第12話『改革者・ルフェーブ』
聖子女暗殺未遂事件から数日後、調査を終えたオリアナとルフェーブは、ロースに駐在しているダヴィの元に報告に来ていた。椅子に座るダヴィの片足には、痛々しく包帯が巻かれている。
まずダヴィは礼を言う。
「調査お疲れ様。特にオリアナ、事前の諜報も見事だった。あとで褒美を与えよう」
「はい……」
ニッコリとオリアナは笑う。その陰湿な仕事ぶりとかけ離れた笑顔の晴れやかさに、隣にいたルフェーブは内心引いた。
ダヴィはオリアナに笑顔を返しながら尋ねる。
「首謀者は現場にいた教皇の側近で間違いないかい」
「はい、その通りです。しかし協力者の存在が確認されました」
ルフェーブは報告書を開いて、名前を読み上げていく。その中には祭司庁や修道院の高位の聖職者の名前もあった。読んだ後、ルフェーブはため息をつく。
「聖子女様を害しようとなど、あってはなりません。それなのに、こんなにも多くの罪人がいるとは」
「……でも、これであぶり出せた」
オリアナの指摘に、ダヴィとルフェーブは頷く。この事件で教皇に心を寄せる者は一網打尽に出来るだろう。
ルフェーブはダヴィに向き直る。
「ダヴィ様。私はカリーナ典女と協力して、この機に改革を行いたいと思います」
「改革とは?」
「主に祭司庁の改革です。教皇位に集中していた権力を分散させます」
ロースの修道院を統括する大院長、地方の修道院を指導する院長冠位、そして聖子女のお世話をする修道女たちの筆頭の典女と、修道院はその職務ごとに権力が分散している。しかし祭司庁では教皇が全てを統括していた。地方の司教・司祭の任命や指導、そして寄付金の管理まで行っていた。その結果、教皇に金と権限が自然と集まるシステムになっていた。ルフェーブはそこにメスを入れる。
「祭司庁の最高判断機関として高位聖職者10名で構成する正円会議を設けます。教皇位はその会議の議長程度にして権力を低下させ、重要議案は必ず会議の議決を取らせます。この方法で権限の分散を図れるでしょう」
「その会議の参加者の選定は?」
「祭司庁と修道院の高位聖職者による投票とします。そして教皇を含めて再任不可の任期5年とします」
「がんじがらめにするんだね」
ルフェーブは頷いた。この改革で正円教の判断は鈍重になるだろう。しかし世俗から切り離し、清廉な宗教に戻す目的にはかなっている。ルフェーブはダヴィに頼む。
「私を祭司庁にお戻しください」
「ルフェーブを?」
「この改革は私しか出来ません。そして祭司庁の内部から意識改革しなければ、浸透しないでしょう」
ダヴィはジッと彼の顔を見つめた。ダヴィのオッドアイに、メガネをかけた彼の端正な顔が映る。
「……自ら地獄に飛び込むようなものだ。死ぬような目を見るよ」
ルフェーブは珍しく口角を上げて、ハッキリと言った。
「覚悟の上です」
この改革は当然、祭司庁からの反発は大きかった。修道院の後ろ盾はあったが、自分たちの権限を削られる変化に必死に抵抗した。その旗手であるルフェーブは何度も暗殺されかける。
しかし彼は10年かけて、粘り強く、果敢に挑み、改革を成功する。彼はダヴィの民衆政策にも関わり続け、この時代の宗教史は彼が編集したと言ってもよい働きをする。
『神を操る男』と評された
ところが、そんな彼でも戸惑うことはある。
「ダヴィ様。もう一つの件ですが、そちらはいかがしましょうか」
「聖子女様か……」
ダヴィとルフェーブは
――*――
彼らが悩む原因は、昨日の出来事にある。ダヴィは足を引きずりながら、ルフェーブと一緒に聖子女に
聖子女はカリーナと並んで座り、彼らの訪問を受けた。怪我をしているダヴィのために、彼の椅子も用意していた。
だが、その場所が問題だった。
「あの……その場所は?」
ダヴィが指摘したのは、聖子女の椅子との近さだ。お互いのひじ掛けは触れ合い、カリーナの席よりも隣接している。しかしカリーナのベールの奥の顔は無表情なままだ。
「どうぞ」
「は、はあ……」
ダヴィは一度ルフェーブと顔を見合わせ、おずおずとその席に座った。そして自ら椅子を動かそうとする。ところが、聖子女がいきなり動かした右手が、ダヴィの左腕をつかんだ。
「怪我は大丈夫か?」
「え……あ、はい。問題ないです」
「左様か。心配した」
と言う間にも、聖子女の手はダヴィの腕を伝い、彼の左手へと滑り入る。そして彼の手を両手で包み、指を絡める。ダヴィは顔を赤らめるが、聖子女の頬もリンゴのような色に染まる。
この時点で、ルフェーブは察した。“こういう事”に鈍感なダヴィと異なり、彼女の顔を見ただけで分かる。一応確認のため、ルフェーブはカリーナの顔を
聖子女はしばらく彼の温もりを堪能した後、手をつないだまま本題に入る。
「余は不安じゃ」
「な、なにがでしょうか?」
「今後、いつ何時、襲われるかもしれぬ。あの日から夜の暗さに
今まで聞いたことがない彼女の弱気な本音に、ダヴィとルフェーブは驚いた(真相を知るカリーナは口をへの字に曲げていたが)。2人は彼女を安心させようと発言する。
「ロースに軍の一部を配備します。さらに衛士たちの人数も増員して、警備体制を強化します」
「今回の件で、教皇派と呼ばれる者は一掃されました。もはや反乱は発生しないでしょう」
「それでは不十分です」
とカリーナが反論する。彼女は聖子女の顔をちらりと見て、そして2人に言った。
「このロースには、悪の使徒が
「それでは、いかがいたしましょうか?」
「余をそなたの元に連れ申せ」
と聖子女ははっきり言う。ダヴィは確認する。
「お連れするとは、一体?」
「以前のように、ダヴィ殿のお城に住むとおっしゃりたいのです。今回は私だけではなく、修道女を何人か連れていきますが」
「いや……それは……」
とルフェーブは呟き、ダヴィも眉間にしわを寄せる。確かにダヴィの城の方が警備体制はしっかりしているし、簡素な構造のために死角が少ない。しかしながら、前回のナポラでの滞在が異常事態だったのだ。聖子女がロースから離れること自体、この数百年の歴史において指で数えられるほどしかない。
カリーナは彼らの考えを読み、言葉を付け加える。
「聖子女様が襲われた今が、
「嫌か?」
と聖子女が憂わしげな表情をする。銀色の眉毛が八の字に動いた。ダヴィはその表情を見て、断れないと思った。
「……仕方ありません。ここが安全になるまで、お越しください」
「感謝いたします、ダヴィ殿」
とカリーナが言い、聖子女は微笑んだ。ダヴィはつかまれた手がいつ放されるのか、困惑したままタイミングを失っていた。
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