第20話『それぞれの精いっぱい』
たとえ戦争中でも、人々から生活が無くならない。男たちが日々の戦争に明け暮れている中で、女性や子供たちは家事や隠した畑の整備、家畜の世話に追われている。
ルツやオリアナも同様である。他の主婦と一緒に車座になって、
「……ここはどうするの?」
「ここに糸を通すのですよ、オリアナ様」
「ありがとう……」
こういう家事は不得意なオリアナは、周りの主婦に教わりながら、衣服を繕っている。勿論、兄の衣服をである。そういう家事の傍らで、スパイを動かして情報収集を続ける。驚異の働きである。
その隣にいるルツも同様だ。彼女は裁判官として民衆のもめごとを解決しに回っている。慣れない穴倉生活は当然フラストレーションもたまりやすい。それをテキパキと処理している。
彼女たちの華やかなドレスは、すっかりと汚れてしまった。雨に濡れた花弁のように、しおれて見える。髪の手入れも出来ていない。ルツはオリアナを見て、自分も短く切った方が良かったかしらと、こわばった肩を回しながら思った。
その時、彼女に声がかかる。
「ルツお姉ちゃん!」
「あら、エラ、どうかしたの?」
ルツが振り向くと、エラの姿を見て笑った。彼女は鍋をかぶり、おたまを持って、仁王立ちになっている。彼女の後ろには、他の子どもたちも同じように、思い思いの武装していた。
ルツと一緒に主婦たちが笑う中、エラが鼻息荒く言う。
「エラもパパといっしょに、たたかう! ね、みんな」
と呼びかけると、子供たちは「おお!」と穴倉中に響く大きな声で返答した。ルツは彼女の統率力に内心舌を巻きながらも、針の手を止めて、彼女に近づいて鍋の兜を外す。
「こら。これは食事に使うものです。戦いに使うものではありません」
「でも、エラたちもたたかいたいもん!」
子供たちはガシャガシャと音を鳴らし、エラに賛同する。ルツは彼女たちを叱ることなく、ひざを折って目線を合わし、優しく諭し始めた。
「じゃあ家事をしている私たちは、戦ってないというの? 敵を倒すことだけが戦いではありませんわよ」
「パパたち、たいへんそうだもん。キズだらけでかえってくるし」
「そうね、助けてあげないといけませんわね。でもね、私たちが待っていなければ、ダヴィお兄様たちはどこに帰ってこれるの? 私たちが温かい料理とベッドを用意しているから、彼らは安心して戦えるのですわよ」
とルツは言って立ち上がると、彼らに呼びかける。
「さあ、いらっしゃい。皆で古い服を裂いて、包帯を作りましょう。一緒に頑張りましょう!」
「それもたたかいなの?」
「ええ、そうですわ。これも立派な戦い。待つ者の戦いです」
――*――
彼女たちが頑張っている中、ダヴィは作戦室で怒られていた。
「まったく、冒険も大概にしてもらいたいものだ!」
「すまない」
ダヴィが頭をかきながら謝るが、ダボットの批判は止まらない。彼が怒っているのは、先日のアンドレとの不意の戦闘である。ダボットは立場を忘れて叱りつける。
「この作戦は奇襲こそが要! それを堂々と姿を現して、しかも大将が戦うなんて、何を考えておられるのか!」
「いや、ダボット殿、そこまでにしてくれないか」
とアキレスがフォローすると、今度は彼を叱る。
「主君の危機ならば、すぐに駆け付けるべきだ! 他の敵など放っておいておけば良いものの、律儀に片付けてから来よって。お前は物事の順序が分からんのか!」
「うぐっ」
「まあまあ、ダボットさん、このくらいにしましょう」
とジョムニが助け舟を出す。ダボットはいら立ちを抑えるために、パイプを持って穴の入り口へ向かった。
彼が去った後、ジョムニが一言、苦言をもらす。
「彼の言うことは正しい。ダヴィ様、自重してください」
「面目ない」
「しかし、ダヴィ様の焦る気持ちも分かります。目の前に敵の大将がいたら、チャンスだと思うでしょう」
とジョムニが同情する。教皇軍の士気の低下は深刻だが、ダヴィ軍も被害は出ている。奇襲がメインであるが、戦闘による死傷者も出ている。数が少ないダヴィ軍にとっては痛手だ。
そして冬が迫ってきている。穴倉で暮らす彼らにとって、霜が降りる寒さは脅威だ。これ以上、時間をかけたくない。
ダヴィは苦い顔をして、現状を憂う。
「教皇軍がこんなに粘るとは思わなかった。彼らの食糧はもう尽きかけているだろう」
「そうだと思います。しかし、耐えている。プライドなのか、気力なのか」
「信仰の力か……」
聖女の敵を倒す。その使命を達成しようと、兵士一人一人が頑張っている。ナポラの街からは教皇が派遣した司祭たちが絶えず祈りを捧げている。正円教の力を結集して、ダヴィたちを排除しようとしているのが分かる。
ダヴィは今後の作戦を決め、アキレスと共に穴を出た。
見晴らしのいいところから、ナポラの街が見える。あの中に自分たちを殺しに来る5万人がいる。
「我ながら、つらい道を選んだものだ」
数か月戦い続けている。昔体験した籠城戦よりも厳しい。この戦いを乗り越えたとしても、次の敵がすぐ来るだろう。ダヴィは以前戦いを、水中で溺れている苦しみで例えたが、今も無数の手に足をつかまれて水中に引きずり込まれている感覚に襲われる。
アキレスが慰める。
「しかし、ダヴィ様がやらなければならない使命です。他の者には出来ない」
「うん」
「きっとジャンヌやルフェーブも頑張っていることでしょう。あいつらを待つためにも、ここで頑張らないと」
ダヴィはふうと一息つき、空を見上げた。薄い青色の中に白い雲が浮いている。あれはどこに行くのだろう。俺たちも行かないと。
「さあ、負けてられないな」
と覚悟を改めて決めたその時、ミュールが木々をへし折って駆けてきた。血相を欠いている。
「ダヴィ様! やつら、やりました!」
「やった?」
ミュールが指さした。その山際からは煙がモクモクと出ている。その煙の中にうごめく影があった。
ミュールは唾を飛ばしながら報告する。
「教皇軍が山を燃やしてきやがった!」
――*――
山が燃えている光景は、当然ナポラ城からも見えた。その命令を出した覚えのないアンドレがその現場に急ぐ。案の定、そこにはベルナールが松明を持つ部下を指揮していた。
「ベルナール、何をしている!?」
アンドレが怒りと共に問いただす。街にとって山は冬を越すために欠かせない存在である。枯れ木は暖炉の薪に使えて、枯葉はたい肥になる。冬に差しかかるこの季節、山を燃やす行為は、街に死刑を宣告していることと同意である。
しかしベルナールにためらいはない。煙が漂う中、秋の空と同じような澄んだ晴れやかな笑みを見せる。
「山は彼らに毒されました。浄化しなければなりません」
「浄化だと?」
「街を破壊しなければいいのでしょう。山は敵の領地です。私には浄化する使命がある」
ベルナールは燃え盛る山に向き直る。そして大きく手を広げ、天に向かって叫ぶ。
「ああ、素晴らしい! これぞ、聖なる火。聖女様よ、ご覧あれ!」
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