第10話『覚悟を決めろ』

 ロースに教皇軍が集結しつつある。その噂が広まった途端、ダヴィが治める領内は騒然となった。子供に至るまで、その軍勢の行く先がここであることを知っている。


 人々が荷物を抱えて、迫りくる戦雲から逃れようとしている時、ダヴィは城に散髪屋を呼んでいた。


「これで、よろしゅうございますか」


 鏡で後ろ髪も確認し、ダヴィはひとつ頷く。


「ありがとう」


 ダヴィは髪型を変えた。耳周りや後ろ髪を刈って、髪のボリュームを減らす。これからいつ髪を切ることが出来るか、分からない。だから短めに切った。


(マクシミリアンに似ちゃったな)


 彼が見たら「俺をマネやがって」と言うのだろうか。ダヴィがくせ毛じゃなかったら、それこそマクシミリアンやアキレスとそっくりだ。ダヴィはそんなことを思いながら、クスリと微笑んだ。


 それにしても、ジョルジュもバッサリと髪を切ったものだ。久しぶりに見た彼の姿に、驚いたことを思い出す。


(シャルル様への未練はないということか)


 ひとつ、ため息をつく。人生、上手くいかないことばかりだ。


 散髪屋が道具をしまい、ダヴィは立ちあがって自分の服についた髪を払っていると、ドアがノックされた。


「ダヴィ、いる?」


「ああ、ジャンヌ。どうした……の……?!」


 彼女の姿を見て、ダヴィは口が半開きになる。


 ジャンヌの長い三つ編みが、バッサリと切られていた。肩口で揃えられ、茶色い髪が外側へ跳ねる。そんな髪を見せるように、ジャンヌは手を後ろで組んで立っていた。


 珍しくもじもじと体を動かすジャンヌに、ダヴィは素直に質問する。


「その髪、どうしたの?」


「え、ああ、なんか邪魔になったから切っちゃっただけだよ。あの三つ編みも子供っぽかったから」


 彼女は昔を思い出し、表情を少し暗くする。


「それに、この髪を褒めてくれたトリシャはもういなくなっちゃったし……」


「ジャンヌ……」


「トリシャのために戦う。その決意だよ」


 ジャンヌは自分の新しい髪を撫でて、自分の頭を横に向けた。


「どう……かな?」


「うん、似合っているよ」


「そうかな。えへへへへ」


 無邪気に笑うジャンヌに、ダヴィはまた尋ねる。


「それで、どういう要件?」


「え?」


「何か用があって、ここに来たんじゃないの?」


 そう聞かれて、「えっと」や「あー」と色々考えた挙句、ジャンヌは答える。


「……なんか忘れちゃった。ごめん、また来るね」


「えっ……ああ……」


 ジャンヌは逃げるように、部屋を出ていった。ダヴィは首を傾げて見送ったが、その隣で散髪屋がくすくすと笑っている。


「ダヴィ様、きっと褒めてもらいたかっただけですよ」


「あー……そうなのかな」


 トリシャに「女の子には褒めてあげなさい」と叱られたことを思い出す。ダヴィは反省しながら、妹のような存在の彼女を、次はたっぷり褒めてあげようと決めたのだった。


 ――*――


 ナポラの街に、荷車が多く行き交う。商人たちが荷物を抱え、家族と連れて出て行こうとしていた。


 そんな彼らと、残る農民たちや職人たちと小競り合いが起こる。


「おい! 逃げるんじゃねえよ」


「卑怯だぞ。教皇に味方するのか!」


「命あっての物種だ! お前らこそ、そんな無謀なことに参加して、バカじゃないのか」


「なんだと!?」


 喧嘩の様相ようそうていしてきた時、ミュールとアキレスが間を割ってきた。


「待て待て! こんなとこで争っているんじゃねえよ」


「止めろ! 収まれ!」


「でもよお、ミュール隊長。こいつら、ダヴィ様を助けようとしない、裏切り者じゃねえか。そんな奴ら許したら、示しがつかねえよ」


 そうだそうだと、残留組が騒ぐ。逃げようとしている商人の家族は怯えて、身を寄せ合っていた。


 アキレスは大声で言う。


「逃げたい奴は逃げろ!」


「え?」


「去る者は追わない。それがダヴィ様の方針だ。この街を出たい者は出てくれ」


 戸惑い、顔を見合わせる民衆に、ミュールも大きな声で語りかける。


「俺たちはダヴィ様の想いに応えて、戦うことを決めた。嫌々戦うやつはいらねえんだ!」


「そういう者は遠慮なく出て行ってほしい。俺たちは一緒の信念を持つ者たちと戦いたい」


 それだけ言うと、2人は商人家族に言う。


「すまねえな。さあ、行ってくれ」


「迷惑をかける。達者でな」


「す、すみません……応援はしていますから」


と言って、彼らの荷車は行ってしまった。それを妨害していた民衆たちは何かを考えている表情を浮かべながら、各自解散していった。


 アキレスは心配する。


「大丈夫か? また出ていく者が増えるんじゃないのか」


「構わないさ」


 これからの戦いが厳しいことは、全員知っている。ミュールは無論勝つ気ではいたが、彼自身も不安に苦しんでいた。


 ミュールは覚悟している。傷が多い顔を動かさず、呟いた。


「一緒に死ぬやつは、少ない方が良いさ」


 ――*――


 執務室に戻ったダヴィのもとに、ジョムニとダボットが来ていた。分厚い紙で出来た巻物を抱えている。


 目の下に隈を作るジョムニがそれを差し出す。


「今後の作戦を立案しました」


「これしか無かろう」


 ダヴィは机の上に巻物を広げる。そこには第一段階、第二段階……と長期の作戦を描かれている。


 その内容は、これまでの戦術と全く異なるものだった。


「これは……騎士の戦いではないな」


「はい。これは民衆の戦いです」


「間抜けな敵は驚くだろう」


 クックックッとダボットが笑うと、ジョムニもニコリとほほ笑んだ。数日間缶詰め状態で考え抜いた彼らには、やり切った満足感が見える。


 ダヴィは笑わず、その作戦を読み進めながら、息を飲む。その詳細な内容には、現在、ダヴィたちが持ちうる資源や材料を余すところなく使っている。


 綱渡りをするような、ギリギリの戦術だ。巻物を持つダヴィの手に、汗がにじむ。


「ダヴィ様に決断していただきたいのです」


 ジョムニはその巻物の一部を読み上げながら、要点を伝える。ダヴィは理解した。


「民衆にも犠牲を強いる作戦だね」


「ええ。しかし、必要な犠牲です」


「最後に勝利をつかむためには必要だ。勝った後に、協力した民衆を援助するしかない」


「ダヴィ様は悪人になれますか?」


 ダヴィは目をつむった。そしてゆっくりと、それでもしっかりと、頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る