だった。


 この一派の歴史は苦難の連続である。金獅子王後の数百年間は、まだ狩猟民族である異教徒に攻め込まれることが多かった。高い城壁で囲んだ都市の名残は今でもあるが、当時の異教徒の脅威を表している。彼らは増える人口を用いて城外で農耕することが出来ず、固い城壁の中で窒息しかけていた。ある司祭は手記にこう残す。


『聖女様は我々に城を与え、天地を与えることはしなかった』


 そこで、彼らは各地に城郭都市を増やしていこうとした。南フォルム平野から徐々に拡大し、やがて大陸全土に都市を形成するに至った(ソイル国は別である。北ロッス平原では農耕が出来ず、彼らは仕方なく遊牧を行うしかなかった)。


 その際に用いられたのは、「聖女信仰」と「強固な身分制」である。都市内の結束力を高めるため、「聖女信仰」という一神教による精神統一と、「強固な身分制」による命令系統の統制により、異教徒に負けない統率された集団を作り出した。この集団を率いたのは、後に貴族階級となる、在地領主たちだった。


 その一方で、この仕組みは一都市に留まったことを言及したい。都市間の調整役とした七大国の王が君臨したが、王たちは都市内部の統治には踏み込めなかった。貴族たちは王に対して都市内部への内政不干渉権を有していた。この当時の資料を読み解いても、王が民に直接命令しているのは、自分の直轄地だけである。この七大国の時代は、極めて分権的な政治システムが敷かれていたことが分かる。


 ところが時代は変わる。平野から異教徒たちが消え、都市外でも農耕が可能になった。各地で大開墾期が到来し、金歴400年代には耕地面積が十倍以上に膨張した。人口も爆発的に増えた。この時代は気候も温暖だったことが幸いして、その増えた人口以上に収穫量が増え、余剰生産分の売買も活発に行われるようになった。それはやがて商人や職人を生み出し、大都市を形成するに至る。都市内商業から、都市間商業に主役が移っていく時代でもあった。民衆の中には、貴族たちの財力を上回る富豪も登場してくる。


 その結果、民衆の邪魔になったのが「都市政治」の遺物だった。民衆の移動を阻害する都市政治や、不公平感を与える身分制は、民衆の生活の発展にとって、障害物そのものとなった。


 この点、王侯貴族は旧態依然のままだった。異教徒という仮想敵がいたからこそ成り立っていた不平等な身分制や税制に甘んじ、民衆から搾り取る態度に変わりはなかった。民衆に対する法律はあれども、貴族に対する法律は無いに等しい。貴族たちはそんな体制を疑問にも思わず、変貌する世界の中で、眠りこけていたと言ってよい。この当時没落した貴族はこう言い残した。


『なぜ私がこんな目に会うのだ! 父や祖父と同じように暮らしてきたのに! 我らはめられたのだ」


 王侯貴族は全人口の5%もいない。当然、大多数の民衆の意向が歴史に反映される。民衆は世界の変革を望み、旧来の政治の打破を希望した。


 そんな彼らの思いを叶えたのは、ダヴィ=イスルであったというのは、言うまでもない。


(解説:歴史家・ルード=トルステン)

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