第6話『意外な葬儀』

 ミュールとルフェーブは城に戻ってくると、早速、ダヴィのところへ来た。


「俺たちナポラは、ダヴィ様を支えます! 裏切りません!」


「私はナポラ在住の司教と一緒に、民衆に説いて回ります。司教もダヴィ様に味方してくれます」


 ダヴィは立ちあがり、2人の手を両手で握った。正円教の教皇に逆らうと決め、味方はいないと悩んでいた最中だった。彼らの言葉に感動し、ダヴィは目を潤ませる。


「頼んだ、2人とも」


「はっ!」


「分かりました」


 これでナポラを追い出されることは、当面なくなった。


(シャルル様の時とは違う)


 シャルルが殺された時、立ち上がる民衆はいなかった。今回はダヴィと一緒に戦ってくれるという。民と共に歩む。マザールの教え通りの政治をしてこれたことを、ダヴィは誇りに感じた。


 それでは早速、とミュールに命じる。


「ナポラの人々に告知してきてほしい。年明け、催事を行う」


「催事ですかい? でも、婚礼はもう……」


「婚礼じゃないさ」


 ダヴィは表情にかげりを見せる。


「葬式だよ」


 ――*――


 金歴550年、暗い年越しが過ぎた。ナポラの教会内に黒い喪服が並ぶ。


 白い小さなひつぎが、大きな台の上に飾られた花々の上に浮かんでいる。小舟のように、悲しく漂う。本来なら別室で、棺の上に開いた小窓から顔を覗いて、最後の挨拶をするのだが、遺体の損傷が激しいので取りやめになった。参列者は持ち寄った花を棺の周りに置く。


 この花々が本当なら結婚式で使われたであろうことを、ここにいる全員が知っていた。


 司教の祈りの言葉の後、パイプオルガンの演奏が始まった。エラはキョロキョロと見渡しながら、手をつないだダヴィに尋ねる。


「ねえ、パパ。なんでみんな、くろい服なの?」


「そういうパーティなんだよ。静かにしていないとダメだよ」


「なんだか、さみしそう。つまんない」


 口を尖らせ、地面の絨毯じゅうたんを軽く蹴る。エラには何も教えていなかった。目の前のひつぎの中にいる人のことも、これが葬式だということも。


 エラは会えるはずのない、目の前のひつぎに眠る彼女を恋しがる。


「ママはいつ来るの?」


 後ろにいたルツが、びくりと体を動かす。ダヴィはゆっくりと嘘をついた。


「ママはお仕事だから、しばらく来れなくなっちゃったんだ」


「やだ! だって、パパとママ、けっこんするんでしょ? エラがお祝いするもん!」


「エラ! ママは来ないんだ!」


「やだー! はやくママに会いたい!」


 ボロボロと涙を流すエラを見て、ダヴィは胸をつまらせる。一緒に見ていたルツも、目頭にハンカチを当てた。


「……オリアナ、エラを連れ出してくれ」


「はい……」


「ママのウソツキ! うわああああ!」


 エラの泣き声が響く。それはパイプオルガンの音よりも大きく、参列者の心に響いた。


 ダヴィは目の前で眠るトリシャのひつぎを見つめる。この状況を彼女はどう思っているだろうか。非業ひごうの死を遂げた彼女に、エラを見守ってほしいと願うのは、酷なことかもしれない。


 ――*――


 正円教においては火葬を行う。死者は体を焼失させた後、その魂は聖女様のもとに行き、太陽の国(天国)か月の国(地獄)に振り分けられると信じられている。早く燃やさないと、魂が体にとどまり、地上をさまよい生者に不幸をもたらすと恐れられているのだ。


 教会近くの火葬場。設置された多くの薪の上に、ひつぎが運ばれる。元司教らしく、祈りを捧げているルフェーブのもとに、オリアナが近寄ってきた。


「意外な結果……こんなに大勢くるなんて……」


「ええ、葬儀を行ったかいがあった」


 実際のところ、この葬儀自体が勇気のいることだった。正円教の教皇から殺されたトリシャを、わざわざ正円教の教義ののっとって弔うことを、教皇にとがめられてもおかしくない。


 それでも、この葬儀を行う政治的な理由があった。


「ここに集まった人……味方になりそうって、考えていいのね」


「その通りだ。近隣の民衆の代表者、フィレスやヴィレンの知識人……おや、あそこにいるは高名な修道院長か。覆面しているがそうだろう」


 ダヴィに同情的、もしくは教皇に批判的な人物が参列していた。彼らは簡単にではあるが、ダヴィにお悔やみを言って去っていく。


 彼らの不満は現在の教皇位の扱い方にある。アレキサンダー6世を含めて、三代続けて自分の子に教皇位を、謀略と賄賂を使って、相続させてきた。本来は選挙で投票し、聖子女に祝福されて選ばれるしきたりのはずだが、それは守られていない。さらに、そんな悪徳の教皇たちは教皇領の領有など祭司庁の世俗化を進めてしまった。それが古来の清廉せいれんな正円教を望む人々から反感を持たれている。


 ルフェーブもその一人だ。彼はこの葬儀の結果に、微かな手ごたえをつかんだ。


「教皇には潜在的な敵が多い。我々の踏ん張り次第では、戦局をひっくり返せる」


「それは、とても難しい……でも、やるしかない」


 大火が空高くそびえていく。灰になっていく棺を見ていたダヴィの頭に、強い衝撃がきた。


「いったあ……」


「ダヴィ様!」


 ミュールが駆け寄る。どうやら石が投げられたらしい。痛む頭を抑えていると、黒いベールをかぶった女性が近寄り、ダヴィの胸ぐらをつかんだ。


「ふざけるんじゃないよ!」


「ロミー……」


 目を真っ赤に腫らして、サーカス団団長ロミーが、ダヴィを追及する。声も体も震わして、ダヴィの服を強くつかむ。本来なら結婚式に参列する予定だったが、この凶報を知らせて、駆け付けてきたのだ。トリシャが死んでから、初めて会うことになる。

 


「あんたは死神だよ! 今まで人を殺してきた報いが、なんだってあの子に行くのさ! 自分の罪は自分でつぐなうのが普通だろう?!」


「…………」


「あんなに幸せそうだったのに。どうして、どうして……」


 何も答えないダヴィの胸板を、ロミーは叩き続ける。泣きわめく彼女をアキレスも悲痛な表情で見守り、やっと彼女を止めたのは、一緒に参列していたミケロだった。


「ロミー、ダヴィだって辛いんだ」


「辛いだって? 一番辛いのはトリシャだよ! ひどい……あんまりじゃないか……」


 ミケロはいつも強気な態度が消えてはかなくなったロミーの肩を抱く。彼も涙を流していた。


 ダヴィに彼女の言葉が突き刺さる。シャルルに仕え始めた頃から、ダヴィに「軍事は凶事。戦争は人を不幸にする」と言ってきた。それが見事に当たってしまった。


 後悔と罪の意識にさいなまれているダヴィの胸ぐらを、今度は別の人物が握ってきた。グッと顔を近づけて睨んできたのは、ビンスだった。


「てめえの言い訳なんか聞きたくねえ。そんなことをしてもトリシャは生き返らないからな」


「……うん」


「俺が聞きたいのは一つだけだ。ダヴィ、お前は男だな?」


 その言葉には色々な意味が含まれているのは、容易にわかった。ダヴィは強く頷き、返答する。


「俺は男だ。トリシャを愛する男だ」


 ダヴィの決意した目に、ビンスのつかむ力が弱くなる。


「……分かったよ。もう何にも言わねえ。この街のやつらから色んな事情は聞いた。それでも、お前はやるんだな」


「やるさ。仇を討つよ」


「そうか……」


 ビンスは今度は、ダヴィの両肩をつかんだ。そして顔をうつむかせたまま、ダヴィに言う。


「俺は何にも出来ねえ。こんな不条理に声を上げることも、立ち向かうことも……ピエロの扮装ふんそうをして、悲しさをごまかしておどけるしか出来ねえ」


「ビンス……」


「ダヴィ、頼んだ。俺たちの代わりに、教皇をぶん殴ってくれ。こんないかれた世界、ぶっ壊してくれよ」


 ビンスはそれだけ言うと、ロミーたちと一緒に去った。肩を落とし、このままこの街を去っていくのだろう。


 無力。彼らは無力だ。


 わずかばかりだが、力を持っているのは自分だけ。ダヴィはグッと拳を握り締めた。


 炎の中、ひつぎの形が崩れる。その時、アキレスがダヴィに報告しに来た。


「ダヴィ様! 教皇から使者が来ました」


「そうか」


「表向きは弔いのためとぬかしています。城に待っておりますが、その……」


 歯切れの悪い彼に、ダヴィは尋ねる。


「どうした?」


「……意外な人がきたものですから」


「意外な人?」


 アキレスはダヴィに耳打ちする。その瞬間、ダヴィは目を大きく見開いた。


「ジョルジュ、だって……!?」

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