第156話辛

ゴールデンウィーク中はバイトに駆り出され、明日から学校となっていた。

「晴くんどっか行こ、休みでしょ」

「…眠たい、ゆっくりさせて」

「もう10時だよ、寝過ぎだよ」


布団を被ると剥がされ、目を閉じたまま手を引かれて顔洗わされていた。

「…なんで冷たいタオルなんだよ」

「目が覚めたでしょ」

「覚めたっていうか‥驚いたっていうかぁ」

「良いから早くしてよ」

「なんで急かすの」

「良いから早く」


黙ってリビングでご飯を食べていると、うとうとしていた。

「晴くん起きて‥寝ながら食べないよ」

「…ずっとバイトだったから‥眠い」

「そんなことより、本屋さんに行こ」

「良いけど、家の本読んだかぁ?」

「…よ、読んだよ」


晴斗はニヤっと笑った、先に寝室で着替えてベッドで寝ていた。

「また寝てる、怒るよ」

「起きてるよ、凜が遅いんだよ」

「洗い物してたんだからね」

「ありがとう」

「…良いよ」


目の前で着替える姿をジーっと見ていた、目が合うと怒られる前に部屋を出て玄関で待っていた。

「麻莉菜が居ないんだけど」

「遊びに行ってるよ」

「ふぅ~ん」


二人は歩いてモールの本屋に来ていた、凜に手を引かれると立ち止まって苦笑いした。

「晴くん載ってるんだよね」

「…か、買う‥のか?」

「当たり前でしょ」


晴斗は自分の頬が引きつったと感じていたが、凜はニコニコしながら雑誌を手に取るとレジに向かった、雑誌の入った紙袋を大切そうに胸の前で持って戻ってきた。

「一人でコンビニ行って買えたよね…夜中に帰ってきたんだよ、寝かせといてほしかったな」

「遊んでたんでしょ、コンビニ売ってなかったんだもん」

「あぁ、一人で行ったんだな…てか、遊んでたって分かってたんだな」

「高校生は21時までだよ、最近遊んで夜帰りも知ってるからね」

「心配かけてごめんね」

「気にしてないよ、キスマーク付いてたら怒ってたもん」

「…遠回しに…誰とでも寝るって言い方すんな」


晴斗が舌打ちすると、凜に睨まれて言われた。

「お風呂に入らずに寝られると、朝から香水の匂いがして疑うんだよ‥連絡も遅くて事故してるのかもって」

「連絡遅くて心配させてごめん‥でも友達と遊んでた」

「変な遊びじゃないよね?」

「…う~ん…さあな」

「…何で誤魔化すの?」

「手を繋いで歩いてくれないからだよ」


凜は手を繋いでくると、晴斗は笑いながら言った。

「聞きたいんだね…う~ん‥多分何もなかったなぁ」

「…何で笑ってるの‥からかってるだけだよね‥信じるからね」

「では、気を取り直してぶらぶらして帰ろ」

「うん、デートだね」

「だな、手を離したらリビングで寝るからな」

「……駄目」

「離さなかったらいいだけ」


モール内を歩いていると舌打ちして、凜は横でクスクス笑いだした。

「晴くん、知り合いに会わないからムッとしてるんだね」

「まあな、上手くいかねぇんだな」

「私も覚悟決めてたのにな」

「嘘つきだな、居たら放してたよね」

「…うん」


小首を傾げて見つめられていた、歩いていると凜がサンプルのデザートを見ていると分かり、指を指すとニコニコして二人はお店に入店した。


凜は席に着くとメニューを見て1分も掛からずに店員を呼んだ。

「早くね?メニュー見てないんだけど」

「晴くんは抹茶だよね」

「あぁ…」


店員が来ると晴斗は肘をついて、ガラス越しにモール内を見て凜に注文させた。

「晴くんが注文してよ、近かったでしょ」

「喉痛くて喋りたくない」

「せめてお店の中ではフード取ってよね、行儀悪いよ」

「もう叱る人が居なかったから怒られると嬉しくて、困らせたくなるんだ‥脱がないよ」

「行儀が悪いよ、取りなさい」

「…フード取ると、たまに名前呼ばれて写真せがまれるだ、他のモデルが勝手に画像アップしてたからね」

「晴くんって呼ばれるの?」

「そうだよ‥凜にしか呼ばれたくない…髪色で分かるんだろうな」

「…そのままでいいよ、呼ばれる姿見たくないし」


凜が頼んだイチゴパフェを店員が持ってくると、晴斗は目を見開いた、目の前にはアイスに生クリーム、フレークもさくらんぼも入った豪華なパフェが置かれていた。

…食品サンプルと違うんだな。

「…一人で食べれる?」

「食べれるよ…イチゴが少ない」

「食べ後耐えあるから‥イチゴ要らんやろ」


晴斗は抹茶の小さなパフェを食べ終わると、肘をついて横に座っていた凜を見ていた。

「30センチ程あったのに、よく入るな」

「…寒い」

「でしょうね…ほとんどアイスだったんだからな」

「寒いけど美味しいよ」

「幸せそうに食べてるし…でしょうね」 


話ながら食べ終わるまで待っていた、会計を済ませてモール内を歩いていると、見覚えのある姿が椅子に座っていた。

「麻莉菜が居るけど‥手を離したらリビングで寝るからね」

「…いじわる」


麻莉菜の横を通り過ぎて、目が合うと近づいてきた。

「…デート?」

「雑誌の発売日で買いに来た、てか一人か?」

「一人じゃないけど‥手繋ぐ必要ある?」

「あるよ、落ち着く」


麻莉菜はムッとしていたが、クレープを食べながら何も言ってこなかった。

「緑色の生地だけど、抹茶?」

「そうだよ、抹茶生地のクレープ」

「一口頂戴」


晴斗が口を開けると、麻莉菜はクレープを口まで近付けてきて一口食べた。

「旨いな、俺も食べようかな」

「晴くんさっき食べたでしょ」

「食べたけど、凜ほど食ってない」

「…そうだけど、晴くんのために言ってるんだよ」

「なら、食べないよ」


三人で話していると一人の男性が現れ、麻莉菜に小声で聞いた。

「彼氏?」

「と、友達だよ、勘違いしないで」

「ごめんね、デートの邪魔したね」

「友達と遊んでるだけ」

「そっか、二人で遊んでんだぁ…デートじゃん」


笑いを堪えて麻莉菜を見ると睨まれていたが、凜の手を握り直して離れた。


雑貨屋と洋服店を数件回った、通路で数人のクラスメートの姿が見えると、凜から手を振りほどかれたが何も言わなかった。

「…疲れたから帰りたい」

「良いよ、てか話し掛けられないだけで知り合いに会うね」

「…うん」


のんびり家に帰っていると凜は急に静かになった、家に入ると抱き締められた。

「どうした?」

「…手を離しちゃったけど‥リビングで寝るの?」

「冗談だから一緒に寝るよ」

「ギュッとして寝れるんだぁ…良かったぁ」

「抱き付くなら抱き枕にするからな」

「私が居ないと寝れないんだぁ…子供だね」

「あぁ、うざい」

「お着替えしましょうね」

「……」


着替え終わると一人でリビング居た、ビーズクッションに座ってテレビを見ていると、急に凜が膝に座ってきた。

「寝室で寝ながら見たらいいでしょ、待ってたんだよ」

「凜から距離を……」


急にキスされて言われた。

「距離をとるなんて言わないで‥晴くんも寂しいでしょ」

「…もう寂しくない」

「目を見て言って、晴くんの寂しい気持ちが移っちゃったよ」

「……」


凜を力強く抱き締めると、晴斗は言った。

「…寂しい気持ちが直らない‥俺は‥いつまで苦しめばいいの」

「ずっとバイトと夜遊びで疲れてるんだね、私を抱き締めても落ち着かない?」

「…ずっと抱き締めないと‥ダメかもな」

「私の前では甘えん坊で寂しがり屋さん、外ではふざけてるけど」

「…ふざけないとやってらんない…からかわないと‥気持ちが紛らわせないんだ…」


晴斗は目を閉じて消え入りそうに教えると、背中を擦られていた。

「ずっと優樹姉さんに頼らずに虐めにも耐えて、不幸にさせるからって他人を避けてたんだよね、自分だけ残されて寂しいんでしょ…辛かったね」

「…うん」

「家族なんだよ、傍に居る…私も頼るから頼ってね」

「…うじうじしてる自分が嫌い‥情けないな」

「情けない晴くんも好きだよ」

「……」


数分間抱き締めて落ち着いた、凜を見ると見つめられていた。

「バイトで知らない人と接して‥ストレス溜まってたのかもな」

「落ち着いた?」

「あぁ、落ち着いた」


晴斗が目を閉じて静かにしていると、急に言われた。

「…両親が離婚してからママと少しだけ一緒に暮らしてた…お父さんと暮らしてたから‥寂しい気持ちが分かるよ」

「…えっ…り、離婚?」


晴斗は初めて聞いたと顔に出てたのか、凜にムッとされ言われた。

「冬休み、二人きりになった時に私が言ったら、そうなんだなって言ったよね?聞いてなかったの?」

「……」

「亡くなってたと思ったんでしょ」

「…あぁ‥仏壇無かったし…離婚って知ってましたよ」


晴斗は額に冷や汗が出ていた、凜から目を逸らすと覗き込まれていた。

「今思えば‥他人と思われてたんだもん‥怒らないよ」

「もう凜はママと会ったりしてないの?」

「夏休みに会ったよ」

「ゴールデンウィーク中に会いに行けば良かったのに」

「会う約束してたけど、毎日バイト行ってたでしょ……晴くんと離れたくないもん」

「…なんかごめん」


凜は唇を噛んで、怒っていた。

「…お、送ってほしかった?」

「違うよ、ママも再婚して‥再婚相手の子に会いたくない」

「ママだけに会えばいい」

「…連れてくるんだよ、馴れ馴れしくて‥嫌だからパパと暮らしたんだよ」

「俺に付いてきて欲しいの?」

「うん…晴くんは嫌だよね」

「ごめんね…送るだけなら良いよ」

「……」


凜が静かになると晴斗も静かになったが「クンクン」と急に凜が言い出した。

「なにしてんの?」

「…毎日朝からバイトだったでしょ、ずっとギュッされて嬉しくて安心するの…晴くんが落ち着いたんだもん…私の番だよね?」

「口でクンクン言いながら、匂い嗅いでるだけだよね?」

「うん、晴くんの匂い好き」

「…そうっすか、てか雑誌見た?」

「あっ、一緒に見よ」


凜は寝室に走って向かった、戻ってくると膝に座られて見ていた。

「晴くん‥抱き締めてよ」


凜のお腹に手を回して肩に顔を置いて雑誌を見ていた。何十回も同じページを見て飽きていた。

「まだ一緒に見よ」

「……恥ずかしい‥一人で見て」


凜は食い入るように見ていた、晴斗は横顔を覗き混んだり首を噛んで遊んでいた。

「明日から学校だからね、痕付けたらダメだよ」

「…噛みたくなくなった」

「晴くんは、許可出すとやる気無くすね」

「何でだろうな」


次に横腹を突っついて遊んでいた、すると、凜は立ち上がって晴斗は馬乗りされ笑いながら首を噛まれていた。

「ごめん、噛むのやめて」

「なら、動画一緒に見よ」

「見ますから、噛むの止めて」


凜はスマホを取り出した、moonのサイトを開いて歌う姿の動画を見せられ、晴斗は目を閉じた。

「…自分の歌う姿って‥キツイ…音消してよ」

「上手いよ、ミュートにするから一緒に見よ」

「俺も完成見てないからな、良いよ」


見ると、柱を通ると違和感なく服装が変わり、音を出すと口パクしてるとは誰も分からないようになっていた。

「スゲー、本当に歌ってるみたいだな」

「晴くん撮影中歌わされてたでしょ」

「まあな、途中口パクだよ、他のモデルも違和感ないね」

「モデルさんと被ると服装が変わってるね」

「とにかく凄いな」


二人が顔を近づけてスマホを見ていると麻莉菜が帰ってきた、雑誌を片手にニコニコしていた。

「凜が持ってんのに買ったのか?」

「…晴兄載ってるんだよ、自分のが欲しかった」

「あっそ」

「冷たいよ、何見てるの?」


スマホを三人で見始めたが、ボリュームを上げられて晴斗は耳を塞いで寝室に逃げた。


何十分経ったのか、晩御飯で呼ばれてリビングに来ると、スマホの画面をテレビに映して動画を見ていた。

…何で俺の動画をリピートにして流してんだよ。

「消せ、直ぐに消せ」

「良いじゃん」

「……本当にやめてほしい‥虐めだよ」

「洋楽で何言ってるのか分かんないけど‥晴くんがカッコよくて‥上手いってことだけ分かるよ」

「…俺も英語わかんねぇのに‥何で歌えるんだろうな」


晴斗は寝室に戻ってイヤホンを付けて晩御飯を食べ始めた、凜にイヤホンを取られ洋楽を聞いていたことがバレたが「リスニング?」と聞かれた。

「そうだよ、歌えるようになりたいからな」

「晴くん怒ってる?」

「何回見てんの? もう動画止めてほしいだけ」

「飽きないんだもん」

「…心が病むから‥スマホで見てよ」

「大画面で見ると‥倍カッコいい」

「…笑い事じゃない…本当に辛い」


晴斗は急いで食べ終わり、お風呂に入って寝室で横になっていた、ベッドが揺れて隣を見ると、凜がベッドに寝転んで雑誌を見ていた。

「雑誌ばっかり見ないで、こっち向いて」

「まだ待って」

「もう‥知らねぇ」


晴斗は布団を抱き枕にして寝ていたが、凜に頬を突っつかれて目を開けた。

「やっと起きたぁ」

「…朝?」

「まだ夜だよ…こっち向いて寝てよ」


抱き締めて目を閉じた。

「…おやすみ」

「まだ21時だよ、お話ししよ」

「…ごめん‥眠い」


ちょっかいを出されて起こされるが、目を閉じて相手にしなかった、諦められ、電気を消されて「おやすみなさい」と言われると、キスされて早めに眠りについた。

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