第7話『商人の極意』
枯葉を舞い上げた秋風が、窓をガタガタと鳴らす。日が暮れてきた外の空気はもう肌寒いだろう。
しかし、マザールの部屋も温度が下がっていた。原因はニコニコと微笑むジョムニのせいだ。ムッとした顔のルツが彼に言う。
「あなた、もう少し謙虚にされた方がよろしいのでは?」
「正しいことを言っているだけです。ストレートに言わないと、あなた方では分からないでしょう?」
「なんですの、その言い方!」
ルツのボルテージがどんどん上がる。ダヴィが「ちょっと」と止めようとするが、彼女は目じりをつり上げて、動じないジョムニに指さす。
「だいだい、変なものに座ってないで、立って挨拶しなさいよ!怪我しているなら、帰って寝なさい!」
「いや、これは……」
ルツに指摘に、初めてジョムニが表情を曇らせた。それをもう一人の妹が見逃さない。
「歩けないの……?」
「…………」
ストレートの髪を少し傾けたオリアナの質問に、ジョムニは黙った。図星だったようだ。マザールが言葉を添える。
「彼は幼い頃の怪我で、歩けないのじゃ。しかし、彼の言っていることは間違いない。勉学においてはシャルルに勝り、儂の今までの弟子の中で一番の成績をあげておる」
「……だから、どうだって言うのですか。その代わり、私には頭脳があります。それでいいじゃないか!」
怒った表情の中に、年相応の幼い顔がのぞいた。ルツとオリアナは慌てて謝る。
「ご、ごめんなさい。そんな事情だったのね……」
「ごめんなさい」
「妹たちが失礼なことを申しました。申し訳ない」
「いえ、初対面の方にはよく疑問を持たれることですから……」
ジョムニは青い帽子をかぶり直し、黒い髪を覆い隠した。居心地の悪い沈黙が流れる。
ダヴィはその空気を破った。
「ジョムニ殿は非常に優秀な方なのですね」
「それは儂が保証しよう。お主たちが通っていたフィレスの神学校も首席で卒業した。開校以来初めての満点での合格じゃ」
「あら?私たちの後輩なのですか?」
「歳はお主さんたちと同じ14歳じゃぞ。家族の関係で、一時期休学しておったのじゃ」
しかし、とマザールは自慢の意を込めて微笑む。長い白髭を撫でながら言う。
「頭脳に関してはお主たちよりも優れておるぞ。その才を見込んで内弟子にしたが、ここの本はほとんど読んでしまった。この若さだが、一領主の相談役ぐらいは軽く務まる」
ジョムニは褒められたが、不満そうに口を尖らせた。彼の望みはもっと高い。
ダヴィは
それを見込んで、ダヴィは質問した。
「ジョムニ殿に教えてもらいたいことがある。いいでしょうか?」
「どうぞ」
ダヴィの丁寧な対応に気をよくして、ジョムニが身を乗り出して聞いてきた。
ダヴィは先ほどの父・イサイの件を話した。そしてイサイから情報を引き出す方法を尋ねた。すべてを聞き終わり、ジョムニがダヴィに質問する。
「なぜイサイ様にこだわるのでしょうか?父親とはいえ、他のルートから情報を得ることも出来ましょうに」
彼の言うことはもっともである。断られたのだから、他の商人や町人から情報を得ることに切り替えてもいいはずである。クロス国の北部の情報を得たいというならば、同じ国内であるのだから、十分に情報は得られるはずだろう。
しかし、ダヴィは首を振る。
「情報の信頼性を求めてのことです」
「信頼性?」
「僕は父とは仲が悪いが、妹たちを通じて、父が商人の中でも最良の部類に属していることを知っています。だからこそ、父のもとに集まってくる情報は不純物が少なく、信用のおけるものが揃っていると考えています」
類は友を呼ぶ。それは情報も同じである。嘘をつく者には嘘が、詐欺を働く者には詐欺の話が舞い込んでくる。そのことが分かっているダヴィは、父の商人としての誠実さを見込んで、彼の持つ情報の信ぴょう性に期待している。
ルツもそれに関しては同意する。
「お父様は、お兄様への対応は間違っておりますが、商売で不義理を働いたことはございません。だからこそ、まだ40代の若い新興商人でありながら、このフィレスの顔役の一人になっていらっしゃいますのよ」
「なるほど……」
ジョムニは何度か頷く。そしてマザールの顔を見た。彼も頷く。
「ダヴィは物事の本質を見る力がある。そして人を見る目も備えている」
ジョムニは目を輝かせて、ダヴィを改めて見つめた。両耳にぶら下がる金の輪は特徴的だが、左右違う赤と緑の目が、彼には魅力的に感じた。
(ダヴィ=イスルという人物をもっと知りたい)
と新しい書籍を見つけた時のような興味がわく。ジョムニはそんなことを考えながら、回答した。
「イサイ様は父親として協力は出来ないと、そうおっしゃったのですね」
「そうです」
ジョムニはニヤッと笑う。そして女の子のような白くて細い人差し指を立てた。
「イサイ様の商人の部分に訴えかけましょう」
――*――
大きな屋敷の執務室、カリカリと筆で紙をなぞる音が聞こえる。複数名の男たちが、無表情でそれぞれの机に向かっている。その机の上には羊皮紙の束、こぼれ落ちるギリギリで山となっている。
彼らは貿易商の仕事に就いている。保有している船を使って、仕入れた商品を売りさばくための準備や、各地に売れ筋を調べて、次に仕入れる商品をまとめているのだ。数字1つ間違えれば、庶民10人分の年間収入が軽々と飛んでしまう。そのため、彼らは
その上座の机に座り、厳格な表情で、メガネを光らせながら仕事をする男がいた。彼はペンを置いて、他の男たちに言った。
「少し休憩にしよう。誰か、お茶を頼んできてくれ」
イサイはグッと固まった肩を上げる。昼過ぎから集中しすぎていた。メガネを取って、目頭を押さえる。顔のしわがグッと寄った。
(歳かな)
若い頃は朝から晩まで集中していても、まったく疲れなかった。さらにその頃の雇い主に命じられて、町中をお使いに駆け回っていたものだ。あの頃の体力はもう戻らない。
(ダヴィはその頃の私と同じぐらいか)
この街にいるはずの我が子を思う。久しぶりに会ったら、前妻と目元がそっくりで驚いた。そして口元は私と同じだ。顔をしかめる癖も似ている。
(我が子だな)
としみじみ思う。今の妻が反対しなければ、このイスル商会の仕事をさせてみたい。息子はウォーター国で数千人を率いた将軍にまで出世したのだ。もしかすれば、自分の仕事もすぐにこなせてしまうかもしれない。
(まったく、呪いがなんだというのだ!)
と内心いら立ちながら、目をマッサージする彼の耳に、扉を開く音が聞こえた。今まさに考えていた妻が現れて、イサイは少し驚いた。
「なんだ?」
「あなた、あの男が来ましたよ」
「あの男?」
彼女が言う“あの男”の意味を、イサイはすぐに理解した。噂をしていたもう一人が現れたのだ。
応接間にイサイは座り、彼を待った。すぐにノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
「失礼します」
他人行儀な挨拶で入ってきたのは、息子のダヴィである。昨日以来の訪問だ。
ダヴィの両耳に金の輪が光る。奴隷の証拠である耳の穴に通したと聞いている。イサイはそれから目線をそらした。
ダヴィは椅子に座ると、対照的に、父親の顔をしっかりと見た。
「イサイ様、先日は部下が騒ぎ立てまして、失礼しました」
(イサイ様か……)
息子の物言いに寂しさを覚えながら、イサイも堅い口調で答える。
「いや、気にしてはいない。それで、今日はどのような要件かな?」
口ひげを小さく動かすイサイに、ダヴィは軽く微笑んだ。その
「あなたに提案したい商談がございます」
「……商談?」
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