第9話『シリルの戦い』
ダヴィ軍は丸坊主になった小麦畑を抜け、南下を続けた。目指すは貴族連合の中心人物・シリル子爵の領地だ。
「来たな」
とシリル公がほくそ笑む。貴族たちの軍勢はすでにシリル公の城に集まっていた。その数、2万人。予想通り、ダヴィ軍の2倍の兵力だ。
彼らはダヴィ軍の兵力を見て、勝負に出た。調子に乗ったと表現してもいい。ここで叩いておくことで、今後の自分たちの北進を楽に進めようとした。
この戦術自体は間違ってはいない。なぜなら勝手知ったる自分たちの領地内で戦う方が有利だからだ。この戦いに従軍しているジョムニも、彼らの出方に納得する。
「臆病な敵ではありませんね。ただし、こちらにとってはやりやすいですが」
貴族連合軍はゆっくりと待ち、ダヴィ軍を引き込む作戦を取った。シリル公の領内には大きな川が流れているが、それを渡ってくるまで待つ。ダヴィ軍を潰走させた後、その川に追い落とすのが狙いだ。
ダヴィ軍は慎重に渡河してくると、貴族たちは考えていた。敗走時に逃げるため、舟をつないでおく必要がある。その準備を含めて、早くても渡河に数日かかると計算している。
ところが、その予想は外れた。
「なに? もう渡っただと?」
ダヴィ軍は全くためらわず、川を渡ってしまった。勿論、舟の用意もしていない。
いわゆる背水の陣だ。
「敵が迂回してこないか」
「それは無理です」
とジョムニはダヴィに答える。貴族連合軍は数は多いが、その分統率が無い烏合の衆だ。彼らが任務をしっかり分けて動けるとは思えない。
敵に作戦がないと分かれば、背水の陣は有効な戦術だ。退路がないと分かれば、兵士たちは奮起して士気が高まる。
そしてこの戦術にはもう一つの効果がある。
「ふざけるな! なめよって」
と貴族たちが激昂する。ダヴィ軍は自分たちに川へ追い落とす力がないと馬鹿にしたように感じたのだ。彼らは固めた陣から出て、ダヴィ軍に迫った。
秋風が吹きこむ平原。ダヴィ軍と貴族連合軍は対峙する。
「聖子女様を
「黙れ! 歴史や文化を破壊しようとする者め。数百年の歴史の重み、我らの槍で味合わせてくれる」
軍使同士の挑発が終わり、戦端が開かれた。太陽はまだ中天に昇らない時刻、高揚する体を冷やす秋口の空気が立ち込めていた。
矢合戦もそこそこに、貴族連合軍は軍を展開させ、一気に両翼で包み込もうとした。攻撃を命じるラッパの音が戦場に響く。
「焦るな! 敵を引き込め」
とダヴィが指示する通り、ダヴィ軍は動かない。矢で応戦するだけだ。貴族たちの伝統ある騎兵が機動力を発揮して、とうとう三方向から攻める戦術に成功する。
「ワハハハハ! やはり農民上がりの奴らは戦術が弱い。高尚な我々には勝てぬ」
と貴族たちは各所で嘲笑する。あとは数で押し込めば良いだけだ。
ところが、ダヴィ軍の防御は岩のごとく堅かった。貴族たちの騎兵が何度突撃しても、その防御線はびくともしない。
「なぜだ? なぜ崩れない?」
貴族たちの焦燥は攻撃に現れる。騎兵たちは何度も挑発を繰り返し、ダヴィ軍を引き出そうとする。しかし彼らは動かず、近づいてくる騎兵を長槍で応戦する。
「卑怯だぞ! 伝統ある一騎打ちで勝負しろ!」
と叫ぶ騎兵の喉に、槍が突き刺さる。彼は白目をむいて、落馬して絶命した。
ジョムニはこの戦局に微笑む。
「これが新しい戦術です」
この戦いの前、貴族連合軍が怒って出陣してくる間に、ダヴィ軍は陣の周りに馬防柵と浅い堀を掘っていた。ダヴィ軍が明確に彼らに劣っている戦力は、騎兵の数だ。それを潰すための手段が、現在効果的に機能している。
このような戦術は以前の非常備軍様式では不可能だった。その場限りの徴兵された農民軍では統一された動きは取れず、騎兵の突撃に怯えてしまうはずだ。さらに軍紀が緩い分、各部隊による勝手な突撃を許してしまう。
ところがダヴィの常備軍は普段から厳しい訓練を重ねている。軍紀も引き締められている。貴族・騎士以外は徴兵された民衆で固められている貴族連合軍と異なり、彼らは正しく戦争の“プロ”である。
突撃を跳ね返し、一騎打ちもさせてもらえない。盲目的に突撃を繰り返す貴族連合軍は疲れ果てる。
その機を、ダヴィは見逃さない。
「突撃ラッパを鳴らせ!」
ダヴィ軍陣内にラッパの音が響き渡る。そして柵の一部が取り除かれ、左右から部隊が進撃する。それぞれの先頭に立つのは、アキレスとミュールだ。
「騎兵を恐れるな。蹴散らすぞ!」
「敵の本陣まで、突き進みやがれ!」
彼らの部隊のほとんどが歩兵だ。しかし一糸乱れぬ攻撃は、疲労が重なる貴族連合軍を恐れさせる。思い思いに各個戦う騎兵に向かって、複数の槍を突きだして倒していく。
貴族連合軍の攻撃の要である両翼が崩れる。
「あとは中央だけだ! 一気に攻める!」
ダヴィはもう一度突撃ラッパを鳴らさせた。ダヴィ軍は全ての柵を取り払い、一気に堀を越える。2万の貴族軍の陣容が、1万のダヴィ軍になす術無く破壊されていく。
「ふざけるな! どうしてこんなことに……ふぐっ」
激怒していたシリル公の眉間に、矢が突き刺さった。周りの兵士が慌てる様子を、ジャンヌが遠くから眺める。そして得意げに口角を上げた。
「へへーん、いっちょ上がり!」
「あっ! てめえ、取りやがったな!」
「やられた」
と後から来たミュールとアキレスが悔しがる。ジャンヌは持っていた弓で彼らの背中を叩く。彼女の肩口で跳ねている髪が、秋風に踊る。
「今回はあたいの勝ちさ。さあ、のろまな男ども! さっさと他の敵を倒してきな」
「へーい」
「分かったよ」
総大将を失い、貴族連合軍は崩壊した。中には降伏して、慈悲を乞うてくる貴族もいた。ダヴィは隣にいた軍師に尋ねる。
「命だけは許してもいいかな」
「ええ、構わないでしょう。領土と財産を差し出させることを条件に、捕えておきましょう」
「分かった。……それにしても、あっさりと勝ったね」
とダヴィは感想を言う。彼はもう少し苦戦すると思っていた。相手の兵力はこちらの2倍だった。単純に考えても、数の暴力は手ごわい。
しかしジョムニはこの結果に驚かない。
「彼らの戦術はこの数百年変わっていません。古ぼけた軍が自壊しただけです」
今後はこの戦術が主流になる、とジョムニは断言する。戦争のプロである軍人が戦場を支配する。急場しのぎの徴兵された軍では太刀打ちできない。
この後の時代、民衆を徴兵した部隊が活躍するのは、銃火器の発展を待たねばならない。大量生産された簡易に扱える銃火器は、素人の民衆を戦場に投入し、国家総力戦へと様相を変えさせる。
しかしそれは何百年も後のお話。ダヴィ軍の戦術は間違いなく、この時代の最先端を進んでいた。
「彼らは寄せ集めで、特別弱かったです。クロス国は元々平和で、戦場にも慣れていなかった。百戦錬磨のファルム軍相手ではこう上手くはいかないでしょう」
「そうだな。覚悟しなければ」
とダヴィが表情を引き締めていたその時、騎士が一人近づいてきた。
「ダヴィ様。オリアナ様から書状です。急ぎご覧になるようにと」
「うん?」
ダヴィはすぐに渡された書状を開く。その内容に彼のオッドアイは見開かれる。ジョムニは尋ねる。
「いかがしましたか?」
「ジョムニ。俺たちは
「はい?」
ダヴィの目は北を向く。秋風が流れて来る方角を
「聖子女様が危ない」
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