第27話『後悔の中の落城』

 空がしらみ始め、森から鳥の声が聞こえる。穏やかな朝になるはずだった。何もない平穏な日。ベッドから立ち上がり背伸びをして、朝食を待ちわびる。そんな光景を思い浮かばせる朝日に照らされる。


 ところが、朝を彩る鳥たちの声が騒がしすぎる。兵士たちの声も混ざってきた。


 ベッドにいたシャルルは跳ね起きた。トレードマークの金の長髪を整えず、急いで鎧を着て外へ出た。天幕の外では、何人かの兵士も起きてきて、ぼんやりと城の方を眺めている。


「何事だ?」


「シャルル様!」


 素早く鎧姿になったシャルルのもとに、アルマが駆け寄ってきた。彼はよほど慌てていたのか、白い寝間着姿のままだった。


「城から火が上がっています!」


「なに?」


 シャルルが見上げると、城から黒い煙がいくつも上がっていた。明らかに炊事の煙ではない。


(撤退するつもりか?)


 それにしては、城の中から騒ぐ声がいくつも聞こえる。シャルルの第六感がそうじゃないと告げている。


 そこへモランが駆け付けた。さすがは信頼のおける武官であり、彼は立派な鎧姿で現れた。


 彼は正面の城門を指さす。


「複数の領主たちが抜け駆けを。勝手に攻め込んでいます!」


「なんだと?!」


 自分さえ急に起こされて、この事態に驚いている。この機に乗じて攻め込んだにしては、領主たちの準備が良すぎる。一体、どういうことだ?


 この時、シャルルの脳裏に、ダヴィの顔が思い浮かんだ。


「まさか……ダヴィ! ダヴィはどこだ!?」


「それが、息子たちの姿がどこにも」


 シャルルはキッと、城から立ち上る黒煙を睨みつけた。それを点けた者の正体がわかった気がした。


 金色の髪に、叫び声と生ぬるい風が通り抜ける。


 ――*――


 その頃、城内は大混乱におちいっていた。城の最奥で火の手が上がり、城の兵士や住民たちが恐れおののく。夜明けの薄明りの中で、黒煙と悲鳴が渦巻いている。


 重厚な鎧を着こんだ兵士がその原因を作った者を、目を血走らせて追っていた。


「おのれ! よくも!」


 ダヴィは咄嗟とっさにしゃがみこんだ。その時、薄く輝いたダヴィの耳飾りに、兵士の目がくらんだ。ブンと大振りな剣筋が、ダヴィの頭の上をかすめる。


 ダヴィはそのまま、彼の下に潜り込むと、彼の膝を切りつけた。


「ぐっ!」


「よっしゃ! とどめだ」


 敵がよろめいたその隙に、後ろに回り込んでいたマクシミリアンが、その敵の首を斬る。首筋から血の滝を噴き出して、敵は絶命した。彼自慢のツーブロックの髪に、何滴か血がつく。


「ナイスだぜ、ダヴィ!」


「はあ、はあ、はあ……!」


 血気盛んに敵と戦い続けるマクシミリアンに対して、ダヴィはこの時のことを、ほとんど覚えていなかった。先日の平地の戦いと比べて、戦うことを強いられる。


 ただ必死に、襲いくる敵から、逃げたり、交戦したりと、ひたすら動き回る。


おぼれているようだ)


 もがいても、もがいても、楽にならない。ふとした瞬間に、死がすり寄ってくる。それを重い剣を振り回して、振り払う。その繰り返し。


 トーリもこんな思いをしていたのか、と気が付いた。


 彼らの後ろでは、領主たちから借りた少数の兵が戦っている。燃やした食料から、しらみ始めた空を覆い隠すほどの黒い煙がごうごうと立ち上る。ニコール=デム軍の兵士の多くは、反撃するというよりも、戸惑い、逃げようとしていた。


 ダヴィたちが戦っていたのは、たったの一時間だと、後日聞かされた。何百年過ぎたのかと、この時は感じた。


 この苦しみから解放されたのは、城壁の上に登っていたジョルジュの声を聞いた時だった。彼は黒い長髪を振り乱し、人差し指をむけている。


「ダヴィ! マクシミリアン! 味方が城門を破りました!」


「おおっ!」


 ジョルジュが指さした方角からは、確かに、大きな喚声が上がっている。ダヴィたちに向かってくる敵は少なくなり、城内の悲鳴はますます大きくなる。


 ダヴィは息絶え絶えになりながら、自分を安心させる意味も込めて、指示を出した。


「僕たちの役割は、終わりだ。帰ろう」


「おう! これで大手柄だな!」


「間違いありません!」


 大喜びで、来た道を帰る二人の後ろから、ダヴィがついていく。


 彼らは平気なのだろうか。これが貴族出身者と平民の違いだろうか。マクシミリアンはともかく、普段はおとなしいジョルジュでさえ、血まみれになって戦っても平然としている。彼らを見て、怖さを感じてしまう。


 やっぱり、僕は、貴族や騎士にはなれない。


「シャルル様はなんと褒めて下さるだろうか」


 ジョルジュの言葉に、ダヴィは、ハッと思い出す。そうだ。自分はとんでもないことをしてしまった。そう思ったのもつかの間、自分の考えを塗りつぶす。


(僕は、良いことしたんだ。そのはずなんだ!)


 一方で、馬にも乗らずに、ジッと城門を見つめる姿があった。シャルルだ。彼は時折吹く風に、乱れる前髪を撫でつけながら、無言で腕を組む。


 そこへモランが報告に来る。坊主頭には、汗がびっしりとついている。


「シャルル様、城内は完全に掌握しました。味方の大勝利です!」


「ニコール=デムはどうした」


「現在、捜索中です」


 そこへ、顔色を白くしたアルマが駆け寄ってきた。


「シャルル様、息子たちが勝手な行動をしたと聞きました。申し訳ありません!」


「申し訳ございませんでした。私からもきつく申し付けておきます」


「いや、マクシミリアンとジョルジュはよくやった。知らなかったのだ。若気の至りとして許してやるよ」


「あ、ありがとうございます!」


 アルマが地面に額をこすりつけるぐらいに、平身低頭感謝した。モランも感謝して頭を下げたが、あるを持ってシャルルに尋ねた。


「あの、ダヴィは?」


「…………」


 ウォーター軍は大勝利の余韻よいんにひたりつつ、帰路についた。


 マクシミリアンとジョルジュは当然、その他の兵士も帰った後の褒賞に思いをはせている。皆の歩く足取りは軽い。


 夏の日差しが強くなる晴れの日、この軍の中で浮かない顔だったのはシャルルとダヴィだけだ。もやもやとした感情を表すように、ダヴィの耳飾りが鈍く光る。

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