第14話『妹たちの決意』
「ナポラ、ですか……」
「ああ、父が教えてくれた」
あと数日に迫った年越しを前にして、ダヴィたちはフィレスに戻ってきていた。そして父・イサイに報告した後、サーカス団の宿営地のテントに集まって会議をしている。
『ナポラ』。そこがイサイが教えてくれたクロス家の一領地であり、ダヴィたちが狙うべき場所だという。ジョムニが微笑む。
「いい場所ですね」
「いい場所?どういう意味?」
「ナポラは言い伝えによると、金獅子王の出身地らしいですよ」
金獅子王とは、この大陸に君臨し、今の国制や言語、文化の基礎を築いた伝説の王である。金歴も彼が作ったとされる。現在の大陸を統治する七王家は、彼の部下が始祖である。
上記のような歴史をダヴィ以外の者に、ジョムニは教えた。ジャンヌは「ふーん」と言いながら、机に広げた地図を見る。ナポラの文字が、クロス国の北の山岳部に載っていた。
でもよお、とライルが顔をしかめる。
「そんないい場所なのに、ひでえもんだな、こりゃ」
彼が丸い手でつかんで読んでいたのは、イサイからもらった資料である。その中には、ナポラの情報が記載されていた。その悲惨さは、目を覆いたくなるものがあった。ジョムニも資料を読みながら、不快な気持ちに襲われる。
「カルロがナポラ家を継いでから、税金が非常に増えていますね。特に、ここ二年は異常です。昨年の飢饉では多くの餓死者が出たとか」
「本当にこの男は、自分の社交界の
とアキレスが信じられないという気持ちを込めて言ったが、ジョムニは頷くしかない。スコットがライルに尋ねる。
「なあ、ライル。しゃこうかいってなんだ?」
「ああ?それはなあ、パーティーとかに出るんだよ。そこでべちゃくちゃ喋って、仲良くなることさ」
「でもさあ、パーティーは喋ったり、食べるだけだろう?なんでお金がかかるんだあ?」
「そりゃ……」
「貴族はパーティーに招かれたら、次は自分がパーティーを開催する暗黙の了解があるのですよ」
とジョムニが答える。「それに」とジャンヌが補足した。
「パーティーに出るには、おめかしだって必要でしょ?服とか、宝石とかにも、お金かかるさ」
「へっ、『おめかし』なんてほとんどしたことねえのに、よく言うぜ、ジャンヌ」
「なに言うのさ!」
「ひどいな」
口喧嘩になりそうだったライルとジャンヌの身体が止まる。その言葉を発したダヴィに、2人は慌てて謝る。
「すまねえ、ダンナ。ふざけちまって」
「ご、ごめん。でも、悪いのはあたいじゃないんだよ」
「あ、いやいや、君たちに言っているわけじゃなかったんだ」
「でも、冗談を言う場じゃないぞ」
とアキレスに叱られ、2人はブスッと黙り込んだ。
ダヴィは資料を眺めるオッドアイに、怒りがこみあげてくるのを感じた。胃がむかむかする。
「こんな、私欲だけで領民を苦しめる領主があってたまるものか」
シャルルの統治を見てきたダヴィにとって、ナポラの状況は信じられなかった。元奴隷という最下層にいた彼は、庶民の生活の苦しみがよく分かる。だからこそ、それを余計に苦しめる統治者の存在が信じられない。
ジョムニが説明する。
「これが現状です。ここまで酷い例は珍しいですが、クロス国は元々身分の違いの差が大きいエリアです。庶民を
ジョムニは動かない自分の足を撫でる。車いすの彼は余計に虐げられたに違いない。だからこそ、とジョムニはダヴィに進言する。
「この地で旗揚げし、革命を起こしていただきたい。この身分制の意識ごと、打ち砕いてもらいたいのです」
「ジョムニ……君は……」
「そのためであれば、私も尽力しましょう。あなたに仕えます」
ジョムニは頭を下げた。ソイル国への旅を経て、ダヴィが信頼たりえる優れた統率者であることが分かった。元より、障害を持つ庶民のジョムニが、一般の貴族に仕え、政治の中枢に上ることはこの時代ありえない。彼もまた、ダヴィに賭けることにした。
ダヴィは喜んで、ジョムニの手を握った。
「共にやろう!ナポラを救うんだ!」
「はい!」
「お待ちください!その企み、私たちも参加します!」
テントに入ってきたのは、茶色い髪をたなびかせたドレス姿の女性、ルツとオリアナだった。大きなバッグを持って、机の端に立つ。
「ルツ!オリアナ!どうしてここに……」
「ひどいですわ、お兄様。また勝手に、私たちに何も知らせずに、行こうとしたのでありましょ?そうはいかないですわ」
「私たちも……協力する……」
ダヴィは驚いて、2人の前に立った。必死に止めようとする。
「ダメだ!これは危険なんだぞ!」
「そんなの、分かっていますわ!私たちもお兄様のお役に立ちたいのです!」
「それに……もう遅い」
「遅い?」
「手紙を置いてきた……『兄様と一緒に旅に出るって』」
「はあ?!」
それを聞いたと同時に、1人の男がテントの前に来た。イサイの屋敷で働いていた召使いである。急いで走ってきたとみえて、息を乱しながら伝える。
「ああ!まだ出立されていなかった!よかった……イサイ様がお呼びですよ。お二人とダヴィ様を」
「知らないですわ」
「ルツ!」
プイッと顔をそらして反抗する妹に、ダヴィはため息をつく。困り顔の召使いに言う。
「僕が2人を連れて行こう。すぐに行くと伝えてくれ」
――*――
イサイの屋敷で、ダヴィたちを待っていたのは、ミーシャの金切り声だった。
「ルツ!オリアナ!どういうことなの!」
細面の顔を真っ赤に染め、目じりをこれでもかと吊り上げる。その隣では、イサイが渋い顔で立っていた。
ところが、ルツとオリアナは澄ました顔で答える。
「あら?理由もすべて、書いていたでしょう、お母様?私たちはお兄様の理念に賛同して、一緒に行動すると決めたのです」
「もう私たちは大人……だから、自分で決める」
「まだ14歳でしょう!何を言っているの!?」
ミーシャは今度はダヴィを睨みつける。義理の息子であるはずの彼に、憎しみの目を向ける。
「汚れた男!私たちの娘を奪って、なにをしようって言うのよ!犯罪者は黙って消えてちょうだい!」
「お母様!それはあんまりです!お兄様は私たちのために売られたというのに!」
「当然よ!そんな呪われた子など、汚らわしい。奴隷になって当然だわ!」
「ミーシャ、黙れ!」
その声に、ミーシャは驚いて隣を見た。丸メガネの奥に怒りを込めたイサイが、ミーシャを睨みつけていた。久しぶりに夫に怒られて、ミーシャは体が固まった。
イサイはメガネをかけ直し、ダヴィたちに言う。
「……こちらに来なさい。話を聞こう」
「あなた!なにを?!」
「いいから、こっちに来なさい」
イサイは4人を連れて、応接間へと入った。イサイの隣にはミーシャが、机を挟んで向かいにダヴィとルツ、オリアナが座る。
イサイはルツとオリアナの目をジッと見つめ、尋ねる。
「お前たち、ダヴィがすることがどんなに危険なことか、分かっているのか」
「そうよ!この男は反逆を起こすのよ!それがどんなに……」
イサイは手を上げ、ミーシャの言葉をさえぎり、彼女たちの言葉を待った。彼女たちに再考を
しかしながら、彼女たちの想いは強い。
「……お父様は以前『力のないものは、神様が決めた定めに従うしかない』とおっしゃいましたね」
「そうだな、言ったと思う」
「それ、私たちはずっと考えてきましたが、やっぱり納得いきませんの」
オリアナも頷く。母親譲りの強気さが、これも受け継がれた、とび色の目の奥に渦巻く。
ルツは自分の胸に手を当てて、言い放つ。
「私たち、待つのはもうやめました!自分の運命は、自分でつかまえに行きます!」
「力がないというのが理由なら……力を持つだけ……」
「あなたたち、女の子なのよ!?」
「それがどうかしましたか?私もオリアナも、知識だけなら、そこらの男より勝っていますわ」
彼女たちの言い分に、ミーシャは頭を抱えた。フィレスの神学校に入れたことを、今更ながら後悔する。イサイも髭を撫でながら、苦い表情を浮かべていた。
それでも、とミーシャは言う。
「なんで、こんな呪われた男と一緒に行こうと言うのですか?」
「……お母様……なんで、兄様をいつも『呪われた』と言うの?」
とオリアナが質問したことに、ミーシャは黙った。ルツも頷く。
「そうですわ。ずっと疑問に思ってきましたの。なんでですか?」
これはダヴィ自身も不思議に思っていたことだ。なぜミーシャはこれほどまで、ダヴィを毛嫌いするのだろうか。
ミーシャは何も答えず、代わりにイサイが咳ばらいをした。
「……私が話そう。これは、ルツとオリアナが生まれる前、ミーシャが
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